13 妹と兄

文字数 2,668文字

♪~♪~♪
フレイアは鼻歌まじりに羊小屋を掃除していた。

メロスとよく歌っていた歌だった。


羊たちは外で草を食べている。 

小屋の中にはすでにいなかった。

ふふふっ
楽しそうに笑う、妹の声が聞こえた。
ん……?
メロスは目を開けた。


周囲が明るい。

あんなに激しかった雨も上がったようだ。


昨晩の大雨は嘘だったかのように、明るい陽射しの中、爽やかな風が通り抜けていた。


メロスはころんと寝がえりを打つ。

何の障害物もなく転がる。

(あれ……?)

体には抱きしめられた感触が残っていた。

けれど、それを残した本体がない。


寝ぼけ眼で起き上がり、のそのそと周囲を見回す。

(ウチの羊小屋……)

よく見知った景色だった。

ディオニスに連れてこられて、羊を見たのは憶えていた。


もちろん、その後のことも覚えている。 

彼のおもちゃのように扱われたが、その後、温もりの中で眠った。


真綿に包まれるような、とても優しい温もりだった。

(夢……、だったのか?)

彼の肌に直接触れていたはずだが、今は服を着ていた。

例のディオニスのお下がりだ。


相変わらず大きい。

メロスはそれをこっそりと、折ったりベルトに挟んだりして直す。

(こういうことをするのはディオしか思い当たらない……)
細かそうに見えて、けっこう雑なところもある。
(着せ方に工夫が感じられない)
ディオニスが着せたのだが、メロスも寝ていたし仕方がなかったと言えなくもない。
お兄ちゃん、起きたの?
フレイアは手を止め、兄を嬉しそうに見つめる。

フレイア?

まだ寝ぼけているようで、妹を見て首を傾げる。

お兄ちゃん、寝すぎだよ。

もうお昼だし。

昼?!

何かよくないようなことがあるような気がした。

そしてすぐに思い出した。


走ってシラクスに戻らなければ、セリヌンティウスが磔刑になってしまう。

ディオは?

明け方まで一緒にいた、愛しい人の姿がない。

メロスはとても寂しい気がした。


それに、メロスは信じていた。

ディオニスがなんとかしてくれると。

お兄ちゃん……

切なく恋人の名を呼ぶ兄に、妹は内心きゅんとする。

明け方に何かあったらしくて、ディオさん、大慌てで出て行ったよ。
え?
羊の世話を始めるちょっと前くらい?
ちょっと待て。

羊の世話。なんでフレイアがひとりでしてんの?

メロスはなぜかそこに食いついた。
だって、ウチの羊だもん。
アレクは何もしないのか?
義弟になってしまった憎くき男が何もせず、目の中に入れても痛くない愛しい妹が、身重にかかわらず働いていることに腹が立った。
……アレク?
そう言って、不思議そうな表情で子首を傾げる。
もう、あいつの羊でもあるんだぞ。

メロスはシラクスに行くので、家と羊はフレイアの物となっていた。

ということは、フレイアの旦那になったアレクサンドロスの物になったと言える。

フレイアの兄であるお前は、俺のものだ。

は、行きすぎだが、兄弟でひとりの妻をめとるということもあったようだ。


アレクサンドロスに言われた時、メロスも一瞬、

(あれ? そうなのか?)

と思ってしまったが……。

強く言い切られると、流される傾向がややある。

そう言われてみれば、そうね。

フレイアもメロスに似たところがあり、けっこう大ざっぱで流されやすい。

ただ、フレイアの方が賢い。

掃除なんて、あいつにやらせろ。
アレクにできるかしら?
………………
言われてみれば、そうだった。

フレイアが頼めば、やるだろ?

やってくうちに、あいつでもできるようになる。

どんなに他人任せが多いメロスでも、妹に言われたらなんでもする。
でも私、お兄ちゃんみたいに、上手におねだりできないから……

フレイアは微笑みを浮かべ、淋しそうにうつむいた。

そんな妹の頬を優しく両手で触れる。

フレイアはとってもかわいい子だよ。フレイアのおねだりを無下にするようなヤツは、ボクが赦さないよ。
そう言って、とても素敵な笑顔を妹に向けた。
(アレクなら、もっと赦さねえ……)
これはとりあえず心に収めた。
お兄ちゃん……
フレイアは、世界で一番かわいいよ。
嬉しそうに綺麗な顔でそう言った。
かわいい?
うんうん。
美人とか綺麗じゃないんだ……
…………………………
一瞬、何を言われたのかわからず、メロスは固まった。

別にひがんでるわけじゃないよ。

私も綺麗なお兄ちゃんが大好きだもん。

フレイア、

何を言ってるんだ?

小さい頃も、私とお兄ちゃんがいると、みんなお兄ちゃんを見て
綺麗な子ね~。
って、言ってたもんね。
何を言ってるんだ! フレイアの可愛さは、半端ないぞ! 歩き始めた頃なんて、よちよちとボクの方に近寄ってきて、ボクが手を伸ばすと小さな手でしっかと握って、ニコって笑った時なんて奇跡のようで、神々に感謝したぞ!
そんな小さな頃の話をされても……
少し大きくなって、花冠を作って持ってきてくれた時も、愛らしくて愛らしくて!!
メロスはその時の花冠を乾燥させてドライフラワーにして大事にしまっていた。
あ、それ捨てたよ。
兄が大事にしていたことは知っていたので、妹は捨てたことの報告をした。
なに?!!
だって触るとボロボロ崩れて散らかったから。
兄の留守中の家の管理は全て妹がしていた。
うわあああああああああああああああああああ!!!
メロスは叫んでしゃがみ込んだ。

そして、両の手で顔を覆い、心の底から失ったものを嘆いた。

お兄ちゃん……
妹は兄の肩に手を置いた。
乾燥してクズクズになってしまった現物より、思い出の中の出来たばかりの瑞々しい花冠の方が、いいと思わない?
フレイア……
泣きながら妹の顔を見た。
でも、あの花冠を見ると、たとえどんなにボロボロだったとしても、貰ったばかりの頃に時が戻って、完成した花冠を自慢げに見せる、とっても可愛かったフレイアのことも思い出せて、幸せな気持ちになれたんだ……
今の私は可愛くないんだ。

何を言ってるんだ!

フレイアはいつだって可愛いよ!

それに、美人は褒め言葉じゃないよ……
メロスは淋しそうに言った。
お兄ちゃん、男だもんね……。
フレイアとしては美人は褒め言葉だと思ったし、世間一般もそうだろう。

そうだな。

カッコいいとか男前の方が嬉しいかな……?

メロスは一度も言われたことがなかった。
フレイアは、美人じゃなくてもいいんだよ。可愛い可愛いフレイアは、ずっとボクだけが可愛いって言えるから。
今はアレクんだけどね。
妹が怒った。
………………

聞きたくない言葉だった。

あの可愛い可愛い妹が、あんなおバカの嫁になってしまったなんて。


しかも、

お兄ちゃん、大好き!
と言っていた可愛い妹が、
お兄ちゃんよりも、アレクが好きよ。
と、言うようになってしまったのだ。

メロスのショックは計り知れない。

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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