7 メロスの想い

文字数 2,845文字

命が惜しくはないのか?

間に合ったらお前が死ぬのだぞ。

ディオニスがしかめ面でメロスに言う。

それを聞いたメロスはムッとした。

惜しいよ。

惜しいに決まってるだろ!

逆切れに聞こえた。
しかも磔刑(たっけい)だよ? 何日もかけて、ジワジワ殺されるなんて、悪趣味にも程があるよ!
磔刑は昼夜を問わず、死ぬまで痛みに苦しめられ続ける。
しかたがないであろう。

未遂(みすい)だが王殺しの容疑をかけられたのだ。

ディオは、もっと人の命を大事にしないとダメだよ。

死んだらいなくなるんだよ。二度と会えなくなるんだよ

それがなんだと言うのだ。
え……
無感情に言うディオニスに、メロスは驚いた。

自分を旅人だと言い、山賊を逃したディオニスと同じ人間とは思えなかった。

戦場では、多くの人間が死ぬ。

磔刑で死ぬ人間など、たかが知れている。

ディオニスは元役人で政治に長けているし、戦でも最高司令官になってカルタゴに勝利してしまう。

なんでもできるのでなるべくして王になった。


しかし、戦に出ているということは、敵も味方も関係なく、多くの死を見ているということだった。

数の問題じゃないよ。

磔刑で死ぬ人間にだって、家族とか友達とかいるんだよ。

戦で死ぬ兵士には、家族や友はおらぬと言うのか?
あ……
メロスもそのことに気が付いた。
シラクスを守るために、兵士たちは命を落とした。そのシラクスを内側から(くさ)らせようとする奴らを、王として(ゆる)すわけにはいかぬ。
……
それこそ、死した兵たちに、申し訳が立たぬ。

ディオニスは、厳しい顔で言った。

ただ、メロスはディオニスが苦しんでいることを知っていた。


厳しい顔をしていたが、メロスには心で涙を流しているように見えた。

(いつも、ちゃんと休めてないくせに……)

メロスは唇を噛みしめた。


睡眠時間はメロスよりもずっと短く、たまにうとうとしたかと思うと、悪夢を見るのか叫んでいるのを聞いていた。


メロスは彼の心の傷を、なんとかして(いや)したかった。

辛そうな顔で、王として振る舞うディオニスが、痛々しくて、愛しかった。


だから、身体を与えていた。

自分にはそれしかできないと思っていた。


彼が自分を(ほっ)しているのなら、理由など、どうでもよかった。

けれど、いつしかそれさえも、彼の心をむしばんでいた。

ディオは、

自分に厳しすぎなんだよ。

そんなことはない!
必要以上に怒っているように見えた。
ボクを抱いて、一時(いっとき)でも苦しみから解放されることに、罪悪感があるんだよね?
違う!
だからボクを処刑しようとしたんだよ。
違う! 違う!!
ボクを殺して

自分に罰を与えようとしたんだ。

そんなことはない! お前を助けるために、セリヌンティウスを身代わりに!!
せっちゃんが憎いって思うのは、ディオの本当の気持ちなんだよ。
……なに?
メロスの言葉に、ディオニスは困惑した。
自分を罰しなきゃいけないのに、ご褒美(ほうび)を与えたらいけないよね。
セリヌンティウスを殺すことは、私の願望だと言うのか?
違うの?

メロスは口角(こうかく)を上げる。

魔物のように美しい()みだった。

……
ボクは、せっちゃんに死んでほしくない。

だからシラクスに戻る。今すぐに戻って、せっちゃんを助ける。

メロスはきっぱりと言った。
ディオのすることは、なんでも受け入れたい。でも、これだけは絶対にダメだ。せっちゃんが処刑されたら、ボクはそれを最後まで見届けて、ボクも命を()つよ。
明るく笑っていたが、メロスは(くら)い瞳をする。
ディオは、理想の王様になろうとして、周りの本質を見なくなっちゃったんだ。誰もあなたを責めてないよ。自分に災難がふりかからないように、見て見ぬふりをするようになっただけ。
シラクスの街は、どこか(いびつ)なんだ。

ボクはディオが大好き。

自分に厳しくて、とっても優しくて、王になるべくしてなった人

それに、ボクのことを、こんなに愛してくれる……
そうだ。

私はおまえを愛している。

へへっ
メロスは幸せそうに笑う。
それで、ボクは充分なんだ……
こつんと額をディオニスの額に当てる。
自分に、もう少し優しくなって。今、シラクスは凍ったような街になってる。あなたが少し、気持ちを穏やかにするだけで、シラクスも変われるんだ。
……
ディオニスは言葉を(つむ)ごうとして、やめる。
村でのディオは、楽しそうだったよ。はじめは怖がってたみんなも、ディオのこと受け入れてた。
えん……宴会だったから、私のことなど気にならなかったのであろう?
ようやくディオニスから言葉が出てきた。

しかし、メロスはそれに首を振る。

ディオが楽しそうだったから、みんなも安心したんだ。
……

ディオニスはきまり悪そうに顔をそむける。

メロスはディオニスの頬に触れ、自分の方を向かせると、その瞳を覗きこむ。

ディオは、とっても素敵な人なんだ。市民を守れる王様なんだ。でも、恐怖で人々を縛ったら、いつかそれは、壊れてしまう。
あの村長のようになれと言うのか?
()ねたようにディオニスは言う。
……
笑みを浮かべ、メロスは首を振る。
村長は別の次元の人だから、真似できないと思うよ。
……そうだな。
それはなんとなく、ディオニスにもわかった。
でも、村長もディオのようにはなれないんだ。

それで良いのではないか?

私のような王など、居ない方がよい。

ふてくされたように言うディオニスに、またメロスは首を振る。
ディオにはディオにしかできない王様があるんだ。それは、他の人には真似ができない。ボクがディオを好きなのは、ディオがそういう王様だってことを知っているからだよ。
………………
人は過ちを犯す生き物なんだ。でも、そこから学んで、次は同じ過ちを犯さないようになれるんだ。
次々と新しい過ちを犯すのではないか?
そこは……

もうちょっと応用力があるんじゃないのかな……

たぶん、とメロスは付け加えた。
人はやり直すことができるんだ。でも、その前に処刑してしまったら、学ぶことができなくなる。反省がなくなり、それを見ていた人たちも、次は自分じゃないかという恐怖が満ちて、憎しみが溢れるようになったら……
滅ぶしかなくなる。
……
メロスはディオニスに触れる。
(よろこ)んでいいし、楽しんでもいいんだ。ディオはそれに、(おぼ)れるような人じゃない。ディオがとっても()い人間だから、王城の人たちもディオについてきてくれるんだよ。

メロスはディオニスにキスをする。

深く永い、甘い口づけ。

愛してる
笑顔でメロスは言った。
……

ディオニスはメロスを捕えようと、手を伸ばす。


しかし、メロスは優美な動きでスッと後ろに下がる。

ディオニスの手が(くう)を切った。

ディオはもっと、自分を甘やかしてもいいんだよ。

根がまじめだから、それで丁度良くなるし。

まるで、天上の微笑みだった。

メロス……
あまりの神々しさに、ディオニスは見惚れた。
へへっ
そして、ディオニスが見ている前で、踊るような足取りでくるりと(きびす)を返し、メロスはシラクスに向かって、全速力で走って行った。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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