8 地下牢に入れられた

文字数 4,325文字

メロスの磔刑が決まり、明日になれば刑が執行される。

それまで地下牢につながれることになった。

(もしかして、とてつもなくヤバい?)
そう思っても遅かった。


手には鎖のついた(かせ)を付けられ、人のいない牢屋に入れられていた。

地下牢は数部屋あったが、有罪にされた者は即磔刑になっていたので、メロスの他に囚人はいなかった。


鉄格子に鍵をかけられ、警吏が前に立っている。

………………。
ねえ……。
と、声をかけても振り向きもしない。
(2年前ならなんとかなったのかもしれないけど……)
ディオニスの統治の隙が見つけられなかった。

()しくもそれは、ディオニスがメロスのためと苦労した結果だった。

(明日になれば……)
メロスはため息をついた。

(せめて……、最後にディオに会いたかったな。あんなゴッテゴテの黒づくめなんかじゃなく……)

メロスはのろのろと鉄格子の反対の壁際に行き、地面に座って壁に寄りかかった。

(ホントはフレイアの結婚式に行くから、しばらく会えないよって言いたかっただけなんだけど……)

あの後、手紙が来て、妹の結婚式は3日後に迫っていた。
季節外れな上に、思っていたよりも早くてメロスも驚いていた。


明日にはシラクスを出て、妹の結婚式の準備をしなければと思っていた。

メロスのたったひとりの家族。


たったひとりの妹だから、

メロスはしっかりと送り出したかった。

(もちろん、ディオに会ったら、ついでにするつもりだったけど……)

というか、そっちがメインだった。

メロスはただ、ディオニスに会いたいだけだった。
会って、思いのままにしたいだけだった。

メロスは静かに目を閉じる。
どうしてこうなったのか、よくわからなかった。

メロスは勢いで動く男だった。
目の前で起きた事象について、反射で考え、反射で動く。

自分で決めて、自分で動いた結果なら、それを後悔することは少ない。
だが、今回は少し勝手が違った。

ここまで取返しのつかない状況になったことはなかった。
(もう……、会えなくなっちゃうのかな……)
そう思うのは、何よりも辛かった。
(会いたいな……)
ディオニスは、この王城にいるはずだった。
それなのに、会える気がしなかった。

玉座に座るディオニスは、普段見ているディオニスとは違っていた。
まるで、見えない鎖にがんじがらめにされているかのようだった。
(ディオ……、こんなところに、いるんだ……)
牢にいるからだけでなく、とても深い孤独が辺りを包んでいるように思えた。
(空気が冷たくて、ピリピリしてる……)
ディオニスの心の中のような気がした。

寒くて冷たくて、凍えてしまいそうな……。

(死ぬのは、嫌だよ……。あんな黒づくめじゃなくて、ディオの、優しい笑顔が見たいよ)
(会いたいよ、ディオ。処刑される時でもいい。王様としているのでもいい)
(最後でもいい、会いたいよ……。ディオに会いたい……)
閉じたメロスの瞳から、一筋の涙がこぼれた。




      ◇◇◇




交代の時間だ。
警吏の声だろうか。

年老いた男の声が聞こえてきた。

いえ、まだ交代の時間では……。
若い男の声がした。
急きょきまったのだ。おまえは休憩していろ。
はいっ
メロスはそのやり取りが、自分とは関係のない、どこか遠い場所の出来事のように思えた。

遠ざかっていく足音と、近づいてくる足音が聞こえる。

王、酔狂もいい加減にしてくだされ。
近くで聞こえたその言葉に、メロスはパっと目を開けて身体を起こした。

ここで王と呼ばれるのは彼だけだ。一縷(いちる)の望みをかけて、声のした方を見る。

……。
……。

鉄格子の外には、他の警吏よりも身なりの良い、背の低い白い髭の警吏がいて、その隣に、顔が見える格好をしたディオニスがいた。


メロスがいつも見ていた姿だった。

さすがに王城内だからなのか、良い服を着ていた。


庶民らしさはなく、血筋の良い貴族の御曹司(おんぞうし)に見える。

凛々しく立つディオニスに、メロスは惚れ直した。

ディオ……
メロスは鉄格子に駆け寄った。


ディオニスはものすごくイラついた顔で、見下すようにメロスを見る。

メロスはビクっとして、下を向いた。

おまえはもういい。
年老いた警吏に言った。
その者は謀反を企てたのですぞ。
警吏は顔をしかめ、ディオニスに進言する。

ディオニスの姿を知り、そんなことを言えるのは、よほどの地位の者だろう。

その確認をする。去れ。
王!
使命感からなのか、強い口調で警吏は言った。
明日、処刑されたいのか?
かなり不機嫌な顔で、ディオニスは警吏を睨み付ける。機嫌はそうとう悪いようだった。

年老いた警吏は、やれやれと去って行った。

(ボクが知ってるディオ……、でいいのかな?)
メロスはおっかなびっくり顔を上げる。

去っていった警吏が階段を上がっていくのが見えた。

おまえはバカか。
メロスはビクっとした。

声を抑えていたが、ディオニスはそうとう怒っているようだ。

なぜ来たのだ。
ディオニスは牢屋の鍵を開けて中に入ると、メロスのところまで来て抱きしめた。
……。
メロスの瞳からポロポロと涙が出てきた。
最後でもいいよ……。

会えてよかった。

熱い涙を感じながらメロスは言った。

抱きつこうとしたが、枷があってうまくできなかった。

最後ではない。

バカ者めが。

フレイアの結婚式に行くから、しばらく会えないって言おうとしたんだ……。でも、ディオ……、全然会えなかったし……、嫌われちゃったのかなって……。
私からおまえを嫌うことなどない。
ディオニスはメロスを抱きしめ、きっぱりと言った。


鎖につながれているため、メロスは腕を回せず、ディオニスの胸に寄りかかることしかできなかったが、ディオニスはその鎖を引っ張り引き寄せると、むさぼるようなキスをした。

ボクだって

ディオが大好きだよ~。

会えたことが嬉しかったし、ディオニスが自分を嫌っていないということもわかった。

メロスは(せき)が切れたように涙を流した。

大好きな者に

あのようなことを言う馬鹿がいるか。

あ、『殺しすぎ』?
メロスの涙が少し引っ込む。
そうだ。
そう言って、傷ついた顔をした。
だって、実際そうじゃん。

ボクまで殺すことになってるし。

メロスの言葉に、ディオニスは反論できなかった。
王様でしょ?

なんとかしてよ。

甘えるようにメロスは言った。

聞いてくれるとわかると、メロスはグイグイ行く。

なんとかできん。
どうして?
臣下に示しがつかぬではないか。
そんな見栄のために

ボクが死んでもいいんだ……。

見栄ではない。

規則は規則だ。

ディオニスはそう言って、自分の黒髪をかきむしる。
ディオはボクより

規則を守ることの方が大事なんだ……。

そうではない……

そうではないが……。

ディオニスは困ったような顔でメロスの涙をぬぐう。
ディオはボクがいらないの?

だから、ボクが死んでもいいって、思ってるの?

そう言って、メロスは鼻をすする。
そんなはずがない……。

おまえが死んでもいいなどと思ってはおらん……。

ぎゅっと抱きしめ、涙を唇でぬぐい、そっとキスした。
ディオ……

大好き。

メロスは鎖が邪魔にならないように腕を上げ、受け入れられるようにした。
メロス……
ディオニスが苦しそうな息を吐く。
メロスが身体をビクっとさせ、
いいよ……
と、頬を染めてうなずくと……
何ヤツ! 止まれ! 止まらんか!!
という、さっきの年老いた警吏の怒鳴り声が遠くから聞こえてきた。


ディオニスは本当に不機嫌な顔でそっちを見る。

何やら大騒ぎする音が少しずつ近づいてきた。


ディオニスはかなり怒った様子でメロスから離れ、身なりを整えると鉄格子の前に行く。

メロスもそっとディオニスの背中について行く。


そして、段々と近づいてきた人影が見え、

せっちゃん……
とつぶやいた。

そのつぶやきを聞き、ディオニスは益々顔をしかめる。


メロス、どこだ?!
声を張り上げメロスを呼び、セリヌンティウスは3人程の若い警吏をズルズルと引きずり、牢屋をひとつずつ覗いていた。
(やっぱ石工って、体力使うだけあって力持ちだよね)


セリヌンティウスの怪力ぶりを見てメロスは思った。

背は高いし筋肉もついていたがわりと細身で、訓練をしているはずの警吏を三人も引き連れて歩けるとは思っていなかった。


その怪力っぷりはなかなか見物だった。

(みるみる近づいてくるし~♪)
けっこう楽しそうに観ていた。







騒がしいぞ、何事だ。
ディオニスは牢の内側に立ち、何事もなかったかのように腕組みをして、駆け寄ってきた年老いた警吏に言った。

王、なぜ牢の中に?
……
その問にディオニスは相手を睨み付けた。
この者が『メロスに会わせろ』と騒いでおります。
慌てたように年老いた警吏は言い、そしてさっきの仕返しのように、
明日、一緒に処刑しますか?
と言った。


ディオニスは冷たい視線で一瞥する。

年老いた警吏は、頭を下げて口をつぐむ。

メロス!
セリヌンティウスは牢の中に友の姿を見つけ、格子に駆け寄り、その名を呼んだ。

メロスは鉄格子に手をかけ、セリヌンティウスを見た。

せっちゃん、

どうして来たんだ?

本当にわかっていないのか、メロスはそう言ってのほほんと首を傾げる。
お前が磔刑になると聞いて、居ても立ってもいられるか!

いつも穏やかに微笑んでいるセリヌンティウスとは違う顔をしていた。

そして、セリヌンティウスはメロスの隣にいるディオニスを見て、
その男は誰だ?
と言った。
………………。
メロスが口を一文字に結び、黙り込んでいると、
ディオニス王である。

王が直々にこの者の罪を確かめておるのだ。

まってましたとばかりに年老いた警吏が言った。
直々に……?

しかも、こんな誰もいないところで?

ふつうに考えればおかしいのだが、警吏たちはそっちに頭が回らないようだった。


何しろ彼は泣く子も黙る暴君ディオニスなのである。

こんなところでいかがわしいことをするはずがないという思い込みがあった。


しかも、セリヌンティウスに引きずられてきた警吏たちも、ディオニスの顔も知らなかったようで、セリヌンティウス同様にぽかんとしている。

王って、

こんなに若かったのか?

……
メロスは困ったようにコクンとうなずいた。


セリヌンティウスが知っているディオニス王は黒づくめの方で、あっちの方がこの姿よりも一回りか二回り程大きい。あの装備を解くと、こんなイケメンが出てくるとは思わなかったようだ。


しかも、隣にメロスが並ぶと、禁断の恋に落ちた貴族の青年と男娼に見えてしまう。

メロスは竹馬の友に気まずそうな顔をしていた。


セリヌンティウスは王がメロスの彼氏であることを悟った。

そう考えると、今までのメロスの奇妙な行動にも説明がつく。

(とうとうそんな大物まで落としたのか……)
背中にメロスを置き、警吏たちや自分を威嚇するように睨んでいるディオニスを見て、セリヌンティウスは思った。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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