12 ディオニス王

文字数 3,288文字

その者に、謀反(むほん)の疑いはない!

無実である。よって、刑は行わん!

……

刑吏は慌てて手を止めた。

王に中止と言われたのに刑を執行したら、刑吏の首が飛ぶ。


刑吏は槌を降ろし、声の主を探す。

刑場中を探すが、見慣れた王の姿はない。

王様、どこ?

人々はいつものやたらに着こんでいる鉄仮面の男を探すが、どこにもいない。

その代わり、群衆の後ろからやってくる人物がいる。

え? 誰?
すっごいイケメンなんですけど……?
人垣が左右に分かれ、その中央をやってくる。
イケメン……
かっこいい……

彼を見て、皆が頬を赤らめた。

鍛えられた身体。戦うことに適した筋肉。

……

まさしく歴戦の勇者の姿。

それを隠すことなく、ほとんど全裸でやってくる。

(なぜ、水筒が……?)
メロスが幼い頃から大切にしていた水筒は、ディオニスには紐が短めで、それを肩から斜めがけしている。なかなか滑稽(こっけい)だった。
(水筒……?)
しかし、誰もそれを口にできなかった。
その者に罪はない!

この不審者(ふしんしゃ)から、いつも聞いていた王の声が出ていた。


刑吏が止まったのを見て、ディオニスはいつものように、威風堂々(いふうどうどう)と進む。

それまでの疲れもたまっていたが、彼はなるべくしてなった王である。


勝利の行進よろしく、一歩一歩踏みしめるかのように歩く。

……ディオ?

刑吏が困ったように立ち尽くしているのを見て、メロスも身体を起こしてそちらを見る。


待っていた人物だったが、メロスも首を傾げた。

その見慣れすぎていた裸体に……。

(ボクの水筒、見つけてくれてたんだ……)
ディオニスがメロスの水筒を持っていることはよくわかった。

ほとんどそれしか身に着けていなかったからだ。

(そういえば、なんだかんだ言って、すぐ脱ぐかも。あれって、ディオのクセ?)

護身術を教わっていた時も、すぐに脱ぐので目のやり場に困っていた。

筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)でカッコよいのだが……。

(なんで、そんな格好で刑場(ここ)へ来た?)
と、メロスも思った。

思っていた以上に人がいて、その人々にディオニスは裸体をさらしていた。

……

ディオニスは、はりつけ台の近くまでやってきた。

王の顔を知らない刑吏たちは、慌ててディオニスを止めようとした。


しかし、あまりの堂々とした態度に躊躇(ちゅうちょ)もする。

そのお方に失礼なことをするでない!

お前らの首が飛ぶぞ!

ディオニスが入ってきたところから偉い年配の警吏が入ってきて叫ぶ。
……

刑吏たちはすぐに直立不動の姿勢になった。

それを横目に、ディオニスはメロスのところにやってきて、(かいな)に抱く。


刑の執行は中止だ!

この者に謀反の疑いはない!!

不審人物から、王の声が出てくる。

ディオ……
さすがに恥ずかしい。
すまぬ。

邪魔が入って遅れてしまった。

メロスの耳元で、そっとささやく。

というか、単純にディオニスの足がメロスよりも遅かったというだけだ。


メロスは泣きそうな顔で、首を振る。

ボクこそごめん、ディオはもうボクなんていらないって思って、王城で休んでるんじゃないかって、疑っちゃった。

バカな……。

お前の命が失われるかもしれないのに、そんなはずはなかろう。

ごめん、ディオ……

ディオニスはメロスを抱きしめる。

……みんな、見てるよ。

ディオニスはシラクスの人目につくところで、こういうことは絶対にしなかった。

よい……。

私がお前を抱きしめたいのだ。

ディオ……
(うる)んだ瞳で自分を見上げるメロスがあまりにも愛らしく、ディオニスはメロスにキスをした。

私こそ、お前を疑って悪かった。

お前が他の男をと……、思っただけで胸が苦しくなったのだ。

ディオ……

おまえが誰を好きでも構わぬ。

生きていてくれるだけで、それでよい……

……

メロスは悲しそうな顔をした。

そして、ディオニスの唇に、そっと自分の唇を重ねる。

どうしてそんなこと思ったんだよ。

ボクは、ディオが大好きなんだ。

メロスはそう言って、涙を流しながら微笑んだ。
お前はどうして

そんなに愛らしいのだ……

もう一度ディオニスが抱擁(ほうよう)しようとした時、メロスが顔色を変えた。
ここでは

やんないよ。

ボソっとつぶやいた。

ば……、バカ者。

こんなところでするわけがない。

ディオニスも我に返った。

嬉しさのあまり忘れていたが、民衆は一斉(いっせい)にこちらを見ている。

どうしてそんなカッコなわけ?
涙を拭きつつメロスが言った。
……速く走るためにだな。
服脱いでも

速くなんないよ?

気が付いたら

この状態になっていたんだ……

意味わかんないし。
おまえも同じにしてやろうか?
やめて。

マジで引くから。

ふっ……
ちょっと傷ついた。
ひと目がないところでなら、いいけど……
……
そう言って照れながらうつむくメロスが愛らしすぎて、本当にそうしてしまいそうになるのをぐっと(こら)えた。
王、せめてこれを着てくだされ。
その様子を近くで見ながら待機していた年配の警吏が、ディオニスに緋色(ひいろ)のヒマティオンを差し出す。
………………

無言でそれを受け取り、メロスを(いだ)いたままそれを羽織る。

……
メロスは頭にかかる布をどけて顔を出す。
ちょっとだけいつもの王様っぽくなったね。
中身、あんなにカッコよかったんだ。
かっこよかったわね。
………………うん
かっこよかった。
群衆がざわざわしていた。
この状況を

どういたしますか?

年配の警吏が言う。
うむ……

ディオニスは深く息を吐いた。

そして、メロスを傍らに、人々の前に立つ。

……
しかし、視線は下を向き、何かを躊躇(ちゅうちょ)している。
ディオ……
心配そうにメロスはディオニスを見つめていた。
ふっ……
ディオニスはメロスに笑いかけた。
ディオ?
メロスは驚いたような顔をして恋人を見上げた。
……
ディオニスは意を決し、顔を上げて口を開く。
この者は、私を殺害しようと王宮に来たのではない。ただ、私に会いに来ただけだ。
ディオニスの声が、刑場に響く。
私にとって、かけがえのない者なのだ。短剣は、その身を守るように私が渡した物で、私の心が休まらぬから持たせていた。
人々は王の言葉をかたずを飲んで見守っていた。
この者は……
ディオニスは深く息を吸う。

メロスは私の恋人だ!

刑場はしんと静まり返った。

ディオニスは、罵詈雑言(ばりぞうごん)が投げられるのを覚悟した。

(私は王としてあるまじきことをしてしまった。どんな罰でも受けよう。それでも、メロスを失うことに比べれば、大したことではない)

ディオニスの言葉にメロスは驚いていた。

そして、辛そうにうつむく恋人に、手を伸ばす。

ディオ……

この先、何があっても、この人についていこう。

メロスはそう思って、微笑みかけた。

メロス……
ディオニスはメロスの手を優しく握りしめる。
へへっ
メロスは幸せそうに笑った。
(……この後、何があっても、メロスだけは守ろう)
ディオニスは心に誓い、メロスの手を強く握った。








お……、王様、ばんざい。

小さく、そんな声がした。

それを聞いた民衆が、我に返った。

王様、ばんざい
ディオニス王、ばんざい!
皆が口々に、そう言い出した。
……え?
ディオニスには理解ができなかった。
王様、カッコよかったよ!
いいぞ!
私ははじめからそうだと思ってたよ。
ディオニス王、ばんざい!
……何が起きているのだ?

なぜ、自分が()(たた)えられているのか。

ディオニスには信じられなかった。

火を(かか)げよ。

年配の警吏の指示で、王の周辺に明かりが灯される。

……

ディオニスは恐る恐る右手を上げた。


わ~!
ディオニス王!
ディオニス王!
ばんざい!
人々が歓喜(かんき)の声を上げる。

ボク、言ったよね。

ディオには、ディオにしかなれない王様があるって。

………………
ディオニスはそう言う恋人の顔を微笑みながら見つめる。

ディオは、とっても素敵な王様なんだよ。

みんなもそれに、気づいてくれたんだ。

メロスは嬉しそうに、残光にかすかに見える群衆の喜ぶ姿を眺める。

おまえがいてくれて、生きていてくれて

本当によかった。

ディオニスはメロスを抱きしめる。
うんっ
メロスはディオニスに笑いかけた。














走れメロスを『BL』にしてみた

……ら走れディオニスになった。


【完】

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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