7 王城へ行こう

文字数 4,191文字

メロスは王城に来ていた。
セリヌンティウスの心配が現実になりそうだ。
(ここにディオがいる……)
メロスはその門前にいた。

門は開いていた。
それは犯罪のない、平和な王都であることを物語っている。

市民からすれば、入ったが最後、無事に帰れる保証がない場所であった。
だから、門は開いてたが、入る者はいなかった。 

(王城に入ったくらいじゃ罪にはならない。もっと建物の近くまで行けば警吏に捕まるかもしれないけど、追い出されるだけじゃないかな? そこからディオに会うにはどうしたらいいんだろう)
メロスはディオニスに会うことしか考えていなかった。
(重罪って、どんなことをすればいいんだ?)
セリヌンティウスが知ったら真っ青になるはずだ。
 (すぐにできるのは、器物破損くらいかな?)
贅沢をして磔刑になった者もいたが、メロスには贅沢をするだけの財産がない。

メロスは王城を見上げた。

(でっかいな……)
ほとんどが歴代の王が建てた城だった。
ディオニスは華美な装飾を少なくして、敵に攻め込まれても大丈夫なように改築した。

その改築費はかけているので、城の守りは堅固だった。
 

(壊せそうにないな……)
力の弱いメロスでは考えるまでもない。


門の前でウロウロしているメロスを見て、不信に思った巡邏(じゅんら)警吏(けいり)(見回りをしていた警官のような人)が近寄ってきた。
誰もいない門前にいるのは、けっこう目立つ。

おい。
メロスは声をかけてきた若い警吏の姿を見て、パッと表情を明るくした。
 
こんにちは!
そして元気に挨拶をした。
……こんにちは。
つられて警吏もあいさつを返す。
……おまえ、何しに来たんだ?
ニコニコと挨拶をする。人として正しいことをしているのかもしれないが、この場所でそんな市民はいなかった。
王様に会いたいんだけど!
瞳をキラキラと輝かせ、にこにことメロスは言った。


悪人にはまったく見えなかった。
犯罪をしそうな顔はしていない。むしろ被害者になりそうな少年に見えた。

けれど、不審な人物だった。


おまえのような得体のしれない者に、王のお目通りが叶うはずはない
ふつうに考えればそうなのだが、やけに堂々としているので、警吏は粗雑に扱ったら後で何か言われそうな気がした。
そこをなんとかしてくれない?
そんなことを笑顔で言うシラクス市民はいなかった。

警吏は何かトラブルの匂いを感じた。


そこへ、その様子を見ていた別の警吏がこちらへやってきた。

……怪しいヤツだ。

身体検査してみろ。

はじめの警吏よりも偉いようで、命令された警吏はメロスの体を確認した。

ふつうの身体検査だった。

(やっぱりディオはすごいな)
それまでの身体検査なら、ただでは済まないことが多かった。

ここでおかしなことをするようでは、ディオニスの王城の警吏は務まらない。

む?
警吏が眉を寄せ、メロスの懐中から布の袋を取り出した。

メロスが端切れで作った袋だ。

あ……。
メロスはそれを取られて顔色を変えた。

取り返そうとするがそれを制止される。


警吏は袋から短剣を取り出した。

これは……。
短剣ではないか!
後から来た警吏の声は大きく、とてもよく響いた。
それ、大事な人からもらった、大切な短剣なんだ。
メロスの小さな声は無視された。
王に会って、この短剣で殺害するつもりでいたのだな!!
は?
メロスは首を傾げた。
謀反を企てる者だ!

取り押さえろ!!

警吏の命令を聞き、どこに隠れていたのか? という量の警吏が一斉にメロスを囲んだ。
誤解だってば!
と言っても、ヒマだったのか、警吏たちはメロスを取り押さえた。

メロスは大勢に押しつぶされ、拘束された。

(……ディオに会えそうな気がする)
と、内心喜んでいたので大した抵抗もしなかった。


      ◇◇◇


メロスは希望通り、王の前に引き出された。

後ろ手に縄で縛られ、石の床の上に倒される。

痛っ!
倒されたすぐ前に数個の階段があり、その上に玉座があった。

そこに、メロスが逢いたいと焦がれているディオニスがいるはずである。
自由に動かせない体をにじにじと起こし、メロスは王の姿を見ようと顔を上げた。

その場には、見物人として警吏に半ば強引に連れてこられた市民もいたのだが、体を斜めにして王を見上げるメロスの艶めかしさに思わず目をみはる。


王を殺害しようと王城に忍び込んだ男と聞いて、皆、筋骨隆々な男を想像していたが、そこにいたのは線の細い美しい少年に見えてしまう青年だった。

(そんな大それたことを考える子じゃないんじゃない?)
見ている市民はそう思った。
しかし、メロスは呆然としていた。
(着込みすぎてて誰だかわかんない……)
玉座に王の姿があったが、顔は拝めなかった。
がっつりと着込んだディオニス王だった。
名は何と申す。
苦虫をかみつぶしたような顔をしているに違いない声だった。
(影武者とか……?)
声はいつも聞いているもので、唯一出ている目は眼光鋭い見慣れたものだが、顔はマスクをかぶり、他もすっぽりと布をかぶっていて彼の姿はほとんど隠れていた。
(いつもは平民っぽい白い服だけど、黒すぎ……)
違う人が座っていると言われても納得してしまいそうだった。
メロスです。
とりあえず答えた。
職業は何だ?
石工のセリヌンティウスのところで、用心棒をしています。
職業を聞かれたらそう言え。
と、セリヌンティウスに言われていたので、それを答えた。
…………。
(知らない振りをしているのか、それとも全くの別人なのか……)

メロスの普段の生活など、そういう話はあまりしてなかった。訓練をしたりご褒美をもらったりと、することはたくさんあったので知らない可能性もあった。


だが、市民のことならなんでも知っているディオニスである。

メロスのことも、本人の知らないことまで知っているかもしれない。

これで何をしようとしていた?
袋に入った短剣をメロスに見せるように持ち上げ、暴君ディオニスは静かに、でも威厳を以て問い詰めた。

それ、もらった物で……。
護身用にと言ってくれたのがディオニスだった。
こんな袋に入れていたら、いざというときに使えぬであろうが。
やや小さめの声でその人物は言った。
大事な人からもらったから、傷つけたくなかったんです。
バカ者めが……。
表情は見えなかったが、照れくさそうに言う様子は想像ができた。
(ディオだ……)
メロスは確信した。
この者はその短剣で王の命を狙おうとしたのです!
メロスを捕えるようにと指示した警吏は近くにいて、語気も荒く言った。
大事な短剣なんだから使うわけないだろ。
その警吏に凄んで言った。
すると、ディオニスの方から、
おまえはバカか?

己が身を守るために使え。

という声が聞こえてきた。
は?
警吏はいぶかし気にディオニスを見た。
こやつは用心棒なのだ。

短剣は持っていて当たり前であろう。

ディオニスは警吏に言った。
ですが、王に合わせろと言ってきている者が、そのような武器を持っていたら……。
おまえは門前にフラフラやってきた者を我が前に連れてくると言うのか? そのようなことでは、おまえの能力を疑うぞ。
ディオニスは厳しくしかりつけた。
も……、申し訳ありません!
それまで意気揚々としていた警吏だったが、頭を下げて飛び退る。
ボクは武器なんて必要ないよ。使ったこともないし素手でいけるよ。
……。
メロスの言葉にディオニスは頭を抱えそうになった。
すると、警吏がパッと顔を上げた。
武器を使わず、素手で王を殺しに来たようです。
と、ディオニスに訴えた。
ボクが殺そうとするわけないだろ。
では王城に何をしにきたのだ!!
その警吏が声を荒げる。
……王に会いに?
メロスは語尾をもやっとさせて、首を傾げた。
王に会って、素手で殺すつもりだったのだろう!
……え?
メロスはどうすればいいのかわからなかった。
(ここで言うわけにはいかないよね?)
真っ先にそう思ってしまった。

じーっとディオニスを見つめたが、ゴテゴテの飾りが邪魔で、何を考えているのかわからなかった。

王、磔刑です。それで構わぬでしょう。
黙っておれ。
ディオニスは警吏を制する。
いささか結論が早すぎであろう。袋に入った状態では、短剣をすぐに使うことはできぬ。それにこれはすでに私の手の内にある。何か意見があるのなら、聞こうではないか。
警吏は不満そうにメロスの方を向いた。
王のご温情だ。ありがたく思って意見を言え。
え? 意見?
そんなものなかった。
(したいだけなんだけど……)
と、言ったらいけない雰囲気だということは、さすがにメロスでもわかった。それに、ディオニスは普段からメロスが自分の恋人であることを隠したがっているのを知っていた。

(それ以外のことを言って、この場を濁そう。そうすればディオが助けてくれる)
メロスはそう信じ、息を吐いた。
王は……

人を殺しすぎだと思う。

いままでずっと言えなかったことだった。

辺り一面にピリっとした緊張感が走り、ディオニスは絶句した。


そういうものが気にならないのか、メロスは続けた。

市民は磔刑を畏れて、警吏を畏れて、街に出ることさえ控えてて、自由に意見を言うこともできず、贅沢も禁止され、シラクスの街からは活気が奪われてる。
だが、市から犯罪はなくなった。
ディオニスが口を開いた。

それはそうだと思う。さっき、身体検査を受けて、びっくりしたよ。あんな真面目な身体検査は初めてだった……。

メロスの瞳が、わずかに暗さを帯びた。
すごいよね。
そう言って、メロスはにっこりと笑った。
……当たり前だ。

ディオニスは、見えないところでグッと拳を握る。

爪が皮膚に食い込み、微かに血がにじむ。
けど、市民が減りすぎだよ。

だから、犯罪がなくなったんだ。

ディオニスはそれを聞いて、イラっとした。
私の施政が間違っていると言うのか?
メロスは穏やかに首を振った。
そんなこと言ってないよ。

ディオなら、人が多くても、犯罪が少ない都市をつくれるはずだよ。

メロスなりに、褒めたつもりだった。

褒めたというか、本心でそう思っていた。

そうだ、そうだ!
という声が、見物していた市民の間から出た。
黙れ!!
警吏が、それを抑える。
それから声を上げる市民の声はなくなった。
メロスという男、市民を甘言で惑わせる者です。磔刑にすべきでしょう。
例の警吏が、ここぞとばかりに言う。
そうだ、磔刑だ!
磔刑にすべきだ!!
警吏たちからメロスの死罪を求める声が溢れ、いつしかそれは大音量になった。
あれ?
まずいような気がしてきたメロスだった。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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