2 山賊

文字数 5,466文字

この状況を見て

まだそんなことを言うのか?

ディオニスは怒りを押し殺して言う。


川はゴーゴーと轟音を立てて流れていた。

メロスは川を渡るために自ら飛び込み、どうにもならずに溺れ、ディオニスに助けられた。


それくらいヤバい。

大丈夫だよね?
メロスはそれが大変なことだとは思わなかった。


しかし、大雨の後で水かさが増えた川などに近づくのは危険だ。ましてや橋が落ちたのに泳いで渡ろうとするメロスの感覚はおかしいとしか言えない。

大丈夫なものか。

おまえは溺れていただけではないか。

がんばったのはディオニスである。


ディオニスはもしもメロスを助けられなかったらと、考えるだけで身の毛がよだった。下手をしたらディオニス自身も危なかった。

ひどい……
メロスは被害者面をした。
この川にかかっていた橋が流されたのだぞ。この川沿いに住む者たちは、不自由な生活を強いられるのだ。おまえはそれを放っておけと言うのか?

ディオニスは責任感の強い男だった。

民が苦しむのを黙って見ていられないことはメロスも知っていた。

でも、ディオなら、もう大体のことは終わってるよね? ここにいてやることがあるかもしれないけど、ホントはシラクスに戻って、応援を呼んできた方が効率いいんじゃないの?
メロスの言う通りだった。

ディオニスは朝からこの辺りにいたので、できることはだいたい終わらせてしまっていた。


川を渡れなかったので待つしかなかったが、こちら側に来れたのならシラクスに向かった方がいい。

おまえがシラクスに戻れば、殺すしかなくなるのだ。
厳しい顔でディオニスは言った。
行かせるわけにはいかん!
そう叫び、ディオニスはメロスを捕らえようとした。
なにすんだよ!
しかし、そう簡単に捕まるはずがない。

メロスは逃げた。

おとなしく捕まれ。
ディオニスはメロスを追う。
やだよ!
こら、待たぬか!
捕え損ねたディオニスがメロスに叫ぶ。
やだ!

メロスはシラクスに向かって走り出した。

ボクが戻らなかったら、せっちゃんが殺されるんだ!
それが最善なのだ!
ディオニスはメロスを追った。
ディオのバカ!!
私がバカだと?!
バカバカバカバカバカバカバーカ!
バカと言うヤツがバカなのだぞ。
頭に血が上ってそんな言葉しか出てこなかった。
ば~か、ばかばか!!!
他に言うことはないのか?!
ディオの悪いところが見つからないから、バカって言うしかないんだもん。
………………
走りながら泣きそうな顔で言うメロスにグッと来た。
メロス……
なに?
抱いてもいいか?
ダメ。
それは捕まるということだ。

メロスは走る。

なぜだ?
ディオニスは追った。
してたらシラクスに行けなくなるもん。
おまえをシラクスに行かせるわけにはいかない。
せっちゃん、助けてくれるんなら、捕まってもいいけど……
おまえを生かすために、ヤツは殺す。
ディオのバカ!

メロスは走り、ディオニスがそれを追う。




(ディオを振りきっちゃったらダメだし……)
そんな感じで川から離れ、峠の山道を走り、上りきった。




絶対にディオさんと一緒にシラクスに行かなきゃダメだからね。
(って、フレイアが言ってたから……。でも、けっこうディオ、遅いんだよね)
メロスは妹の言いつけを守り、ディオニスと一緒にシラクスに行くつもりでいた。
待てっ……、コラ……、ぜぇ……ぜぇ……
皆の想像よりはずっと若いが、若作りのおじさんは疲れていた。
ディオ、大丈夫?
だっ……、大丈夫に……、ぜぇ……見えるか?
それでも威張ってディオニスは言う。
見えない。
ぜぇ……ならば……、止まれ……、ぜぇ……
ん……。
メロスは足踏みをしながら止まった。
うむ……。
ディオニスは地面に倒れるように四つん這いになる。
ディオ……

シラクスまで、走れる?

その横にちょこんと座ってディオニスを覗きこむ。
走るわけ……、ぜぇ……

ないだろうが。ぜぇ……ぜぇ……

ディオニスはメロスをシラクスに行かせたくなかった。
そっか
メロスは空を見た。陽はすでに西に傾きはじめていた。
はあ~……、はあ~……
ディオニスはメロスにちょっかいを出しつつメロスの隣に座る。
じゃあ、ボク先に行くから、後から自分のペースで来て。
それをよけつつメロスは言った。
おまえを……

シラクスには……行かせない!

ディオニスは座ったままメロスを捕らえようとするが、メロスはひょいひょいと避ける。
ペース配分がおかしいから、もうへばってるじゃん。
メロスはディオニスに合わせてペースを落として走っていたが、ディオニスはメロスを追うために無理をした。
へばってなどおらん。
少しだけ休んだディオニスは元気をやや取り戻し、メロスを捕らえようとする。
やんっ
メロスはパッと逃げ、また走り出した。
こら、待たぬか!
待たないよ。
メロスはディオニスを見て、後ろを見ながら走っていた。
むっ?
シラクスの方から、集団がやってきていた。

みすぼらしい姿をしていたが、隊列を組んでやってくる。

待て。
ディオニスはメロスの前に来て制止した。
やだぁ! 行くもん!
行くてを阻まれたメロスは暴れた。
おとなしくしろ。
隊列を見つめ、厳しい顔でディオニスは言った。
ディオ?
十数人の男たちが、メロスとディオニスを取り囲む。
……
え? 何?
メロスはディオニスにすがりつく。ディオニスもメロスを守るように立ちはだかった。
ディオ……
メロスはディオニスの背中にぴったりと寄り添う。
大丈夫だ。

おまえのことは私が守る。

優しい瞳でメロスに微笑みかけた。
でもディオ……、あの人たち、剣持ってるよ。
見ると、男たちは皆、腰に剣を携えていた。
ふっ

山賊を装いたかったのであろうが、私相手に丸腰は不安だったのであろう。

覚めた目でディオニスは言った。
短剣ならあるけど、ディオ、使う?
メロスは例の短剣をディオニスに渡そうとした。
これはおまえが持っておれ。

力は入れず、跳ね返すつもりで当てよ。

ディオはどうするの?
私はなんとでもなる。

ディオニスの目が、鋭く光る。

予測不能なメロスに振り回されるよりは、こっちの方が得意分野だった。


最小の動きで周囲を見る。

(ディオってばカッコいい……)
メロスがそんなことを思っていると、
持ち物をすべて置いていけ!
気真面目そうな男が叫んだ。
貴様らは山賊か?
焦りのようなものは全くない。
………………そうだ!

ほんの僅かな時間だったが躊躇し、男は叫ぶ。

山賊のはずの男の方がぎこちなかった。

荷物はさきほど川で流されてな、山賊ごときが手にして喜ぶような物は……
そう言いかけて、メロスを見た。
(しまった。メロスがいた。こいつは私が何をもってしても守りたい至宝ぞ)
(私が負ければ、こいつがどんな目に遭うか……)
ディオニスは力を奮い立たせた。
貴様らが悦ぶような者はいない!!

(※意味 メロスは俺んだ触んな)

ディオニスは目で人が殺せそうな勢いで叫んだ。
(やっぱディオはすごいな。どこにこんな気力が残ってたんだ?)
さっきまでへばっていた。

いや、キサマの命が欲しいんだが……。

(※意味 メロスは別にいらない)
メロスはいらんのか?
ディオニスは驚愕(きょうがく)しつつ尋ねた。
……
うなずいた。
それでこそシラクスの部隊だ。
ちょっと誇らしげにディオニスが言った。
我らは山賊。

兵士には(あら)ず。

そう言って、剣で切りかかってきた。
ふむ
ディオニスは太刀筋を見て、身体をわずかに動かして避ける。
貴様らは言われた通りに動いているだけであろう。悪く思うでないぞ。私の前に立ちはだかったことを(とく)と後悔するがよい。
(そんなこと言ってるヒマがあったら倒せばいいのに)
背中を守るメロスはそう思いながら、短剣で軽く山賊の剣をはじく。
せいっ!
(こっちも叫ぶより前に、切ってくればいいのに)
山賊たちは声を上げてから切りかかってきていた。

メロスは声がしてから反応して防いでいた。

(倒していいのか? これ……)
隙がありすぎで逆にメロスは戸惑った。
(ディオ、大丈夫かな?)
素手のはずのディオニスの様子を見る。
この程度で私を倒そうなど、片腹痛いわ!
……
メロスにはディオニスが楽しんでいるように見えた。
やあああ!
ディオニスに別の男が弱々しく切りかかってくる。
ふんっ
その男の手元まで踏み込み、剣を奪うと突き飛ばした。
あ? え?
持っていた武器がなくなり、男は驚いていた。

その剣はディオニスが持っている。

これできさまらが生き残れる可能性が減ったぞ。おまえは失態を犯した。
そんな……
どう責任を取るつもりだ?
う……
ディオニスは男の喉元に剣先を当てた。
ぬおおおおお!
ディオニスに向かい、剣を振り下ろしてくる男がいた。
っ……
ディオニスはとっさにそれを避け、反射的に切り付けてしまった。
くっ……
男は観念したような顔をした。
ダメっ、ディオ!
メロスは短剣でディオニスの剣を受けた。

目の前で自分の剣を受けている恋人を見て、ディオニスは血の気が引いた。

何をしているのだ、危ないではないか!
ディオニスはメロスを怒鳴りつけた。
この人、自分の味方を助けようとしてたんだよ。殺しちゃダメだよ。
こいつらは私を殺そうとしているのだ。情けをかける必要はない。
情けとかわかんないし!

すぐ殺そうとするの、ダメっ!

こいつらはどさくさに紛れて私を暗殺しに来たやつらだ!
ん?
メロスは首を傾げた。
そなの?
メロスは自分が助けた男に聞いた。
……
男は何も言わなかった。
わっ……我らは山賊なるぞ!
山賊さんだって。
と、ディオニスに言う。
金目の物は何も持っておらん。それなのになぜ襲う。
だっ……だから命をもらおうと……
それで貴様らに何の得がある。
山賊というのは、金品を奪い、人の命を奪うのだろう?
なぜ私に聞くのだ。通常の山賊は金品を奪うのが目的で、人命を奪うのは目的ではない。金品を守ろうとするから、命を落とす者がいるのだ。
え?
自分を山賊だと言っていた男は戸惑いの色を見せた。
そもそもおまえらは山賊に見えん。剣で武装しているし、シラクスから隊列を組んでやって来ておる。そんな山賊などいるものか。
我らはただ、街道を通っている者がいたら殺せと言われただけです。この者どもは、あなたが誰かを知りません。
おまえは黙っていろ。
死にたくなかったら俺の言う通りにしろ。
おまえは見覚えがあるぞ。こんなところで何をしておるのだ。
相変わらず記憶力がよろしいようで。
大したことではない。それに、おまえを忘れろという方が難しい。
あっはっは
私を殺すようにと、誰に言われた?
いちおう、義理とか人情とかってあるんで、そこはご勘弁を。
そんなものは知らん。

大罪を逃すわけにはいかぬ。言わねば貴様が死ぬことになるぞ。

淡々と言い、ディオニスは剣を動かしてチャっと音をさせる。
……
メロスはディオニスをグッと睨み付ける。
それでも言えません。
わっ、我らは山賊です!!
その男をかばうように言った。
こんなに規律正しい山賊がいるか、バカ者めが。
吐き捨てるようにディオニスは言った。
……
ディオニスはメロスを見つめた。
メロスは首を傾げた。
私は名もなき旅人だ。
名前、あるじゃん。
……
ディオニスは深いため息をついた。
名のるほどの者でもない、ただの気ままな旅人だ。
言い直した。
名のればいいのに。
ぽつんとメロスは言った。
あのね、こんなこと言ってるけど、ディオってホントはすっごいお……
……
ディオニスはメロスの口を手でふさいだ。
もごぉ
おまえは黙っていろ。
ぶー。
メロスは黙った。
この先、貴様らが悪事を働くことを止めるのならば、見逃してやらぬこともない。もう山賊などやめ、兵士にでもなるがよい。
それは……?
これは名のるほどでもない旅人のアドバイスだが、この先を行けば川がある。
ディオニスは川の方向を指さした。
昨日の大雨で氾濫して橋が落ちた。周辺の者が困っているので、助ければいいのではないか?
では……
その代わり、ここにいる者どもで心して働け。それだけのことをしたのだからな。
ありがたき幸せにございます。
何が幸せなものか。

大変な作業であるぞ。

そして、少し考える。
(これでメロスも川の村まで連れて行けば……)
しかし、あることに気づいた。
私と一緒にいた、この世のものとは思えぬ愛くるしい生き物を知らぬか?
おぅ……、ではなく旅人様と一緒にいた、……男?
明らかに王と言いかけた。
その者ならば、シラクスに向かって走って行きました。
何?! なぜ止めなかったのだ!
とても素早い男? だったので、止める間もなく……
あいつは~~~!!

ディオニスは癇癪(かんしゃく)を起した。

私はシラクスへ戻り、人を呼んでくる。
もっともらしいことを言い、ディオニスは彼らにこと細かく指示を出した。
このようなことになり、貴様らも運がなかったが、心して励め。
いえ、そのようなことは。おう……、旅人様から直々にご指示いただき、恐悦至極にございます。
昔はそのようなことを言うキャラではなかったであろう。
昔のままでいるのも難しゅうございます。
作業を終えるまで、シラクスに戻ることは赦さんからな。
そう言ってディオニスはメロスを追ってシラクスに向かった。

メロスはシラクスに向かってしまっている。


友のセリヌンティウスを助けるために。

今の人、

ホントにあの暴君なんですか?

ちょっとでも悪事を働いたヤツは何があっても許さないヤツだぞ。
そうは見えなかったけど……。
噂なんて、そんなもんだ。

ほら、言われたことしないと、今度こそ磔刑だぞ。

冗談になりませんよ。
あっはっはっは
(ただ、あのちょこまかすばしっこいのは何だったんだ?)
← ちょこまかすばしっこいメロス。
(俺でもよけきれないディオニス王の会心の一撃を短剣で防いでたぞ)
彼らはメロスが何者かを知らなかった。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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