第47話 上訴

文字数 1,543文字

朝四ツ。太鼓の音が、城の外まで響き渡る頃、

幕府の要職に就く武士達が続々と、登城し始める為、

大手門前は大変混み合う。武家屋敷から出発した老中の

牧野貞長御一行は、江戸城を目指して進んでいた。

牧野は、下馬先で馬から降りると、老中口まで歩いて向かう。

長八は、下馬先に、屯する中間、駕籠かき、槍持ち、奴といった

下級武士達にまぎれて、牧野の到着を今か今かと待っていた。

下馬先は、長八にとって、出奔した後、

密かに、江戸に帰って来た当初、

辻売りとして働いた通い慣れた場所である。

牧野にお供して来た中間の姿を見つけると、

長八が急いで、下馬先を飛び出して、牧野の後を追いかけた。

長八が、老中口につながる道に出た時、牧野の後ろ姿が見えた。

はやる気持ちを必死に押さえながら、長八は、牧野に駆け寄った。

無論、牧野に、容易に近づく事は出来ないとわかっていたが、

長八の姿を見つけたお供の武士達が、長八の行方に立ちはだかった。

「牧野様。お待ち下され」

 長八は、お供の武士達を押し退けて、

牧野の脇に並ぶと書状を差し出した。

牧野は、横目でちら見しただけでそのまま歩き続けた。

「何卒、お聞き届け願います。三年前、御鷹が怪死したのは、

何某の暗殺ではなく、病死に御座います。

ロクな捜査もなされないまま、

我が義父、鷹匠の九里翫之介は、

御鷹の死の責めを負い、切腹を申し渡されました。

この性急な申し渡しには、九里様が、

作事方役人が、一部の材木問屋からまいないを

受け取っている事を上訴する事を知った何某が、

御鷹の死を利用し、九里様の口を封じる為に仕組んだ陰謀で御座います。

この度、材木問屋の宝来屋が、作事奉行の赤井忠好様に

まいないを渡した証を得まして御座います。

上訴の委細は、この申し状に記して御座います」

 長八が必死に訴えた。

「おぬしが、徒目付の小出長八で御座るか? 

おぬしが参るのを待っておったぞ。

申し状は、しかと受け取った。

再吟味出来るか審議致す故、しばし、待たれ」

牧野は、長八の手から、書状を受け取ると、

何事もなかったかの様に、颯爽と、老中口に入って行った。

「この度は、大目に見るが、二度と、左様な事をするでないぞ」

 お供の一人が、道の脇で平伏して、

牧野を見送る長八に向かって言い放った。

門の方から、何事かとやって来る門番の姿が見えたため、

長八が急いで、その場から立ち去った。

長八が、老中の牧野貞長に手渡した

上訴の内容を記した申し状は、幕府に提出された。

それから数日後。長八の告発を受けて、

幕府は、作事方の役人から、職人、商人に至るまで、

不正が起きたと疑われる期間に行われた

普請に携わる者たちの捜査を開始した。

一方、奉行所も、八丁堀の旦那衆および火附盗賊改を動員して、

一部の材木問屋の家宅捜索を開始した。

三年前、御鷹の死因の捜査の途中の段階で、

御鷹の死の責めを負い、自害させられた鷹匠の

九里翫之介については、性急過ぎる裁決だった事が認められ、

九里翫之介の名誉は回復した。

長八は、越後にいる九里家の親戚に手紙を出して、

九里家の本家を継いだ翫之介の従弟にあたる三郎太に、

二人の遺骨を本家の墓に納骨させて欲しいと願い出た。

三郎太は、翫之介とは、兄弟同然に育った事もあり、

翫之介の無念の死を知り、胸を痛めていたという。

三郎太は、二人の遺骨を引き取る事を快諾した。

御鷹の死の責めを負い自害したという不名誉な死により、

翫之介の名は、九里家の家系図から抹消されたが、

今回、名誉回復となった為、再び、名が書き加えられたと聞き、

長八は男泣きした。御鷹の死因を病死と突き止めた

伊藤久兵衛は功績が認められ、勘定所に戻り支配勘定に昇進した。

幸吉は、正式に、伊藤の弟子に認められ、

伊藤が各地の普請場に赴任し、

留守にする間、鳥屋の管理を任される事になった。

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