8 いつの間にか妹がいた

文字数 3,514文字

メロス?
アレクサンドロスは固まってしまったメロスを見て怪訝(けげん)な顔をした。

大丈夫よ。

今、お兄ちゃんは、ディオさんとのことを妄想しているだけだから。

いつの間にかそこにいたフレイアは言い、アレクサンドロスに寄り添う。

そうなのか?
アレクサンドロスは自然に花嫁の肩を抱く。
きっと、ディオさんに脅されてする自分を想像してみて、『悪くないかも』って思ってるところよ。
小さい頃からごっこ遊びをしていたので、兄妹は想像力が豊かだった。
そんなこと思ってないぞ。
妹の言葉に我に返り、メロスは言った。

ちょっとだけ違っていた。

 じゃあ、『それ、いい』かな?
…………。
そう思っていた。


フレイアはメロスの横に行き、期待に満ちた眼差しで見つめた。

溺愛してくれている兄のことをフレイアも大好きで、そんな妹は兄のことをよくわかっている。


『脅される』ってよりは

『断る隙も与えてもらえない』って感じだったわ。

うっとりとした眼差しで妹は言った。
疲労困憊って感じだったのに、

気持ちいいことされて、やむを得ず反応しちゃってるって感じ。

…………フレイア?
だいたい何が言いたいのかは、さすがにわかってきていた。

でも、それを聞きたくはない。

お兄ちゃん、息も絶え絶えなのに、悦しそうだったわ。

うっとりした目でフレイアは言い、愛らしく微笑んだ。

見るなよぉおおおお!!!

メロスは頭を抱えた。

薄々わかってはいたが、いざ言われると、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。

そんな……

メロスが悦ぶなんて……。あんなに嫌そうにしてたヤツがか?

アレクサンドロスはメロスの元カレで、そういうこともしている。

これは彼の妄想ではない。

アレクじゃダメだったのね。
フレイアは自分の夫になる男にサクっと言った。

アレクサンドロスはショックを受けた。



フレイアは……

俺とするの嫌か?

半泣きで妻になる娘に聞く。

フレイアはニコっと笑ってアレクサンドロスを見た。

そう見える?
いや……

かわいいなって……

じゃあ

嫌じゃないんだわ。

フレイアは花のように笑って、花婿の頬に軽くキスをする。
フレイア……
アレクサンドロスはぽーっと頬を赤らめ、自分の妻になる女を見つめる。
はいはいはいはい! ダメダメダメダメ。ダメなものはダメ!!!
メロスは二人の間に入って、妹を害虫から守るつもりで抱きしめた。
……メロス。

やっぱり俺のことが好きなんだな。ごめんな。お前の想いに応えられなくて。

すっかり自信を取り戻してアレクサンドロスは言った。
そんなわけがない!
メロスはアレクサンドロスを睨み付ける。
アレク、今度、教えてあげるから、お兄ちゃんとディオさんの再現やろうね。
キャピっとフレイアが言った。
ああ、もちろんだよ。

マイ・スイート・ハニー。

その会話を聞いて、メロスは血の気が引いた。
(やめて、お願いだから)
想像したくもなかった。

自分とディオニスの濡れ場を再現する妹夫婦。


夢なら覚めて欲しかった。

でも、アレクじゃディオさんできないな……
兄のことは気にもかけず、困ったようにフレイアは言った。

私がディオさん役

やろっかなっ

とてもいい案が浮かんだとばかりの輝く笑顔だった。
(フレイアがディオのように襲ってくる……?)
メロスは想像してみた。
(なんて羨ましいシチュエーション!)
(お前なんて大嫌いだ!!!)
アレクサンドロスにそう叫びたかった。

でも、妹がいたのでできなかった。

俺は、セリヌンティウスに抱かれるメロスも嫌いじゃないんだが。

(はぁ?)
セリヌンティウスとはそういう関係ではない。
あれは、アレクの願望が入りすぎなんだもの。リアリティが足りないわ。
(リアリティ?)
メロスには二人が何の話をしているのかわからなかった。
俺をフレイアに取られ、傷心でシラクスに向かったメロス……。
アレクサンドロスはいきなり芝居をはじめた。



「セリヌンティウス!」
「メロス、どうしたのだ?」
フレイアはメロスの腕から出て行き、アレクサンドロスの前に向かう。

憎き義弟になる男に続き、フレイアまでもがおかしな動きを始めた。

「ボク……、ボク……」
(まさかとは思うが、あれはボクなのか?)
アレクサンドロスは身長も高いし、顔も大きい。

顔も悪くないが、メロスとは全然違うタイプだった。


そのアレクサンドロスがメロスに(ふん)している。

「アレクサンドロスに振られてしまったんだ」
嘆き悲しみ、ガクンと膝をついた。
(振ったのはこっちだ……)
その演技を見て、メロスはイラっとした。
「おお、なんということだ! それはさぞかし辛かったであろう」
張りのある声で可愛らしく演技する妹。
(フレイアがせっちゃん……?)
「ボクを……、慰めてくれるかい?」
アレクサンドロスは哀れみのこもった瞳で、自分の前に来ていたフレイアを見つめた。

「もちろんだとも」
 フレイアは凛々しく微笑み、アレクサンドロスの手を取ると抱き起こす。
(…………かわいい)
妹のキリっとしながらも微笑む顔が愛らしい。


そう思いながらも、メロスは二人の手を外そうとする。

しかし、がっちりと掴んだ手は離れない。

お兄ちゃん、邪魔よ。
一瞬だけ役から戻り、本当に迷惑そうに妹に言われ、メロスははっとして離れた。

かわいい妹に嫌われたくはない。

「俺はお前のことを、ずっとずっと前から、そう、お前を初めて見たときから、お前を愛していたんだ」
メロスを追っ払った後、フレイアは目をキラキラと輝かせて言った。
(せっちゃんに悪いだろ?)
メロスはそれが妹の妄想だと思った。
「え? 本当に?」
メロス役のアレクサンドロスは、驚いたような顔をする。

なよっとしていて、おカマっぽかった。

(そんな顔、しないぞ!)
メロスならもう少し自然に振る舞う。
「もちろんだとも!」
フレイアの方がアレクサンドロスよりも背が低いのに凛々しく見えた。
(まだまだなところはあるけど、魅せる演技だな……)
メロスは演技について詳しいわけではない。
「でも、ボクはまだアレクサンドロスのことを忘れられないんだ!」
フレイアの演技に引きずられているのか、アレクサンドロスもメロスが言うようにも見えてきた。

しかし、当のメロスはそれを聞いて切れそうになった。

(とっくの昔に忘れてるぞ! 完全な黒歴史だ!)
好きだったというより、可愛さ余って憎さ百倍だった。
(ボクの大事なフレイアに、何させてんだよ、こいつは!)
「それでもいい。それでも構わない。俺は、お前が誰を想っていてもいいんだ」

フレイアは苦しそうな顔で一呼吸、置いた。
……。
メロスは妹の演技を見つめる。
「メロス、お前のことが好きなんだ!」
フレイアはそう叫び、アレクサンドロスを抱きしめる。

普段はおとなしそうな娘だが、役に入り込むからなのか、凛々しい男役に見えた。


メロスもその演じている内容に疑問はあったが、フレイアの愛らしい声で一所懸命に叫ぶ姿はメロスの兄バカを助長するのに十分だった。

(女優、……いや、俳優になれるぞ。フレイア……)
妹のことは、キラキラした目で見つめていた。
式当日まで何して遊んでんだい?
アレクサンドロスの母親が祝宴の料理を持って入って来た。
あ、ママ。
一瞬で役が抜け、アレクサンドロスはマザコンっぷりを発揮する。
お義母様。

いらしてたんですか?

セリヌンティウス役から戻ったフレイアも、ニコニコと微笑んでいた。
 
可哀想に。

メロス君、固まってるじゃないか。

肝っ玉母さん系のアレクサンドロスの母親はメロスを見て言う。 
あの……、

二人はいつもこんな感じなんですか?

そうだよ。

この後、寝室で盛り上がるんだよ。

……寝室。
聞きたくない言葉だった。

しかも、自分とセリヌンティウスとしてである。 

だいたいできてるみたいだね。
しばしほうけていたメロスを放置し、メロスがほぼ終えていた飾り付けと食事を見て、アレクサンドロスの母親は言った。
ほらほら、花嫁の着替えをするよ。フレイアの部屋に行こうかね。
そう言って、アレクサンドロスの母親はフレイアの肩に手を置く。
はい、お義母さま。

フレイアは本当に幸せそうに言い、アレクサンドロスの母親と一緒に出て行った。

その様子はとても親し気で、本当の母娘のようにも見えた。

(お嫁に行くんだ……)

いままでずっとフレイアの親代わりもしていたメロスは、それを見てそう思った。


招待客もこの結婚を祝うためにやってきていた。

皆は口々にお祝いを述べていた。


アレクサンドロスはそれを嬉しそうに聞いている。

(フレイアは幸せそうだし、みんなも暖かく見守っててくれてるみたいだし……)

満足といえば、満足だった。

(よかったね、フレイア)
慣れ親しんだ自分の家に、人が集って来ていた。
…………
 そして、喜びながらも、メロスはほんの少しの淋しさを感じていた。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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