4 葛藤

文字数 2,265文字

メロスがシラクスへまっすぐ向かっているように見える道に入る少し前。

山賊たちに指示を出して川の方へ行かせた後、ディオニスはメロスを追ってシラクスへ向かおうとしていた。

(……愚か者めが)
ディオニスは怒りに震えていた。
(このままでは、メロスは日没までにシラクスに着いてしまう)
シラクスまでの道のりはまだ残っているとはいえ、半分以上は来てしまっていた。
(あいつを失うなど、あってはならない)
(まあ、馬ならすぐに追いつこう)
(シラクスへ行く前に、メロスを捕らえて足止めをする)
ディオニスは近くの村に行き、馬を借りようとした。

しかし、大事なことに気が付いた。


否、わかってはいたが、実感していなかった。

金がない……

ベルトに必要なものは付けてあったのだが、川に入った時にメロスを助けられないと思い、そのベルトを外し、結果、武器も金も失った。あの流れでは邪魔なだけだった。


装飾も好まないので、貴金属を身に付けてもいない。

現在の彼の持ち物は、着ている服だけだった。


気づいてはいた。

無一文であるということに。

どうすればいいのだ?

いままで金に困ったことはなく、こんな状況になったことがない。

彼はとてもまじめな王だからだ。


王であると主張をしたところで信じてもらえない可能性も高い。

それに、それはできるだけ避けたかった。

(王が自分の恋人(しかも男)のために借りを作るなど、言語道断……)
それだけは絶対にしてはならない。

と、ディオニスは思っていた。


そこは絶対に曲げられない。

………………………………
ディオニスはメロスが走って行った方向をじっと見つめた。

自分の治める王都シラクスへと向かう街道を。

走らねば、ならぬのか?

日暮れまでまだ時間はあったが、長距離の移動は馬がほとんどで、走ったことはない。

しかし、メロスはすでにシラクスに向かってしまっていた。


ああ! もう!
ディオニスは髪をかきむしった。

そして

なんなんだ! あいつは私にどうしろと言うのだ!

と、思いのたけを叫んだ。

くっ……

ディオニスは走り出した。

韋駄天(いだてん)のように走り去ったメロスには及ばない速さだった。


しかし、着実に走る。




      ◇◇◇




はっ……、はっ……、はっ……、はっ……

汗が流れ落ちる。

ディオニスは、無造作にそれをぬぐった。


一定のリズムで、彼は着々と進んでいた。

速さはなかったか、確実に間に合いそうな足取りだった。

(シラクスに着く前に、メロスを捕らえなければ……)

そして刑場に行かせないのがディオニスにとって最善の策だった。

(いくらなんでも、全速力でずっと走り続けられるわけではない。どこかで休んでいるところを見つけられれば……)

と思い、ディオニスは注意深く周囲を見ながら走っていたが、メロスらしい人影はどこにも見られなかった。


無理もない。

メロスは違う道を行っていた。


それを知らないディオニスは、メロスが通って行った道は視界に入らず、シラクスに続く街道を走っていた。まさか、この()(およ)んで、どこに行くかわからない道を行くなど、想像もできなかった。

(シラクスに着いたら、まっすぐ刑場に向かうだろう。いや、メロスのことだから、もしかすると寄り道をするかもしれない)

メロスは普段からフラフラと思いもかけない行動をとる。

だから、隠れるように行動していたディオニスとも出会えたと言える。

(寄り道をしていればいいのだが、さすがにあの憎きセリヌンティウスの命がかかっていたら、まっすぐに行くだろう)
メロスは確かにまっすぐにシラクスに向かっていた。
(早く到着したら、余計なところに行くかもしれぬが……)
十分にありえることだった。
刑場に行けば磔刑になるから、その前に思う存分、好きな物食べたり、お散歩したりしとこう!
ということを言いそうだしやりそうだった。
(いやいや、楽観視しない方が良い。あのメロスだ)
(むちゃくちゃなことをするだろうと身構えていると、ちゃんとしたことをしてこっちがエライ目に遭うのだ)
訓練中にもそういうことはあったし、メロスはそういう男だった。
(あいつの行動が読めぬ……)
ディオニスは走る。
(そこが半端なく愛くるしいのだがな……)
ディオニスはメロスの自由気ままなところに惹かれた。
(あいつを死なせてはならん)
その思いは、ディオニスを急がせた。
(くそう、あのようなこと、言うべきではなかった)
ディオニスはシラクスを発つ前に、身代わりの警吏に言ったことを後悔していた。

セリヌンティウスという石工を殺すことは決まっておる。日没前にやってしまっても構わぬぞ。

メロスを時間通りに到着させるつもりは全くなかった。


なんとかして阻止するつもりでいた。

連夜の攻めはそのためでもあった。

(あんなことを言うのではなかった。だが、セリヌンティウスは殺せと言ったが、メロスの場合は言っていない。頼む、メロスは刑の執行をしないでくれ……)
ディオニスは祈るような気持ちで、シラクスへ向かって走っていた。




     ◇◇◇




その頃メロスは、ディオニスの予想を超えた場所にいた。
ここ、どこ?

太陽の位置で、シラクスに向かっていることはわかっていた。

事実、まっすぐにシラクスに向かっている。


しかし、道はなくなり、木々の間を縫うようにして山の中を歩いていた。

(やばい、日が暮れる……)

迷っている場合ではなかった。

戻ることもできず、休むこともせず、ひたすら進む。

せっちゃん……

絶対に助けるからね!

メロスは必死の形相で、まっすぐにシラクスに向かう。
(こっちの方が、楽そうだと思ったのに……)

さっきとは違った涙が出てきた。

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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