第40話 真相

文字数 3,767文字

参道には、屋台が建ち並び、多くの参拝客で賑わっていた。

おかめは、参拝を済ませた後、

ふと、視線を感じて立ち止まり、後ろを振り返った。

しかし、誰もいなかったので、気のせいかと思い、再び、歩き出した。

「おかめさんかい? 」

 前方から、一寸冠りをした町人が歩いて来るのが見えた。

「左様ですが、おまはんは、何者ですか? 」

 おかめが怪訝な表情で訊いた。

「亀弥の板長の長八と申します」

 長八が手拭を脱ぐと名を名乗った。

「ああ、亀弥の板長さんでしたか。

亀弥の板長さんが、わたいに、何用ですか? 」

 おかめが顔を強張らせた。

「折り入って、話してえ事がある」

 長八は、おかめを境内の裏に導いた。

「話とは、何ですか? 急いでいるので、手短にお願いしますよ」

 おかめが落ち着かない様子で告げた。

「山城屋の花魁のふえが、二日前、御遠行しました。

ふえとおまえさんは、姉妹の様に、仲が良かったと聞いたが、

ふえに、村居先生を遣わしたのは、

おまえさんだね? ふえが、礼を申しておった」

 長八が穏やかに告げた。

「何故、おまはんが、ふえ姉さんの死を看取ったのですか? 」

 おかめが驚いた顔で訊いた。

「ふえから聞いたかどうか知らないが、

ふえは、吉原に身売りされる前、

徒目付の小出長八の妻だったが、離縁させられたわけさ。

手前が、その小出長八だ。八朔の日の宴の料理を任され、

山城屋に出向いた折、花魁となった妻のお鍈と再会した。

その時には既に、お鍈は、病魔に侵されていた。

お鍈は、ちっとも、変わっちゃあいなかった。

変わっちまったのは、手前の方だけだ。

死に際まで、身勝手な手前に、思いやりを見せた。

お鍈を失い、やっと、目が覚めた。

手前は、お鍈の為にも、三年前に、

途中で投げ出した任務をやり遂げなければならないと心に誓ったのだ」

 長八が誠意を込めて語った。

「ふえ姉さんが、亭主持ちだとは、知りませんでした。

ふえ姉さんにも、幸せな時があったのですね。

ふえ姉さんのお父上は、三年前、

御鷹が怪死した責めを負わされて自害なされたと聞いております。

おとっつぁんは、あの頃、亀弥を営んでいて、

宝来屋の御隠居はよく、作事方のお役人様を招いては、

夜な夜な、酒宴を催していました。

わたいも、軽子として、店を手伝わされていたのですが、

宝来屋の御隠居は、わたいの事を覚えていて下さり、

わたいが、借金のカタに、山城屋に身売りされた後、

山城屋で、御隠居と再会した時から、

ずっと、よくして頂いています。

吉原を出る事が出来たのも、

御隠居が、大金はたいて身請けして下さったおかげなんですよ」

 おかめが穏やかに告げた。

「その御隠居が、実は、おまえさんを

吉原に身売りしたという事は、知らぬ様だな? 」

 長八が上目遣いで訊いた。

「何故、御隠居が、わたいを山城屋に身売りするのですか? 

滅多な事を言うものじゃありませんよ」

 おかめが眉間にしわを寄せた。

「おまえさんは、山城屋に身売りされる前、

京人形に仕立てられて、作事奉行の赤井忠好様の

屋敷に連れて行かれたのではないか? 」

 長八が慎重に言った。

「何故、それを、おまはんが、知っていなさるのですか? 」

 おかめが身構えた。

「三年前、手前は、女衒の仙吉になりすまして、

宝来屋の御隠居に近づいた。その時、御隠居が、作事奉行に、

たてものを贈る計画があると知り、

借金のカタに売られたおまえさんに目を付けた。

手前は、やむを得ず、おまえさんを京人形に仕立てて、

宝来屋に引き渡したわけさ。

おとり捜査の為とはいえ申し訳なかった。

御隠居が、おまえさんの事を覚えていたのは、

おまえさんを山城屋に身売りした張本人だったからに他ならない」

 長八が心苦しそうに言った。

「おとっつぁんは、近江屋のとしに入れ込み過ぎて、

揚げ代が払えなくなったんてんで、

わたいと店を借金のカタに取られたと言っていたけれど、

御隠居が、肩代わりして下さったと思っていました。

御隠居は、わたいを身請けする時、

ようやく、店を再開出来る。

その為に、借金を肩代わりしてやったのだと、

はっきり、わたいに、おっしゃいました。

安治さんも、承諾して下さったのではないですか? 」

 おかめが必死に訴えた。

「亀弥は、安治さんが買い取るまで、ずっと、廃業していた。

宝来屋の御隠居が、店の沽券を買い取り、

安治さんに売ったというのは、嘘っぱちだ。

おまえさんはまんまと、御隠居に騙されたわけさ」 

 長八はが青ざめたおかめの顔から、思わず、目を反らした。

「ふえ姉さんが、病死した故、わたいまで、不幸にしたくなったのかい? 

わたいは、手習いの師匠になって、

御隠居に借りた金を返して行くつもりなのさ。

おとっつぁんも、店さえ取り戻せれば、元通りになると信じている。

何なのさ、わたいが、幸せになっちやぁ、悪いのかい? 」
 
 おかめが、長八に小石を投げつけた。

「三年前の事件に、ケリをつける為には、おまえさんの証言がいる。

おまえさんには、酷な事だとは、重々、承知の上だが、

ケリをつけないわけには行かないのだ。

お願いだ。おまえさんが、三年前、京人形として、

作事奉行の屋敷に送られた事を証言してくんないか」

 長八がその場に土下座した。

「土下座なんぞ、やめておくれな。

ふえ姉さんは、亡くなったんだ。今更、何為に、再吟味するのさ? 」

 おかめがその場から立ち去ろうとした。

「おまえさんは、悔しくはないのか? 

宝来屋の御隠居は、私欲の為に、おまえさん方、親子を利用しておきながら、

おまえさんに、恩を着せ、一生、自由を奪おうとするつもりなのだぜ。

手前は、何も、お鍈に償いたくて、

再吟味したいと望んでいるわけではないのだ。

三年前、宝来屋と作事奉行がつるんで、悪事を働いた事を知りながら、

手前は、徒目付としての本務を捨て逃げた。

そのせいで、多くの人々の人生を狂わし、不幸にしちまった。

元に戻す事は出来ないが、無念を晴らす事は出来るはずだ。

この通り、頼むます」

 長八は、おかめの足にすがった。

「おい、おかめに、何していやがる。

帰りが遅い故、捜しに来てみたら、

おめえが、足止めしていやがったか。いってえ、何のつもりだ? 」

 弥兵衛が、おかめと長八を見つけると駆け寄って来た。

「おとっつぁん。この人が、宝来屋の御隠居が、

わたいを山城屋に身売りしたと言うのだよ。嘘っぱちだよね? 」

 おかめが、弥兵衛を問い詰めた。

「おかめ。おめえは、先に帰っていろ。あとの事は、おとっつぁんに任せな」

 弥兵衛は、おかめの足にすがりついていた

長八を引きはがすと、投げ飛ばした。

「おとっつぁん。気をつけて」

 おかめが何度も、後ろを振り返りながら去って行った。

「いてえ」
 長八は、後ろの方まで、投げ飛ばされた衝撃で、

腰を強く打った為、腰が抜けて立ち上がろうにも、

一人では、立ち上がる事が出来なかった。

「弥兵衛様を甘くみるなよ。これでも、昔は、相撲で鍛えていたのだ」

 弥兵衛が四股を踏んだ。

「弥兵衛。おかめには、何も、話していねぇ様だが、

一生、隠し通すつもりか? 」

 長八がやっとの事で、上体を起こした。

「知って、何の得がある? 知ったところで、

おかめの心を傷つけちまうだけだ。

親子二人で、静かに生きていくつもりだ。邪魔しねぇでくんないか」

 弥兵衛が言った。

「おまえは、宝来屋の御隠居と

作事奉行の悪事を知っていて黙認したのだろ? 

娘を犠牲にして得たモノは何だ? 」

 長八が立ち上がると言った。

「宝来屋の御隠居は、あっしらに、

屋敷をお与え下った上に、生活の面倒までみて下さると約束して下さった。

おかめが、御隠居の妾になったおかげで、

あっしら、親子は、一生、食うに困らない安泰した生活を得たわけさ。

あっしは必ず、亀弥を取り戻してみせる。

今のあっしは、昔とは違う。宝来屋だけでなく、

作事奉行様の強い後ろ盾があるのだ。

おめえが、いくら、責めて来ようと、びくともしねえ」

 弥兵衛が強気だった。

「所詮、悪行で得た幸せではないか? 

まことに、それで、良いと申すか? 

おまえに、少しでも、良心が残っているのならば、

おかめに、証言する様に説得してはくんないか? 」

 長八が情に訴えた。

「おかめは、駄目だ。娘をこれ以上、巻き込みたくはない。

あっしは、宝来屋の御隠居が、作事奉行様と取り交わした証文を持っている。

明後日、夜五つ。三之橋の袂に、亀弥の沽券を持って来い。

その時、あっしが持っている証文と引き換えに、亀弥の沽券を渡せ」

 弥兵衛が証文と引き換えに、亀弥の沽券を要求して来た。

「何故、おまえが、証文を持っているのだ? 

手前を騙して、亀弥の沽券を手に入れようとしているのか? 」

 長八が警戒した。

「いざという時の為に、証文の隠し場所を覚えておいたわけさ。

おめえに、証文を渡すのは、金輪際、娘に、近づかせない為だ。

おめえは、証文を証として、再吟味出来る。

あっしは、亀弥を取り戻せる。互いに、損はなかろう。どうだ? 」

 弥兵衛が仁王立ちして言った。

「相分かった。明後日、夜五つだな」

 長八は、弥兵衛の提案に乗るフリをして弥兵衛を安心させた。

弥兵衛の言葉を信じる事は、賭けの様なモノだが、

証文が得られれば、再吟味に持ち込みやすくなる。

弥兵衛は、ただ、「宝来屋」の御隠居や作事奉行の

言いなりになっていたわけではなかった事がこれでわかった。
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