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文字数 1,726文字

 クラスには週番という制度がある。授業のあとに板書を消したり、掲示を確認して授業の変更を知らせたりといった、雑用をこなす役割だ。週番は出席番号順に二人一組で回ってくるようになっていて、この週は僕と、出席番号がひとつ若い葉山(はやま)という苗字の生徒が当たっていた。バトミントン部に所属している口数の多い女子で、これといって接点はない。

 僕らの通う高校は、大学への進学を希望する生徒がほとんどで、週末には課題が出される。月曜日の朝にそれらを集めて職員室に持っていくのも週番の仕事だ。課題は国数英の3教科で、それらが1クラス40人分となると、それなりの量になる。1年生の教室は4階に、職員室は2階にあった。普通ならばふたりで分けるところだが、葉山さんは各階ごとにじゃんけんをして負けた方がその間全てを運ぶというルールを提案し、それを僕は断れなかった。

 最初のじゃんけんでは僕が負けた。葉山さんはけらけら笑いながら僕の手にどんどんノートを積み上げる。最終的に、顔が半分隠れるほどの高さになった。

「持って行けそう?」

「何とか……」

 正直、僕の腕にはかなりきつい重量だ。限界がくる前にと、急ぎ早に廊下へ出る。このままひとりで行かされるのではないかと一瞬不安になったが、ちゃんとついてきてくれた。

 3階には2年生、2階には3年生の教室がある。出来るだけ上級生とは顔を合わせたくなかったので、まずは職員室に一番近い階段まで移動した。

 葉山さんが決めたルールでは3階でまたじゃんけんをすることになっているはずだが、僕の両手はノートで塞がっていた。 

「口で言ったらいいじゃん。ほら、最初はグー、じゃんけん──」

 反射的に「グー」と発した。葉山さんが突き出した右手は2本の指が立っていた。

「あー負けたー」

 がっくりと肩を落とした葉山さんは僕の腕からノートの山を丸ごと引き取ろうとする。

「階段で危ないから、半分でいいよ」

「え、いいの? やさしー!」

 ノートが移動するのを待っていると、廊下を横切る佐伯先輩の姿が目に入った。小柄な女子生徒と横並びで歩いている。長い髪を巻いた彼女も見覚えがあるような気がするが、思い出せない。大きな声で笑い合っていたふたりは、そのまま同じ教室へと入っていった。

「樋上も興味あるんだ。なんか意外」

「え?」

白石(しらいし)先輩。見惚れてたじゃん」

「あれが白石先輩なんだ」

 白石先輩とは、先日もクラスで話題になっていた2年生の女子生徒だ。破局の噂を思い出し、以前ショッピングセンターの駐輪場近くで男子とふたり、押し黙っていた姿が蘇った。少し垂れた大きな目に、小柄で小動物を思わせる雰囲気や仕草は、確かに男子たちから人気がありそうだった。実際、僕も一目見ただけで記憶に残っていたほどだ。

「知らなかったの? それは相手が悪かったね。最近別れたばかりで、めちゃくちゃライバル多いらしいよ」

「そんなんじゃないって」

「え、じゃあ佐伯先輩の方? 樋上ってそっち系?」

「もっと違う」

「ふーん。そういえばあのふたり、1年のころ付き合ってたみたい」

 葉山さんは周りを気にしてか、声を潜めた。

「佐伯先輩の方が振ったんだって。その後に付き合ったのが他校の派手な子で、白石先輩、見返そうと思ったのか、どんどんオシャレになっていったらしいよ。元から可愛かったけど、1年のころはもっと地味なタイプだったんだとか」

 本人の知らないところで様々な憶測が飛び交っていると思うと、人気者も大変だ。

「あの雰囲気だと、白石先輩の努力が実ったのかな。あ、でも佐伯先輩、2組の穂村ちゃんと付き合ってるんだっけ。うちらの学年じゃ、あの子がぶっちぎりだよね。そういえば樋上、たまに話してるじゃん。何か聞いてないの? てかさ、そもそも何でふたり仲良いの? 同中(おなちゅう)? 部活が同じとか?」

「別に……そこまで親しいわけじゃないから、そういうことは話さないよ。中学は別だし、僕は部活には入ってない」

「そうなの? 残念。でもさでもさ、ここのところ、4階で佐伯先輩見ないよね。前まであんなに顔出してたのに。これはやっぱり──」

「早くしないと、1限に間に合わなくなるよ」

 僕が階段を降り始めると、葉山さんもしゃべるのをやめて後に続いた。
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