第28話 御鷹のはくせい

文字数 3,137文字

賢三郎が颯爽と歩いていると、横町から、姿を現した太兵衛が合流した。

「伊藤殿について、調べはついたのか? 」

 賢三郎は、前を向きながら聞いた。

「本務は、勘定所詰普請役ですが、三年前から、御細工方に出向しています。

とにかく、剛情な奴みてぇですぜ。

勘定所に居た時分に、上役に楯突いたてんで、

御細工方に出向になったそうな。伊藤殿は、我々に、力を貸しますかね? 」

 太兵衛は気が進まない様子だった。

「あの者がいなくては、始まらねぇだろ」

 賢三郎は言った。そうこうしている内に、

下谷広小路の鳥屋に到着した。店の近くまで来ると、

店先に、幸吉が、ぼんやりと突っ立っていた。

「おめえが、幸吉か? 」

 賢三郎が仁王立ちして聞いた。

「は、はい」

 幸吉が引きつった顔で返事した。

「ここが、伊藤殿の店ですな」

 太兵衛が店を眺めながら言った。

「ひょっとして、井坂の旦那ですか? 」

 幸吉が聞いた。

「いかにも」

 賢三郎がえへん面で答えた。

「わざわざ、親分さんに、来て頂いて光栄です」

 幸吉が眼を輝かせた。

「お主を呼んでくんないか? 」

 賢三郎が優しい声で言った。

「伊藤の旦那なら、庭子においでです」

 幸吉は、張り切って、賢三郎と太兵衛を庭子に案内した。

庭子に入ると、伊藤は、梟の鳥籠を掃除していた。

薄暗い鳥籠の中に、黄色い眼が、二つ光って見えたため、

梟を始めて見た賢三郎と太兵衛は思わず、後ずさりした。

二人が恐る恐る、近づくと、見知らぬ人間に驚いた梟が、

翼をばたつかせたため、二人は二度も驚いた。

「ここは、何なんだい? 」

 賢三郎が改めて、周囲を見回した。

所狭しと並んでいる鳥籠の中には、おなじみの鳥から、

日本では、手に入りにくい珍鳥までが勢揃いしていた。

「左様に、夥しい種の鳥を見たのは、初めてですぜ」

 太兵衛がつぶやいた。

「ざっと、数えて、二十種だ。

大名、旗本、豪商が、道楽で買った後、

手に余り手放した珍鳥ばかりが揃っておる」

 伊藤が自慢気に話した。

「一刻も早く、新しい飼い主を見つけなければ、

餌代だけで、破産しちまうだろ」

 賢三郎が呆れ顔で言った。

「店はいつ、再開出来そうですか? 

店が再開したら、また、手伝いに来てよろしいですか? 」

 幸吉が聞いた。

「おぬしは、とっくの昔に、破門されたはずだ。もう、忘れたのか? 」

 伊藤は、幸吉の頭をこづいた。

「おまえ、辞めたのではなく、破門されたのか? 」

 太兵衛が、幸吉をからかった。

「聞こえがわりいから、辞めた事にしたわけさ。

そうだ、おらを破門にしたわけを、

この際だから、はっきり、お聞かせ願おうと来た事を今、思い出した。

三年前は、怖くて聞けなかったが、今なら、何も聞いても、平気さ」

 幸吉が勢い任せに言った。

「しかと、聞くが良い。おぬしは、

御鳥見役の五十川伊三郎に、鷹場で捕えた鳥を売っただろ? 

禁制を犯す様な不届き者は、拙者の店には置いてはおけぬ。

故に、拙者は、おぬしを破門したまでだ」

 伊藤がきっぱりと告げた。

「それは、誤解です。おらは、葛西の百姓が庭で拾った雀を

御鷹部屋に届けたのであって、

御鳥見役に、鷹場の雀を売るなんぞしていません。

いってえ、誰か、根も葉もねえデマを旦那に、さしたのですか? 」

 幸吉が切羽詰まった様子で訴えた。

「とにかく、先つ頃に降った大雨で、

店が開けられなくなったのを機に、働いていた手代も辞めさせた。

うちはもう、人を雇う余裕すらないわけさ」

 伊藤が溜息交じりに言った。

「まだ、御鷹部屋に行かないのか? 」

 賢三郎は、自分がないがしろにされている事に苛立った。

「幸吉。御鷹のはくせいを見せてくれる様に、

口利きはしてやるが、拙者が、してやれるのは、そこまでだ。

おぬしが、店に押しかけようと、拙者の気持ちは変わらぬ。わかったか? 」

 伊藤が、幸吉に向かって言い放った。

「御鷹の死因が、おらが拾って届けた雀ではないと

はっきりすれば、濡れ衣を晴らせる。さすれば、伊藤の旦那も、

お考えを変えて下さるにちげぇねえ」

 幸吉が観念した様子で告げた。

御鷹部屋は、雑司ケ谷と千駄木の二か所にあるが、

御鷹の剥製は、千駄木の御鷹部屋にあるという。

千駄木の御鷹部屋に着くと、伊藤は慣れた様子で、

門前に立っていた御鷹匠同心、鮫島与太郎に袖の下を渡した。

その甲斐あり、一行は容易に、中に入れてもらう事に成功した。

「こう、すんなりと入れるとは驚いたねえ」

 賢三郎が感心した様に言った。

「伊藤の旦那は、鳥に詳しいてんで、

御鷹部屋から、信任を得ているわけですよ」

 幸吉が言った。

「おい、何処まで、連れて行くつもりだ? 」

 伊藤は、応対に出た御鳥見組頭の戸並松蔵が、

部屋の方ではなく、庭の奥へと歩いて行くのに、気づき聞いた。

「何処って? 御鷹のはくせいを御覧になりたいのですよね? 」

 戸並が何食わぬ態度で言った。

「左様だ。部屋にあるのではないのか? 」

 伊藤が念を押されて面食らった。

「いんにゃ、違います。御鷹のはくせいは蔵に御座います」

 戸並がすました顔で答えた。

「蔵だって? 上様の御鷹を蔵にしまっているのかよ」

 賢三郎が目を丸くした。

「ひょっとして、あの風聞を御存じではないのですか? 」

 戸並は、蔵の前まで来ると振り返りざまに聞いた。

「なんの話だい? 」

 伊藤が聞き返した。

「御鷹の剥製が、御鷹部屋に置かれていた頃、

あれに触れた者が、急死する事が相次いだ故に、

蔵にしまわれたという風聞ですよ。

拙者はここで働き出して、一年になりますが、

初日に、上役から、蔵には、近づかぬ様にと注意を受けました。

わけを聞いたら、その風聞を教えて下さいました」

 戸並が穏やかに告げた。

「とにかく、御鷹のはくせいを見せてくんないか」

 賢三郎が、戸並に詰め寄った。

「こちらです。お帰りになる際は、必ず、お声を掛けて下さい」

 戸並は、蔵を開けると、逃げる様にしてその場から立ち去った。

賢三郎は、皆が、蔵の中に入った事を確認すると、後ろ手で扉を閉めた。

日中だというのに、蔵の中は、暗かった。

太兵衛は、扉の横に掛けてあった提灯を手にすると火をつけた。

一行は、提灯の灯りを頼りに、前へと進んだ。

長い間、置きっぱなしになっていたのだろう。

木箱の上に、無造作に積み上げられている書物は埃を被っていた。

「御鷹のはくせいは、いってえ、何処にあるんだい? 」

 賢三郎は、床に足を踏み込む度、立ち昇る埃に咽ながら言った。

「御鷹のはくせいが御座いました」

 先頭を歩いていた太兵衛が声を上げた。

皆が一斉に、太兵衛の周囲に集まった。

太兵衛が、目の前の物体を提灯で照らすと、実像が浮かび上がった。

「これが、御鷹か」

 一行は、御鷹のはくせいを目の辺りにして息を呑んだ。

台座の上に、はくせいにされた御鷹が、翼を閉じた姿で立っている。

まるで、今にも、羽ばたきそうな迫力があった。

「とりあえず、外に運び出すぞ」

 四人がかりで、御鷹のはくせいは蔵の外に運び出され、

三年ぶりに、日の目を見る事になった。

いざ、運び出してみると、年数が経ったせいかくすんで見えた。

「金泥で、塗り固めるとは、正気の沙汰ではなかろう」

 伊藤は、黄金色の御鷹を見るなり、顔をしかめた。

「これに触れた者は、急死するという風聞があるのですよね? 

運び出したりして、平気なのですか? 」

 幸吉が及び腰で危ながった。

「何だか、でこぼこしている感じがしなくもねえ」

 賢三郎は、臆する事なく、御鷹のはくせいに触れた。

「そのおうとつは、はくせいにする時に使った薬品のせいではないか? 」

 伊藤は、おうとつは、薬品のせいだと受け流した。

「疫病で死んだ者の様子と似ている。

鳥も人間と同じ様に、疫病にかかるっていう事はあるのかい? 」
 
賢三郎が妙な事を口にした。


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