1 メロスの妹

文字数 2,998文字

日は沈み、村人たちも仕事を終え、それぞれの家に帰って家族と団らんをしている頃、メロスは懐かしい我が家についた。

やっと……、着いた……。
ディオニスに持たされた重い荷物を背負い、10里の道のりを自分の足で歩いてボロボロになっていた。


急いだつもりだったが、やはり半日以上かかってしまった。

疲労困憊で足も上がらず、もう一歩も歩けない。


しかし、久しぶりに見る家には、明かりが灯っていた。

(フレイア……)
メロスは涙が出そうになった。

この明かりは、大切な妹、フレイアが灯したもの。


そう思うだけでなんとも言えない感情がこみあげてきた。

ただ、メロスは家に入るのをためらってしまった。


2年前までずっと暮らしてきた家。

目を閉じれば、中の様子をはっきりと思い出せる。


でも、戸口から入ることができなかった。

(どんな顔をして会えばいいんだ?)
手紙には『結婚式に出席してください』と書いてあったが、その相手はメロスの元カレ。2年前も執拗に迫られた。どうして二人が結婚することになったのかもわからない。
(ボクがいない2年間に、何があったんだ?)
敷地にも入れず、去ることもできず、
 
(どうしよう……)
と思っていると、家からフレイアが飛び出してきた。
お兄ちゃん!
フレイアは、メロスにまっすぐに走ってきて抱きついた。

小さい頃と同じだった。

お兄ちゃん、お兄ちゃん。
ぎゅっとしがみついてきて、メロスも思わず抱きしめる。

2年前よりも少し背が伸び、ふっくらとしていた。


でも、大事な大事なメロスの妹だった。

フレイア……。
メロスはどうしたらいいのかわからなかった。
お兄ちゃん、会いたかったよ~。
妹は可愛らしくそう言った。

メロスは信じられないという顔をした。

怒って……、ないの?

以前と変わらない妹の態度に、夢なら覚めなければいいと思った。

 なんで私が?

アレクには怒ったけど。

えっ?
メロスの声が裏返る。

アレクとは、メロスの元カレで妹の婚約者のアレクサンドロスのことだった。

私の大事なお兄ちゃんになんてことするのよって。
あ……、そう……。
抹消したい記憶だった。

メロスは燃え尽きたような無表情になった。

するいよ。アレクは。

お兄ちゃんのあの姿を、いつも拝んでたんだから。

(え? 拝む?)
服着てるお兄ちゃんもアンニュイな感じがして、それが耽美(たんび)でいいんだけど、無理やり脱がされて、上気した顔で涙を浮かべて「嫌だ!」って叫びながら犯されそうになってて……。
妹はうっとりしながら言う。
(やめて~~~~~~)
メロスは叫びたかった。

だができなかった。

キライに……、

なったよね……。

自分の傷をえぐりつつ、メロスは言った。
誰を?

アレク?

そんな返答が来るとは思ってもみなかった。
ボクのこと……。
嫌いになるわけないでしょ?
キラキラした笑顔でフレイアは言った。
でも……、出てけって……。
ああでもしないと、お兄ちゃん、ウチ、出て行かないでしょ?
え?

なんで?

お兄ちゃん、ウチにいたら、私に気を遣って、やりたいことしないし。
やりたいことなんて、ないよ。
メロスには思い当たることはなかった。
お兄ちゃん、ずっとシラクスに行きたがってたじゃない?
もしかして……、わざと?
そうだよ。
フレイアはうっすらと涙を浮かべ、ニコニコと言った。
お兄ちゃん、お帰りなさい。
2年ぶりに会う妹にふんわりと抱きしめられ、メロスは泣きそうになった。
ただいま、フレイア……。
へへっ
フレイアは嬉しそうに笑った。

本当に嬉しそうで、メロスは涙が出てきた。

嬉しいと、涙が出てくるんだね。
メロスは泣き笑いをしながら言う。

フレイアは兄を促し、家に向かって歩き出した。


そして、兄に笑いかける。

来年の今頃は、お兄ちゃん伯父さんになるんだからね。
は?
さらっと言われて意味がわからない。
お兄ちゃんがいなくなっちゃって、それでアレクとお兄ちゃん談義をしているうちに、仲良くなっちゃったの。
………………………………………………………………………………ぇ?
フレイアは浮かれた足取りで家に入って行った。
(い……嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)
叫びたかったができなかった。

妹の幸せに、水を差すことはできない……。

(うん。結婚ってことは、そうだよね。でも、まだ早いっていうか、お嫁入り前は清いままでいてほしいっていうか……。うん。無理なのはわかってるけどさ……。それに、なんだかんだ言って、結婚って、そういうことだし……。)

神様公認でそういうことをしていいことになる。
(それでも嫌だあああああああああああああああああああああああああああ!!!)
10里を歩いてヘトヘトになって、妹の言葉で壊滅的なダメージを受けた。
お兄ちゃん、ご飯できてるよ。

早く入って。

と、戸口で大事な妹に言われ、
うん。
と、メロスは笑顔で言って、家に入った。

メロスは妹の結婚式がどうして今で、なぜ急に決まったのかを、うっすらと理解した。




      ◇◇◇




長いこと足を踏み入れることができなかった家に、メロスは帰ってきた。
(久しぶりだな……)
小さいけれど、自分の生まれ育った家。
…………。
メロスは安心したような笑みを浮かべた。
お兄ちゃん、すごい荷物だね。
フレイアは兄の尋常ではない量の荷物を見て言った。
ああ……、フレイアの結婚式のために、知り合いがくれたんだ。
歯切れも悪くメロスは言い、ディオニスがくれた物をようやく降ろすことができた。嬉しいと言えば嬉しいのだが、とにかく重くて辛かった。


メロスは入口に入ってすぐにすべての荷物を置いた。

降ろすととたんに身が軽くなる。

(重かった……)
精神的にもけっこうキツかった。

すぐに荷物の中から真っ白い女性用のキトンとヒマティオンを出して妹に見せた。

 

ほら、綺麗だろ。

これ着て結婚式をするといいよ。

そう言って妹に渡す。フレイアは喜々としてそれを自分に当てて見る。
うわ~、綺麗。

これ、私が着てもいいの?

目をキラキラさせて言う妹に、メロスも嬉しそうにうなずいた。
もちろん。
なにこれ、手触りがすっごくいいよ!
受け取った服の手触りを確かめ、ぱーっと花よりも愛らしくフレイアは言った。

妹の喜ぶ姿を見て、重い物を持ってきた甲斐があったとメロスは改めて思った。

(ディオは、こうなることがわかって持たせてくれたんだ……)

妹のはしゃぐ姿を見て、メロスは改めてそう思ったが、ディオニスはただ単にメロスの歩みを遅らせようと重そうな服を持たせただけだった。
明日の結婚式、これ着るね。
笑顔ではちきれんばかりの妹の言葉に、メロスは違和感を覚えた。以前もらった手紙には、明後日の日付が書いてあったはずだった。
 
明日?

明後日だろ?

明日になったのよ?
フレイアは目をぱちくりさせ、不思議そうな顔でメロスを見た。
どうして?
え?

お兄ちゃん、なんで知らないの?

何が?

お兄ちゃんにお客さんが来て、その人が言ったんだよ。「明日にしたほうがいいって」それで、明日になったのよ。

え?
嫌な予感がした。
そのお客さんって、どこにいるんだ?
リビングでお兄ちゃんのこと待ってるよ。
リビング?
意味がわからなかった。

わかっていたけれど、信じられなかった。

(ボクが村に帰ることを知っている、ボクの客……)

思い当たるのはひとりしかいない。

メロスは速足でリビングに向かう。
遅かったな。
……ディオ。
そこには、ワインを飲んで、やや出来上がったディオニスがいた。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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