第3話 人情厚いのが玉にきず

文字数 1,489文字

「親分。御免下さい。御無沙汰しております」

 安治は、賢三郎の傍らに腰を降ろすと会釈した。

「この野郎。どの面下げて来やがった」

 賢三郎が怒り任せに、安治の頭を平手打ちした。

「いてえじゃないか。いきなり、何すんだい」

 安治が涙目で頭を押さえた。

「あんた。よさないかい」

 ノブが慌てて、二人の間に入った。

「金輪際、こいつの世話は、御免こうむる」

 賢三郎が、安治を突き放した。

「おたつちゃん。恥ずかしいところをみせちまって、勘弁してくんねえし」

 安治が無理に笑顔を作った。

「安治さん。私の事は、気にしないで下さい」

 おたつは、安治に微笑み返した。

「安治。てめえの面は、二度と、見たかねえ。

お嬢さんを連れて、とっとと帰りやがれ」

 賢三郎が冷たく言い放った。

「いんにゃ、けえるものかい。

親分が、引き受けると言って下さるまで、

おいらは、ここから、一歩も動かねえ」

 安治は、賢三郎の協力を得るまで断固として居座る覚悟らしい。

「安治。尻を捲っても無駄だぜ。おめえには、忠義が欠けている。

手柄が欲しいなら、わしを頼らずに、てめえだけでやりやがれ」

 賢三郎が背を向けた。

「ひょっとして、親分は、田舎小僧の一件を、まだ、根に持っておいでかい? 

あの夜、一橋家の屋敷の前を通りかかった時、

田舎小僧が、塀の上におるのに出くわした。

あいつは、屋根つたいに逃げた。

おいらは、無我夢中であいつを追った。

木場の辺りまで来た時、ふいに、思い立ち、

店の裏にあった樽の後ろに隠れた。

あいつに、おいらがいなくなったとみせかけて、

不意打ちをくらわせる為だ。狙い通り、

田舎小僧は、何も知らずに、おいらの目の前に飛び降りた。

その時、向かい側から、提灯の灯りが近づいて来た。

目を皿の様にして見ると、松太郎だ。田舎小僧は、

おいらと松太郎に、挟みうちされて行き場を失った。

親分は、おいらが、松太郎に、

手柄を横取りされた事が気に食わねぇのだろうが、

お門違いも、いいところだぜ。

おいらとあいつは、力を合わせて、あいつを捕まえた。

なれど、田舎小僧を奉行所に突き出した後、

松太郎は、おいらを裏切り、手柄を己だけのモノとしたわけさ」

 安治が必死に訴えた。

「松太郎が、火盗改の同心、西田春五郎配下の小者だと

いう事を忘れたわけではあるめえ。世間では、

火盗改と八丁堀は、同じだと見なしているが、

わしは、別物だとかんげえている。おめえは、

松太郎に、手柄を横から奪い取られるヘマをやらかした。

おめえがしくじったのは、おめえの上役にあたるわしのせいでもある。

けじめとして、しばしの間、謹慎していたが、

またもや、おめえがからんだ厄介な事件の

巻き添えをくらう羽目になるとは、わしも、つくづく、ついてねえ」

 賢三郎が似非笑いをした。

「親分。ここは、ひとまず、田舎小僧の件は、腹におさめてくんないか? 」

 安治が深々と頭を下げた。

「腹におさめろだと。誰に向かって、ちょこざいな口叩いていんだい? 」

 賢三郎は、安治にくってかかった。

「いい加減にしてくんないか」

 安治がわざと溜息をついてみせた。

「てめぇ。この野郎」

 賢三郎が拳を振り上げた。

「おやめよ。若い娘の前で、恥ずかしくないのかい? 」

 ノブが、賢三郎を止めに入った。

「もう、けっこうです。私はこれにて、失礼致します」

 おたつが勢い良く、屋敷を飛び出して行った。

「おい、待てよ」

 賢三郎は、不意を突かれて慌てた。

安治も同じだった。賢三郎と安治は、

同時に、おたつを追いかけ、屋敷を出ようとして、互いの肩をぶつけあった。

「ぐずぐずしていないで、さっさと、追いかけなよ」

 ノブは、二人を外へ急き立てると戸を閉めた。
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