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文字数 2,275文字

 3日後の昼休み、僕は1年2組の教室の前で紙袋を抱えて途方に暮れていた。袋の中には、穂村さんから借りた Blu-ray が入っている。

 連絡先を交換した次の日にメッセージが届いて、デートは2週間後の日曜日に映画を観に行くのだと知らされた。作品も決まっていて、シリーズものの3作目にあたるらしい。タイトルは耳にしたことがあったが、観たことは無かった。話の流れでそれを伝えると、翌朝に穂村さんは僕の席までやって来て、白い紙袋を置いた。

「おはよう! これ、前作と前々作のBlu-ray! 続きものだから、当日までに観といた方が良いよ」

 と半ば押し付ける形で貸してくれた。どうやら、シアターの中まで同行しなければならないらしい。

 穂村さんが帰ったあと、一度も話したことのない男子がふたりやってきて、彼女との関係を問い詰められた。ただの知り合いだと説明すると、今度は袋の中身を尋ねられ、「映画の Blu-ray らしい」と答えると勝手に中身を取り出し、焦った様子で、新作を穂村さんと観に行くのかと聞いた。

「まさか、そんな訳ない」

「ならどうしてお前に貸すんだよ」

「2組の友達と観に行く予定になってるんだ。だけど、シリーズものだと知らなくて、そのやりとりを近くで聞いていた穂村さんが、貸してくれることになったんだよ」

 彼らは納得いかない様子で帰っていった。

 汚したり失くしたりしたら悪いので、できるだけ早く返そうと思った。借りた日の夜に1作目を観て、翌日に2作目を観た。海外のファンタジー映画で、話題になるだけあって面白かった。ついて行くのが少しだけ楽しみになった。

 そうした経緯があってこの日、Blu-ray を返しに2組の教室の前まで来たのだが、入り口から覗くと、穂村さんは窓際の席でふたりの女子と楽しそうに話をしていた。当然、彼女たちとは面識がない。あらかじめ連絡しておけば良かったと後悔した。

 しばらく待ってみても、おしゃべりが終わる様子はなく、出直そうかと思い始めたころ、背後から声をかけられた。

「なにしてんの?」

 振り返ると、瀬戸(せと)がいた。

「俺に用?」

 瀬戸は数少ない友人だ。小学生のころに転校してきて、同じクラスで家が近かったことから親しくなった。彼の母親は自宅で書道教室を経営しており、以前はそこにも一緒に通っていた。高校では、中学には無かった書道部に入ったと聞いている。

 背丈は同世代の平均身長に満たない僕よりも更にやや低くて小柄なものの、声変わりをした今でも女性と見間違えるほど綺麗な顔立ちをしていて、彼の隣を歩いていると女子の視線が僕に向けられることはまず無い。その上、勉強も運動も得意という優等生なのだが、無愛想で口数が少なく、やや神経質で集団行動を好まないところもあってか、彼もまた友人は多くなかった。高校に入ってかけ始めた銀縁の眼鏡が、切れ長の目にいっそう冷たい印象を与えている。

 その恵まれた容姿と能力、そして協調性に欠けた性格からか、転校して間もないころは持ち物を隠されるなどの嫌がらせを受けることもあったが、いつも堂々としていて、ひとりで何でもできてしまう彼の場合、孤高という表現が相応しいように思う。中学以降、僕が付き合いを悪くしたことでそれまでの友人のほとんどが離れていったなか、適度な距離感を好む彼にとっては支障がなかったのか、唯一、変わらない交流が続いていた。

「いや、知り合いに借りていたものを返そうと思ったんだけど……」

「知り合い? 誰?」

「えっと、穂村さん」

 その名前を聞いて、流石の瀬戸も表情を変えた。

「へぇ、穂村と仲が良いってのは知らなかったな」

「仲が良いってほどじゃ無いんだけど、たまたま今回だけ」

「ふうん、でもすげぇじゃん。うちのクラスの男子なんて、ほとんど口も聞けないような高嶺の花だぜ」

 クラスメイトの名前も覚えようとしない彼が言うなら余程なのだろう。

「呼ぼうか?」

「いや、話し込んでるみたいだし、またにするよ」

「そんなこと言ってたら埒が明かないって」

 瀬戸は「待ってろ」と教室の中に入っていくと、まっすぐ彼女たちのもとへ向かい、穂村さんに声をかけてこちらを指さした。穂村さんは最初驚いたような表情を見せたが、僕に気づくと笑顔で手を振ってくれた。反応に困って小さく礼をする。穂村さんが立ち上がり、瀬戸はそのまま自分の席に戻った。

「友達と話してたのに、ごめん」

「全然いいよ、どうしたの?」

「これ返そうと思って。ありがとう」

「えっ、もう全部観たの?」

「うん、面白かった。最近のCGってすごいんだね」

「でしょ! 続きが楽しみだよね!」

「用事はそれだけ、じゃあ」

「うん、またね」

 教室に戻ったあとでふと気になって、帰宅後にメッセージを送った。デートの相手については何も聞いていなかったが、2組の男子であれば教室の前で返したのはまずかったのではないか。

 返事はすぐに返ってきた。

『大丈夫、2年生の先輩だよ。佐伯(さえき)って人』

 聞き覚えのある名前で、バスケ部だと言われて思い出した。以前からクラスの女子たちの間でも話題になっていた先輩だ。先日の学園祭では、彼がステージや運動場に現れるたび黄色い歓声が上がっていた。遠くからしか見えなかったが、背が高く目鼻立ちがくっきりとしていて、とにかく華があるという印象だった。

 やはりというか、それくらいの人でないと穂村さんをデートに誘って返事をもらうことなんてできないのだろう。そしてきっと、穂村さんのような人でないと佐伯先輩に選ばれることはない。世の中、そんなふうに出来ているのだ。
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