アレクサンドロスはディオニスに追い返され、フレイアも自身の部屋に戻った。
メロスは目に濡れタオルを乗せ、リビングの長椅子に横たわっていた。
昼は荷物を持ってシラクスから10里も歩いていた。
その疲れもあったのだろう。
体が重くて動けなかった。
ディオニスはそんなメロスを腕を組んでじっと見下ろしていた。
そして、にこりともせず、
と、言った。
あまりにも無表情なので、本当に心配しているのかわからない。
メロスはディオニスに会えると嬉しさのあまり、笑顔でいることが多い。
このような姿は見せたことがなかった。
無意識に無防備な動きをする恋人を、ディオニスは表情も変えずに見ていた。
長椅子に腰かけ、メロスの髪を優しく撫でながらディオニスは言った。
ディオニスの手から労わりの気持ちが伝わってきたのか、メロスも幾分か気持ちが和んだ。
手を下ろしてタオルを少しずらし、ちらりと見えた顔が、とても愛らしい。
優しく言い、メロスの顔の横に手をつき、自分の顔を近づける。
でも……、
ボクが帰るまで、フレイアと一緒にいたんだよね?
タオルを外して床に置き、不安そうな顔でディオニスを見上げた。
フレイアの話を聞きながら、ディオニスもアレクサンドロスと同じ気持ちになってしまっていたらどうしようと思っていた。メロスにとってフレイアはこの世で最も可愛らしい妹だった。
ディオニスはメロスにキスをした。
メロスはピクっとして、まどろむような瞳をした。
優しいまなざしで、優しく微笑んでディオニスは言った。
メロスはそれを聞いて頬を上気させ、恋人を見つめる。
甘い声で言われ、上に乗られる。
その様子を見ていたメロスは、幸せそうに微笑んだ。
ぽーっとした顔で、メロスは首を傾げて聞いた。
その頬に触れ、
眉をしかめ、まるでそれがいけないことかのようにディオニスは言った。
メロスにはよくわからなかった。
愛らしいからと、そんな顔をされる理由が。
また、メロスは嬉しそうに微笑んだ。
その顔を見て、ディオニスは淋しそうに目を伏せる。
メロスはフレイアとアレクサンドロスのことだと思った。
あの二人はヘンなだけだから。
もう、ホントにやめてほしい……。
自分をダシに愛し合っていたのだと思うと、いたたまれない気分だった。特にアレクサンドロスはどうにかしたかった。
おまえが話しかけるだけで
皆がおまえに笑顔を向けるのだ。
本当は一刻も早く眠りたかった。
肉体的にも疲労し、精神的にもダメージを与えられていた。
けれど、ディオニスに促されるまま、身体を起こす。
珍しいことじゃないよ。
誰だって笑いかけられたら笑い返すし。
おまえが襲われているのではないかと、
気が気ではなかった。
シラクスの王城でディオニスに渡されたシルクは、するりと床に落ちた。
メロスはディオニスに会いたくてまちをうろついていたが、忙しいという割に、やけに会うことができた。
あの殺伐としたまちで
おまえの周りだけ笑顔があふれるのだ。
は、本人が気にしているようなのでメロスは言わなかった。
いつも不思議だった。
おまえの何がそうさせるのか……。
無邪気な笑顔を浮かべて言った。
ディオニスは、そんなメロスを無表情に見つめていた。
でも、みんながディオのこと、
好きになっちゃったら嫌だな。
だって、そうなったら、
ボクのことなんて見てくれなくなっちゃうんじゃないかなって……。
その瞳をメロスは見た。
どこまでも堕ちて行ってしまいそうに思えてしまった。
メロスがディオニスの手に触れると、その手を払われた。
あのアレクサンドロスか? それとも妹か? おまえのことだ、他にもいるのではないか?
なに、言ってんの?
ボクはディオだけが好きだよ。他の人なんていらない。ディオがいてくれればいい。
ディオニスの言葉にメロスは目を見張り、ハッと息を吸い込み、止める。
それまではディオニスに従順に振る舞っていたが、それだけは強く反抗した。
セリヌンティウスがいなくなるということを、メロスは想像もできないし、したくなかった。
ディオニスはメロスの腕を強く握り、メロスは顔をしかめた。
メロスはディオニスが何を言っているのかわからなかった。
ディオニスのまとう空気が、さらに邪悪なものになった。
と、言いかけていたメロスの声が、どんどん小さくなっていく。
シラクス市民をビビらせ、かの有名なスパルタとも友好関係を築く暴君ディオニス。普段は先手先手を考え、人知れず市民を守る賢王なのだが、メロスが関わってくると、周囲が見えなくなる傾向があった。
メロスはぼんやりとそんなことを思いながら、暴君がすることを甘んじて受け入れる。
と、言葉をかけたが、いつものことだが気にも止められなかった。
身体がしびれるようだった。
メロスは感じているものが、恐怖なのか快感なのか、区別がつかなかった。