13 妹と兄
文字数 2,668文字
メロスとよく歌っていた歌だった。
羊たちは外で草を食べている。
小屋の中にはすでにいなかった。
周囲が明るい。
あんなに激しかった雨も上がったようだ。
昨晩の大雨は嘘だったかのように、明るい陽射しの中、爽やかな風が通り抜けていた。
メロスはころんと寝がえりを打つ。
何の障害物もなく転がる。
体には抱きしめられた感触が残っていた。
けれど、それを残した本体がない。
寝ぼけ眼で起き上がり、のそのそと周囲を見回す。
よく見知った景色だった。
ディオニスに連れてこられて、羊を見たのは憶えていた。
もちろん、その後のことも覚えている。
彼のおもちゃのように扱われたが、その後、温もりの中で眠った。
真綿に包まれるような、とても優しい温もりだった。
彼の肌に直接触れていたはずだが、今は服を着ていた。
例のディオニスのお下がりだ。
相変わらず大きい。
メロスはそれをこっそりと、折ったりベルトに挟んだりして直す。
まだ寝ぼけているようで、妹を見て首を傾げる。
そしてすぐに思い出した。
走ってシラクスに戻らなければ、セリヌンティウスが磔刑になってしまう。
明け方まで一緒にいた、愛しい人の姿がない。
メロスはとても寂しい気がした。
それに、メロスは信じていた。
ディオニスがなんとかしてくれると。
切なく恋人の名を呼ぶ兄に、妹は内心きゅんとする。
メロスはシラクスに行くので、家と羊はフレイアの物となっていた。
ということは、フレイアの旦那になったアレクサンドロスの物になったと言える。
は、行きすぎだが、兄弟でひとりの妻をめとるということもあったようだ。
アレクサンドロスに言われた時、メロスも一瞬、
と思ってしまったが……。
強く言い切られると、流される傾向がややある。
フレイアもメロスに似たところがあり、けっこう大ざっぱで流されやすい。
ただ、フレイアの方が賢い。
フレイアは微笑みを浮かべ、淋しそうにうつむいた。
そんな妹の頬を優しく両手で触れる。
そして、両の手で顔を覆い、心の底から失ったものを嘆いた。
聞きたくない言葉だった。
あの可愛い可愛い妹が、あんなおバカの嫁になってしまったなんて。
しかも、
メロスのショックは計り知れない。