第11話 腹の探り合い
文字数 1,840文字
「まことかい? 五十茨の野郎は、何処におるのだ? 」
二人が、月方たちが居る菊之間に駆けつけた時、
おそのが、菊之間から出て来たところだった。
「おい、おその。そこで、何をしておる?
さきしがた、担当を替わったはずだろ」
安治が、菊之間から出て来たおそのを問い詰めた。
「旦那様が、お近くにおいででなかったもので、
わたいに、お声がかかったわけですよ」
おそのが気まずそうに答えた。
「中で、何かあったのかい? 」
賢三郎は、おそのが、暗い顔をしているのが気になった。
「あの、平七郎様が、板長をお呼びです」
おそのがぽつりと言った。
「そんならば、さっさと、板長を呼んで来なさい」
安治がいつになく、厳しい口調で命じた。
「は、はい」
おそのが軽く頭を下げた後、小走りで板場に向かった。
「なかなか、料理屋の主が、板についているではないか。
いつものおめえとは、大違いだぜ」
賢三郎が感心した様に言った。
「そういう事は、いいっこなしだ。照れるじゃないか」
安治が照れ笑いした。
「このまま、踏み込んで問いただすか、しばし、様子を見るか、
おめえなら、どっちに致す? 」
賢三郎が小声で言った。
「そうさね。真っ向から、問いただしても、白ばっくれるのがオチだ。
かといって、取り逃がすのも口惜しい」
安治は、ここに来て迷った。
「とりあえず、おめえは、このまま、料理屋の主として振る舞え」
賢三郎は、安治に任せる事にした。
「合点承知の助」
安治は、やって来た板長の長八と共に中に入った。
「手前は、亀弥の主、安治と申します。
ようこそ、お越し下さいました。ごゆるりとお過ごし下さい」
安治がかしこまって挨拶をした。
「板長だけで良いものを、主までおでましとは驚いたねえ」
月方が苦み走った顔で言った。
「何か、お気に召さないモノでも、御座いましたか? 」
板長の長八が上ずった声で聞いた。
「これは、いってえ、何なんだい? 」
月方が強肴の煮物を入れた小鉢を、長八の前に置いた。
「これは、瓜の煮物ですが、お口に合いませんか? 」
長八は、小鉢の中を覗くと答えた。
「何か、いつも食っている瓜とは、味が、違う気がすんだ」
月方が、煮瓜の一片を箸でつついた。
「お客様が、いつも、召しあがっている瓜は、
恐らく、ぼうぶらの方です」
安治が、黙っていられず、横から口を挟んだ。
「ぼうぶら? 」
月方が首を傾げた。
「これは、ぼうぶらではないのですか? 」
連れの女客が驚いた顔で言った。
「実は、これは、同じ瓜でも、なんきんという別の種なんです」
長八が躊躇いがちに答えた。
「それで、味が違うのか」
月方が、煮瓜をゆっくりと噛みしめながら言った。
「ぼうぶらとなんきんとの味の違いを、
一口召し上がっただけで見分けるとは、
お客様は、なかなかの食通とお見受けしました」
安治がにこやかに告げた。
「こちらに、おはすお方は、
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの二枚目役者、月方平七郎様だよ。
丁重に、おもてなししないか」
連れの男客が威勢良く啖呵を切った。
「お客様は、どなた様で御座いますか? 」
安治は、顔では笑っていたが、
連れの男のえらそうな態度に、思わず、ムカッと来た。
「わしかい? わしは、平七兄さんの付き人を務めている五十茨だよ」
安治の予想通り、この男は、五十茨だった。
安治は、何気に、五十茨の隣に坐る女の方をちら見した。
女の方は、町娘にしては、あだっぽい。
「付き人の方で御座いましたか。
手前どもの振る舞いに、失礼が御座いましたのならばお詫び致します」
安治が顔を引きつらせた。
「さるにても、なんきん瓜が、これほどに美味いとは知らなかったぜ。
ひょっとして、なんきん瓜を美味くしたのは、板長の腕が良いからか? 」
月方は、不穏な空気を打ち消すかの様に、快活な口調で言った。
「とんでも御座いません。なんきん瓜の美味さが、
まだ、あまり、世間で知られていねぇだけの話です」
長八が恐縮して言った。
「次は、役者仲間を連れて来るぜ。ぜひとも、この味を広めたい」
月方が笑顔で言った。
「ありがとう存じます。他になければ、
手前共は、このへんで、失礼させて頂きます」
安治が、長八を随い座敷を後にしようとした。
「ちょいまち」
月方はあわてて、安治を引き留めた。
長八だけが下がり、安治が促されて、平七郎の隣に腰を降ろした。
「さっきから、知らぬ顔の半兵衛を極め込んでいるが、
兄さんは、ひょっとして、楽屋で会った御用聞きではないか? 」
月方が、安治の方を向き直ると聞いた。
二人が、月方たちが居る菊之間に駆けつけた時、
おそのが、菊之間から出て来たところだった。
「おい、おその。そこで、何をしておる?
さきしがた、担当を替わったはずだろ」
安治が、菊之間から出て来たおそのを問い詰めた。
「旦那様が、お近くにおいででなかったもので、
わたいに、お声がかかったわけですよ」
おそのが気まずそうに答えた。
「中で、何かあったのかい? 」
賢三郎は、おそのが、暗い顔をしているのが気になった。
「あの、平七郎様が、板長をお呼びです」
おそのがぽつりと言った。
「そんならば、さっさと、板長を呼んで来なさい」
安治がいつになく、厳しい口調で命じた。
「は、はい」
おそのが軽く頭を下げた後、小走りで板場に向かった。
「なかなか、料理屋の主が、板についているではないか。
いつものおめえとは、大違いだぜ」
賢三郎が感心した様に言った。
「そういう事は、いいっこなしだ。照れるじゃないか」
安治が照れ笑いした。
「このまま、踏み込んで問いただすか、しばし、様子を見るか、
おめえなら、どっちに致す? 」
賢三郎が小声で言った。
「そうさね。真っ向から、問いただしても、白ばっくれるのがオチだ。
かといって、取り逃がすのも口惜しい」
安治は、ここに来て迷った。
「とりあえず、おめえは、このまま、料理屋の主として振る舞え」
賢三郎は、安治に任せる事にした。
「合点承知の助」
安治は、やって来た板長の長八と共に中に入った。
「手前は、亀弥の主、安治と申します。
ようこそ、お越し下さいました。ごゆるりとお過ごし下さい」
安治がかしこまって挨拶をした。
「板長だけで良いものを、主までおでましとは驚いたねえ」
月方が苦み走った顔で言った。
「何か、お気に召さないモノでも、御座いましたか? 」
板長の長八が上ずった声で聞いた。
「これは、いってえ、何なんだい? 」
月方が強肴の煮物を入れた小鉢を、長八の前に置いた。
「これは、瓜の煮物ですが、お口に合いませんか? 」
長八は、小鉢の中を覗くと答えた。
「何か、いつも食っている瓜とは、味が、違う気がすんだ」
月方が、煮瓜の一片を箸でつついた。
「お客様が、いつも、召しあがっている瓜は、
恐らく、ぼうぶらの方です」
安治が、黙っていられず、横から口を挟んだ。
「ぼうぶら? 」
月方が首を傾げた。
「これは、ぼうぶらではないのですか? 」
連れの女客が驚いた顔で言った。
「実は、これは、同じ瓜でも、なんきんという別の種なんです」
長八が躊躇いがちに答えた。
「それで、味が違うのか」
月方が、煮瓜をゆっくりと噛みしめながら言った。
「ぼうぶらとなんきんとの味の違いを、
一口召し上がっただけで見分けるとは、
お客様は、なかなかの食通とお見受けしました」
安治がにこやかに告げた。
「こちらに、おはすお方は、
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの二枚目役者、月方平七郎様だよ。
丁重に、おもてなししないか」
連れの男客が威勢良く啖呵を切った。
「お客様は、どなた様で御座いますか? 」
安治は、顔では笑っていたが、
連れの男のえらそうな態度に、思わず、ムカッと来た。
「わしかい? わしは、平七兄さんの付き人を務めている五十茨だよ」
安治の予想通り、この男は、五十茨だった。
安治は、何気に、五十茨の隣に坐る女の方をちら見した。
女の方は、町娘にしては、あだっぽい。
「付き人の方で御座いましたか。
手前どもの振る舞いに、失礼が御座いましたのならばお詫び致します」
安治が顔を引きつらせた。
「さるにても、なんきん瓜が、これほどに美味いとは知らなかったぜ。
ひょっとして、なんきん瓜を美味くしたのは、板長の腕が良いからか? 」
月方は、不穏な空気を打ち消すかの様に、快活な口調で言った。
「とんでも御座いません。なんきん瓜の美味さが、
まだ、あまり、世間で知られていねぇだけの話です」
長八が恐縮して言った。
「次は、役者仲間を連れて来るぜ。ぜひとも、この味を広めたい」
月方が笑顔で言った。
「ありがとう存じます。他になければ、
手前共は、このへんで、失礼させて頂きます」
安治が、長八を随い座敷を後にしようとした。
「ちょいまち」
月方はあわてて、安治を引き留めた。
長八だけが下がり、安治が促されて、平七郎の隣に腰を降ろした。
「さっきから、知らぬ顔の半兵衛を極め込んでいるが、
兄さんは、ひょっとして、楽屋で会った御用聞きではないか? 」
月方が、安治の方を向き直ると聞いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)