第27話 思わぬ情報

文字数 2,134文字

翌朝、安治は、幸吉と約束していた事をふと思い出した。

「何処、行くつもりだい? 」

 朝飯を買って戻った忠蔵は、

部屋を出ようとした安治に気づいて引き留めた。

「約束を思い出した。どうしても、行かねばならない」

 安治が上目遣いで言った。

「よわったねえ。井坂の旦那から、

兄貴を外に出さないと、約束させられておる」

 忠蔵が困り顔で言った。

「わかっているとも」

 安治がにやりと笑った。

「代わりの者を行かせたらどうだい? 」

 忠蔵が御飯茶碗を手渡すと言った。

「幸吉に、会いに行った折、御鷹部屋に、

御鷹の剥製があると聞いたわけさ」

 安治は、御飯茶碗を膝の上に載せると、

慣れない手つきで箸を使い始めた。

「食わせてやろうか? 」

 忠蔵は、安治の危なっかしい箸使いを見兼ねて申し出た。

「それより、朝飯を食ったら、御鷹部屋まで、付き合ってくんないか」

 安治は、太兵衛の申し出をやんわりとはねのけると言った。

「まだ、諦めないつもりかい? 

井坂の旦那に知れたら、今度こそ、見限られるぞ」

 忠蔵は、安治の御飯の上に、お新香を一つのせた。

「忠蔵、頼むよ。おまえが付き添えば、

親分も、文句は言わねぇだろ」

 安治は、お新香を箸でつまみ上げると、口の中に放り込んだ。

「そうさね。御鷹の剥製か。見る価値はありそうだ」

 忠蔵もまんざらではない顔をした。

「そうだろ? 気になるだろ? 」

 安治が同意を求めた。

「わしが付き添うなら、井坂の旦那も、お許し下さるにちげぇねえ」

 忠蔵は、御飯の上に、納豆をかけると言った。

「御鷹部屋に行く前に、下谷にも寄る」

 安治が湯呑み茶碗を手に言った。

「例の鳥屋かい? 」

 忠蔵が聞くと、安治が頷いた。

「幸吉の話では、鳥屋の主は、御鷹部屋に、ツテがあるそうな」

「へえ―」

 忠蔵が感心した様に頷いた。

「おいらが思うに、幸吉は、殺っていねぇぜ。

怪しいのは、伊三郎の野郎だ」

 安治がきっぱりと告げた。

「やけに、幸吉の肩を持つじゃねぇか。

わしからみれば、どちらも、怪しいがね」

 忠蔵が言い切ると、お茶をすすった。

「御鷹の剥製を調べれば、おのずと、死因はわかるだろ」

 安治が意気揚揚と言った。

「たのもう」

 安治が、忠蔵の助けを借りながら、身支度を整えている時だった。

戸が開いて、村居が、屋敷に上がり込んで来た。

「わりいが、今日は、遠慮してくんないか。

今から、野暮用で、出掛けなければならなくなっちまったわけさ」

 安治が気まずそうに言った。

「往診に来いと申したのは、おぬしではないか? 

怪我を負った身で、何処に行くつもりだ? 」

 村居が厳しい口調で言った。

「このとおり、忠蔵に、肩を借りれば、何とか、歩けそうだぜ」

 安治は、忠蔵の肩を借りて立ち上がろうとしたが、バランスを崩して尻もちついた。

「せっかく、往診に来て下さったのだ。診て頂いたらどうなんだい? 」

 忠蔵は、安治の顔が歪んでいるのを察して言った。

「わかったよ」

 安治はあまりの痛みに耐えらず、大人しく診察に応じた。

村居は、安治の右肩の傷口にあてていた木綿布を勢い良くはがすと、

傷の具合を食い入るように見つめた。

「傷口が、膿んでいるではないか。

こりゃあ、切開して、膿を出さねばなるまい」

 村居が渋い顔で言った。

「切開っていうと、肩を切るという事かい? 」

 安治が切開と聞いてあわてた。

「なあに、簡単な手術だ。ちっと、痛いが、ものの、数分で済む」

 村居は、傷口に、塗り薬を塗りながら言った。

「いてえ。何だ、おい、肩が、ヒリヒリするぜ。

先生。いってえ、何を塗ったんですか? 」

 安治は、焼ける様な皮膚の痛みに耐えかねて悶えた。

「身体が悲鳴を上げているのがわからねぇか? 

出歩くなんぞ、無理だ。しばし、安静にしておれと言ったではないか」

 村居は、午後にでも、安治を医院に連れて来いと

忠蔵に言い残して帰って行った。

「兄貴。先生のおいいのとおりだ。

無理をしたら、治るモノも治らねえ」

 忠蔵が、心配して言った。

「切開して、膿を出せば、幾分、良くなるだろ。

よわったねえ。手術するとなれば、幸吉との約束が果たせなくなる」

 安治が思案した。

「わしらみてぇな下賤をまともに受け入れるとはどうも思えねえ。

井坂の旦那ならば、応じるのではないか? 」

 忠蔵が言った。

「そうさね。井坂の旦那に、頼むしかなさそうだ」

 その後、奉行所から戻った井坂に、

安治は、御鷹の剥製の存在を話し聞かせた。

「おめえ、大事な事を、何故、今の今まで隠していやがった? 」

 賢三郎が話を聞くなりがなった。

「話せば、幸吉が、まず、怪しまれると思ったわけさ」

 安治が決り悪そうに答えた。

「幸吉は、おめえのお人好しを見抜いたわけだな」

 賢三郎がニヤリと笑った。

「親分。それは、どういう意味ですか? 」

 安治が聞き返した。

「御鷹の事は、わしに任せろ。

午後から、手術なのだろ? 行かなくとも良いのか? 」

 賢三郎が、子供に言い聞かせる様に言った。

「そうだった」

 安治がうなだれた。

「兄貴。参るとしますか? 」

 忠蔵が肩を差し出した。

安治は、忠蔵の肩を借りると、慎重に立ち上がった。

「忠蔵。安治の事だから、

また、無茶するかも知れねえ。ぜってぇ、眼を離すなよ」

 行きがけに、忠蔵は、賢三郎に耳打ちされた。
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