アレクサンドロスは固まってしまったメロスを見て怪訝な顔をした。
大丈夫よ。
今、お兄ちゃんは、ディオさんとのことを妄想しているだけだから。
いつの間にかそこにいたフレイアは言い、アレクサンドロスに寄り添う。
きっと、ディオさんに脅されてする自分を想像してみて、『悪くないかも』って思ってるところよ。
小さい頃からごっこ遊びをしていたので、兄妹は想像力が豊かだった。
妹の言葉に我に返り、メロスは言った。
ちょっとだけ違っていた。
そう思っていた。
フレイアはメロスの横に行き、期待に満ちた眼差しで見つめた。
溺愛してくれている兄のことをフレイアも大好きで、そんな妹は兄のことをよくわかっている。
『脅される』ってよりは
『断る隙も与えてもらえない』って感じだったわ。
疲労困憊って感じだったのに、
気持ちいいことされて、やむを得ず反応しちゃってるって感じ。
だいたい何が言いたいのかは、さすがにわかってきていた。
でも、それを聞きたくはない。
お兄ちゃん、息も絶え絶えなのに、悦しそうだったわ。
うっとりした目でフレイアは言い、愛らしく微笑んだ。
メロスは頭を抱えた。
薄々わかってはいたが、いざ言われると、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
そんな……
メロスが悦ぶなんて……。あんなに嫌そうにしてたヤツがか?
アレクサンドロスはメロスの元カレで、そういうこともしている。
これは彼の妄想ではない。
フレイアは自分の夫になる男にサクっと言った。
アレクサンドロスはショックを受けた。
半泣きで妻になる娘に聞く。
フレイアはニコっと笑ってアレクサンドロスを見た。
フレイアは花のように笑って、花婿の頬に軽くキスをする。
アレクサンドロスはぽーっと頬を赤らめ、自分の妻になる女を見つめる。
はいはいはいはい! ダメダメダメダメ。ダメなものはダメ!!!
メロスは二人の間に入って、妹を害虫から守るつもりで抱きしめた。
……メロス。
やっぱり俺のことが好きなんだな。ごめんな。お前の想いに応えられなくて。
すっかり自信を取り戻してアレクサンドロスは言った。
アレク、今度、教えてあげるから、お兄ちゃんとディオさんの再現やろうね。
想像したくもなかった。
自分とディオニスの濡れ場を再現する妹夫婦。
夢なら覚めて欲しかった。
兄のことは気にもかけず、困ったようにフレイアは言った。
アレクサンドロスにそう叫びたかった。
でも、妹がいたのでできなかった。
俺は、セリヌンティウスに抱かれるメロスも嫌いじゃないんだが。
あれは、アレクの願望が入りすぎなんだもの。リアリティが足りないわ。
メロスには二人が何の話をしているのかわからなかった。
俺をフレイアに取られ、傷心でシラクスに向かったメロス……。
フレイアはメロスの腕から出て行き、アレクサンドロスの前に向かう。
憎き義弟になる男に続き、フレイアまでもがおかしな動きを始めた。
アレクサンドロスは身長も高いし、顔も大きい。
顔も悪くないが、メロスとは全然違うタイプだった。
そのアレクサンドロスがメロスに扮している。
「おお、なんということだ! それはさぞかし辛かったであろう」
アレクサンドロスは哀れみのこもった瞳で、自分の前に来ていたフレイアを見つめた。
フレイアは凛々しく微笑み、アレクサンドロスの手を取ると抱き起こす。
妹のキリっとしながらも微笑む顔が愛らしい。
そう思いながらも、メロスは二人の手を外そうとする。
しかし、がっちりと掴んだ手は離れない。
一瞬だけ役から戻り、本当に迷惑そうに妹に言われ、メロスははっとして離れた。
かわいい妹に嫌われたくはない。
「俺はお前のことを、ずっとずっと前から、そう、お前を初めて見たときから、お前を愛していたんだ」
メロスを追っ払った後、フレイアは目をキラキラと輝かせて言った。
メロス役のアレクサンドロスは、驚いたような顔をする。
なよっとしていて、おカマっぽかった。
フレイアの方がアレクサンドロスよりも背が低いのに凛々しく見えた。
(まだまだなところはあるけど、魅せる演技だな……)
「でも、ボクはまだアレクサンドロスのことを忘れられないんだ!」
フレイアの演技に引きずられているのか、アレクサンドロスもメロスが言うようにも見えてきた。
しかし、当のメロスはそれを聞いて切れそうになった。
好きだったというより、可愛さ余って憎さ百倍だった。
(ボクの大事なフレイアに、何させてんだよ、こいつは!)
「それでもいい。それでも構わない。俺は、お前が誰を想っていてもいいんだ」
フレイアはそう叫び、アレクサンドロスを抱きしめる。
普段はおとなしそうな娘だが、役に入り込むからなのか、凛々しい男役に見えた。
メロスもその演じている内容に疑問はあったが、フレイアの愛らしい声で一所懸命に叫ぶ姿はメロスの兄バカを助長するのに十分だった。
アレクサンドロスの母親が祝宴の料理を持って入って来た。
一瞬で役が抜け、アレクサンドロスはマザコンっぷりを発揮する。
セリヌンティウス役から戻ったフレイアも、ニコニコと微笑んでいた。
肝っ玉母さん系のアレクサンドロスの母親はメロスを見て言う。
聞きたくない言葉だった。
しかも、自分とセリヌンティウスとしてである。
しばしほうけていたメロスを放置し、メロスがほぼ終えていた飾り付けと食事を見て、アレクサンドロスの母親は言った。
ほらほら、花嫁の着替えをするよ。フレイアの部屋に行こうかね。
そう言って、アレクサンドロスの母親はフレイアの肩に手を置く。
フレイアは本当に幸せそうに言い、アレクサンドロスの母親と一緒に出て行った。
その様子はとても親し気で、本当の母娘のようにも見えた。
いままでずっとフレイアの親代わりもしていたメロスは、それを見てそう思った。
招待客もこの結婚を祝うためにやってきていた。
皆は口々にお祝いを述べていた。
アレクサンドロスはそれを嬉しそうに聞いている。
(フレイアは幸せそうだし、みんなも暖かく見守っててくれてるみたいだし……)
そして、喜びながらも、メロスはほんの少しの淋しさを感じていた。