4 おまえにとってセリヌンティウスは何なのだ?

文字数 3,263文字

アレクサンドロスはディオニスに追い返され、フレイアも自身の部屋に戻った。


メロスは目に濡れタオルを乗せ、リビングの長椅子に横たわっていた。

昼は荷物を持ってシラクスから10里も歩いていた。


その疲れもあったのだろう。

体が重くて動けなかった。


ディオニスはそんなメロスを腕を組んでじっと見下ろしていた。

そして、にこりともせず、

大丈夫か?
と、言った。

あまりにも無表情なので、本当に心配しているのかわからない。

大丈夫に見える?
この世の終わりが来たような顔をして言った。
見えないから聞いている。
見た通りだよ。
両腕で顔を隠すが、それが妙に艶めかしい。
おまえがそんなことを言うなんて、珍しいな。
メロスはディオニスに会えると嬉しさのあまり、笑顔でいることが多い。

このような姿は見せたことがなかった。

もう嫌だ……
そう言いながら、足をずらす。
………………。
無意識に無防備な動きをする恋人を、ディオニスは表情も変えずに見ていた。

フレイアがあんなバカに……。

怒りの矛先はアレクサンドロスに向かっていた。
おまえの妹、

すごいな……。

長椅子に腰かけ、メロスの髪を優しく撫でながらディオニスは言った。

ディオニスの手から労わりの気持ちが伝わってきたのか、メロスも幾分か気持ちが和んだ。

惚れないでね。

フレイアに勝てる自信ないから……。

手を下ろしてタオルを少しずらし、ちらりと見えた顔が、とても愛らしい。
惚れたりはせぬ……。
優しく言い、メロスの顔の横に手をつき、自分の顔を近づける。
でも……、

ボクが帰るまで、フレイアと一緒にいたんだよね?

タオルを外して床に置き、不安そうな顔でディオニスを見上げた。
いたが……

それがどうした?

ディオは……

変な気持ちにならなかった?

フレイアの話を聞きながら、ディオニスもアレクサンドロスと同じ気持ちになってしまっていたらどうしようと思っていた。メロスにとってフレイアはこの世で最も可愛らしい妹だった。
ならん。

おまえと妹では全く違う。

ディオニスはメロスにキスをした。

メロスはピクっとして、まどろむような瞳をした。

私が愛しているのはおまえだ。

代わりになどならん。

優しいまなざしで、優しく微笑んでディオニスは言った。

メロスはそれを聞いて頬を上気させ、恋人を見つめる。

嬉しいけど……

でも、素敵な子だろ?

ちょっとの自慢と、ちょっとの不安。
おまえしか目に入らぬ。
甘い声で言われ、上に乗られる。

その様子を見ていたメロスは、幸せそうに微笑んだ。

……
何なのだ?

……その顔は。

急に不機嫌な顔になり、ディオニスは言う。
何が?
ぽーっとした顔で、メロスは首を傾げて聞いた。

その頬に触れ、

どうして

そのように愛らしいのだ……。

眉をしかめ、まるでそれがいけないことかのようにディオニスは言った。
メロスにはよくわからなかった。

愛らしいからと、そんな顔をされる理由が。

ダメなの?
そんなことは言っておらん。
よかった。
また、メロスは嬉しそうに微笑んだ。

その顔を見て、ディオニスは淋しそうに目を伏せる。

おまえは、

皆から愛されるのだな……。

……。
メロスはフレイアとアレクサンドロスのことだと思った。
あの二人はヘンなだけだから。

もう、ホントにやめてほしい……。

自分をダシに愛し合っていたのだと思うと、いたたまれない気分だった。特にアレクサンドロスはどうにかしたかった。
いや……

シラクスでも感じていた。

そっとメロスの身体に触れる。
……っ
おまえが話しかけるだけで

皆がおまえに笑顔を向けるのだ。

メロスの服の留め具を外す。
(そういう気分じゃないんだけどな……、マジで)
本当は一刻も早く眠りたかった。

肉体的にも疲労し、精神的にもダメージを与えられていた。


けれど、ディオニスに促されるまま、身体を起こす。

珍しいことじゃないよ。

誰だって笑いかけられたら笑い返すし。

キトンを外され、抱きしめられる。
それで

いつも襲われかけていたではないか。

……。
メロスは言葉が返せない。
おまえが襲われているのではないかと、

気が気ではなかった。

シラクスの王城でディオニスに渡されたシルクは、するりと床に落ちた。
だから……、

シラクスのまちにいたとか?

メロスはディオニスに会いたくてまちをうろついていたが、忙しいという割に、やけに会うことができた。
……。
ディオニスはその問に答えなかった。
あの殺伐としたまちで

おまえの周りだけ笑顔があふれるのだ。

(殺伐とさせてんの、ディオなんだけど……)
は、本人が気にしているようなのでメロスは言わなかった。
いつも不思議だった。

おまえの何がそうさせるのか……。

ディオも笑ってみたら?
無邪気な笑顔を浮かべて言った。

ディオニスは、そんなメロスを無表情に見つめていた。

でも、みんながディオのこと、

好きになっちゃったら嫌だな。

なぜだ?
そう言いながら、ゆるりとメロスを押し倒す。
だって、そうなったら、

ボクのことなんて見てくれなくなっちゃうんじゃないかなって……。

無機質な瞳でメロスは言った。
そんなこと

あるはずはない。

……。
不思議そうにメロスはディオニスを見つめる。
おまえしか見ぬ。
うん……。
メロスはディオニスに抱きついた。
おまえは私のものだ……。
言葉とは裏腹に、昏い瞳で言う。
うんっ
それを見ていなかったメロスは、嬉しそうに答えた。
それなのに、

そういう気がしないのだ。

え?
メロスは身体を離して、恋人を見つめた。
おまえの心に住んでいるのは誰なのだ?
その瞳をメロスは見た。

どこまでも堕ちて行ってしまいそうに思えてしまった。

ディオ?
メロスがディオニスの手に触れると、その手を払われた。
あ……
行き場を失ったその手を、長椅子に押し付けられ
痛っ!
と声を上げた。
あのアレクサンドロスか? それとも妹か? おまえのことだ、他にもいるのではないか?
ディオニスは、とても冷たい瞳をしていた。
ディオ……

何を言ってるの?

おまえにとって

セリヌンティウスは何なのだ?

その声は、昏い響きを放っていた。
せっちゃん?
せっちゃんは

友達だよ。

嘘を申すな。
ウソじゃない。

本当にせっちゃんは、ただの友達……

言っている途中でキスをされる。
いくら抱いても、

おまえは他の男を想うのだ。

なに、言ってんの?

ボクはディオだけが好きだよ。他の人なんていらない。ディオがいてくれればいい。

嘘だ……
ウソじゃないよ。
では……

セリヌンティウスは殺しても構わぬな。

え?

ディオニスの言葉にメロスは目を見張り、ハッと息を吸い込み、止める。

そんなのダメだよ。

なんでそんなこと言うんだよ!

それまではディオニスに従順に振る舞っていたが、それだけは強く反抗した。

セリヌンティウスがいなくなるということを、メロスは想像もできないし、したくなかった。

私がいれば、

いいのであろう?

ディオニスはメロスの腕を強く握り、メロスは顔をしかめた。

そうだけど……

せっちゃんとディオは違うよ

何が違う?

SEXをするかしないかの違いか?

は?
メロスはディオニスが何を言っているのかわからなかった。
たしかに……

せっちゃんとする気はしないけどさ……

あいつだけ特別か……
ディオニスは唇を噛みしめる。
えっと、

ある意味そうかもしれないけど……

そうか……。
ディオニスのまとう空気が、さらに邪悪なものになった。
(ひぃ!!!)
メロスは恐怖した。
今宵は寝かせぬ。
怖ろしい顔で宣言した。
もでしょ。今宵もだよ!

昨日だってそうとう……

と、言いかけていたメロスの声が、どんどん小さくなっていく。
……どうぞ。
メロスは抵抗を諦めた。
(ヤバい目つきになってるし……)

シラクス市民をビビらせ、かの有名なスパルタとも友好関係を築く暴君ディオニス。普段は先手先手を考え、人知れず市民を守る賢王なのだが、メロスが関わってくると、周囲が見えなくなる傾向があった。

(ディオ……、大好きなのに……)
メロスはぼんやりとそんなことを思いながら、暴君がすることを甘んじて受け入れる。
あ……

やめ……

と、言葉をかけたが、いつものことだが気にも止められなかった。

ん……
身体がしびれるようだった。

メロスは感じているものが、恐怖なのか快感なのか、区別がつかなかった。

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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