10 疲労困憊なおっさん
文字数 3,538文字
ディオニスはシラクスのまちに着いた。
そして走っていた。
ただ、ちょっと評判が悪すぎた。
クソ真面目過ぎて融通が利かないので、仲の悪い人から悪評が流されたためだ。
赤い夕陽を受けながら、ディオニスは必死に祈り、刑場に向かって走っていた。
ディオニスは走ることと、神に祈ることしかできなかった。
ただ、大神ゼウスは神々の王でありながら、美しい娘や少年を見かけると、さらって妻のヘラに怒られるということを繰り返す。人間でなくてもちょっかいをかけ、けれどヘラはゼウスではなく、被害を受けた者の方に天罰を与える。
それはいかがなものかとディオニスは
王とは
非常に愛らしいのだが、メロスは成人した男子。
それを愛人……というか恋人にするなど、
税金を無駄遣いして、
ディオニスはそういう王を憎んで自分が王になったのである。
それなのに、そんな
ディオニスにはそれが耐えられなかった。
今まで築いてきた
そんな王だと言われてしまうのだ。
夕陽は半分ほど沈んでしまっていた。
急げ、ディオニス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らしめるがよい。
走る……、ディオニスは走っていた。
一瞬、メロスかと思った。
けれど、すぐに違うことに気づく。
外見は美少年だがフィロストラトスの性格はわりとチャラい。
そういう言われ方をしたことがない。
ムッとしたディオニスは、フィロストラトスを無視するように走る。
だが、メロスを助けて
フィロストラトスはディオニスの横を走る。
風態なんかはどうでもいい。
とでも言うのか、ディオニスはほとんど全裸体であった。
辛うじて隠してはある。しかし布は少なめ。
そこに泉の水が入ったメロスの水筒。それを肩から斜めがけしていた。
ちゃんとしたところでのスポーツは裸体の場合もある。
オリンピックも裸で行われていた。
フィロストラトスはちょっとの間だけ黙ってついて走る。
けれど、それもすぐに飽きた。
この先は刑場しかない。
フィロストラトスには、全裸で死にそうな顔をしてまで走って見に行かなければならない理由がわからない。
でも、素直に教えるはずもない。
これまでの前科もある。
寄り道していてくれとディオニスは思った。
間もなく陽が落ちる。
ディオニスは急ぐ、急がなければならないのだ。
えらい剣幕でフィロストラトスを怒鳴りつける。
さすがにムっとした。
青い顔で言う。
ディオニスは力の限り走る。
そうしなければ、愛しい者が死んでしまうのだ。
ディオニスの胸は張り裂けんばかりで、赤く大きい夕陽を見つめていた。
もう走るより他はない。
もう呼吸もままならない。
苦しそうにディオニスは言った。
走りすぎて苦しかったのか、心が苦しかったのか。
ディオニスは叫んだ。
メロスを助けたい、その一心で。
半ばやけになっていたようだ。
フィロストラトスは刑場に向かって走るディオニスを見て思った。
ディオニスは走った。
愛する者のために、最後の力を振り絞って。