6 公共浴場で

文字数 4,425文字

メロスは近所の公共浴場に来ていた。

広い敷地内に、シャワーを浴びられる箱のような場所やサウナや水風呂がある。


仕事に疲れた後やスポーツの後などに使う施設だ。

(とっとと入って、ちょっと仮眠して、家に帰って祭壇を飾らないと……)
しかし、半端なく疲れていて、眠くて眠くてたまらなかった。
(仮眠したら起きれないかも……)

そう思いつつ、ざっとシャワーのようなものを浴びてサウナでボーっとする。

(フレイアが結婚か……)
大事な大事な、何よりも大切にしてきた妹である。
お兄ちゃんよりも

アレクの方が好きよ。

いままで見たこともないような笑顔だった。

可愛い可愛い妹にそんなことを言われるとは……。


メロスは信じたくなかった。

(っていうか、アレク! あいつまさか、フレイアよりもボクの方がいいとかって言うんじゃないだろうな!)
メロスは激怒した。
(フレイアがボクよりもあいつの方がいいって言ってるのに、それなのにボクがとか言いだしたら……)
地味に殺意がもれていた。

妹のことになると、まわりが見えなくなる。

もしかしてメロスか?
顔を上げるとアレクの親戚がメロスの方を見ていた。

小さな村だったが狭くはないので、何度か顔を合わせたことがある程度だった。

あ……、

おはようございます。

すぐさまメロスは笑顔で言った。
アレクとフレイアちゃんの結婚式のために帰ってきたのか?
はい。

昨晩こちらに着きました。

外面はハンパなくいい。

アレクサンドロスに殺意を抱いているとは思えない笑顔だった。

じゃあ、

彼氏の方が先に着いたのか……。

メロスの彼氏はディオニスである。

他にそう言われる人物は思い当たらない。

ディオに会ったんですか?
ディオニスがこの村の人間に会う意味がわからない。
会ったも何も……。
その男は顔をしかめた。
結婚式は明日になったから

そのつもりでいろ。

って、すごい迫力で言いに来たぞ。
はぁ?
ますます意味が解らない。
(まさかと思うけど、日時の変更をディオが伝えに行ったのか?)
いつものディオニスならそのようなことはしない。
もともと季節外れの結婚式で迷惑っちゃ迷惑だったんだが、あの家は我が道を行くからな。しかたがないくらいに思っていたんだ。
なんで葡萄(ぶどう)の収穫前に結婚式をするのかという話だった。だが、フレイアが身重になったので目立たないうちにということだろう。
……。
それを思い出すと、メロスも辛い……。
1日くらい、遅かろうが早かろうが、まあ、関係ないんだが……。
男は言いにくそうにメロスを見る。
おまえの彼氏は何者なんだ?
興味本位な村人の、純粋な好奇心だった。
自分で彼氏だって、言ったんですか?
違うのか?
……そうですけど。
恥ずかしそうに答えた。

メロスはディオニスが恋人であると言うことに慣れていなかった。


言えて嬉しかったが、ホントにいいのかという気持ちもあった。

言っていたわけじゃないな。『メロスに手を出しているヤツはいないか』という心の声が聞こえたという感じだな。
心の声?
そういう顔をしていた……。
アレクサンドロスの親戚はその時の恐怖を思い出したかのようで、げんなりとした顔で言った。
……すみません。
いや、それはいいんだが。

ホントに何者なんだ?

えっと……

ちょっと変わった人です……。

だろうな。

それはその男でもわかった。

ディオニスはかなり変だった。

(ディオがシラクスの王様だって知られちゃまずいよね……)
彼があの暴君だとわかったら、善良な村人は恐怖でどうにかなってしまうだろう。
アレクの両親も村長も、その他の招待客も、皆、驚いとったぞ。
(みんなと会った?)
嫌な予感しかしなかった。
「さすがメロスだ。またとんでもない彼氏を捕まえてきた」と噂しとるぞ。
……そうですか。
メロスは無表情に答えた。
それじゃあ、ボクは行きますね。
メロスはニコっと笑うとそう言った。
おう、また後でな。
はい。
アレクサンドロスの親戚は、特に変わった様子もなく、サウナに入って行く。
メロスはその場から遠ざかり、人目につかないところにあるシャワーを使うと、ため息をついた。
(気づかれたかな? だから、昨日はおかしかったのかも……。なんかヤケクソになってる感じもしたし……)
メロスには思い当たることがあった。

他の男だのなんだのと言っていたのは、以前、メロスがこの村でされたことを知ってしまったからかもしれない。



(嫌われたかも……)
最悪だった。

そう思うと辛かった。

(ディオに嫌われたら、どうしたらいいのかわからない……。でも、そうなったら、シラクスに戻って、磔刑になればいいか……。それならディオも止めないだろうし)
目頭が熱くなるような気がした。
(フレイアの結婚式が終わったら、すぐに村を出よう)

形式上とは言え、メロスは犯罪者だった。

しかも、今、ディオニスに必要がないと言われたら、助かる見込みは無い。


それならば、明日の日没までにシラクスに戻り、セリヌンティウスを助けなければならない。

帰ってこなくてもいいぞ。俺の命がお前の命に代わるのなら、俺は喜んでこの命を捨てよう。
大切な友の言葉を思い出す。

今まで、見たことがないような、穏やかな顔をしていた。

(せっちゃんが生きてた方が、ボクが生きるよりも何倍もいい。アレクの気持ちを確かめて、結婚式が済んだら、シラクスに戻ろう。それで……)
ぼんやりとシャワーを浴びる。
(あんな幸せ、ありえないもん。やっぱり、長くは続かないんだ……)
メロスは諦めたような笑みを浮かべた。
おい……。
いきなり耳元でディオニスの声がして、壁に押し付けられた。
って
ディオニスはメロスをシャワーの前から退け、自分がシャワーを浴びる。
……。
浴びながら、ちらりとメロスを見る。
(……かっこいい)
自分のすぐ横で、水が滴っているディオニスを、メロスはぼんやりと見つめた。

ディオニスは身体を洗い流した。

私を置いて行くとは、いい度胸をしているな。
ディオニスはメロスに近寄ると、唇にそっと触れる。
彼は静かに怒っていた。
置いてったわけじゃないよ。ディオ、寝てたし。
一応、ディオニスを少しでも休ませたいというメロスの配慮はあった。

起きているとすぐに襲ってくるし。


ディオニスはメロスにキスをする。

目が覚めて、おまえがいなかったから探したのだぞ。
ごめん……
潤んだ瞳でディオニスを見上げる。
赦さん……
つぶやくように言い、壁に押し付ける。
痛いよ……。
メロスはか細い声で言うが、ディオニスは力を緩めず、むしろきつく身体を抱きしめる。
…………。
ディオ……
メロスは泣きそうな声で恋人を呼んだ。

ようやくディオニスは力を緩め、メロスを離すとゆっくりと息を吐いた。

おまえは……

この村で何人の男と寝たのだ?

ディオニスはメロスの耳元で言った。

メロスは目を見開き、手をぎゅっと握る。

(やっぱ、それか……)
メロスは小さく息を吐き、唇をかむ。
言え……
静かな声。

感情が込められていない分、恐怖を感じた。

わからない……
しらを切るのか?
数えたこと、ない……

メロスは消え入りそうな声で言った。

早く忘れたかった。
無理やりか?
……。
メロスは小さくうなずいた。
…………はじめは、旅人。困っていたみたいだったから、声をかけたら、宿に連れ込まれて……
おまえはいつも不注意なのだ。
イラついたようにディオニスは言った。
……。
不安そうに見上げるメロスを抱きしめてキスをする。
他には?

ディオニスの暗い瞳に、見えない何者かに対する怒りが見えた。

役人に……。

しないと、家と羊を取り上げられると言われて……

メロスがしなければ、妹をと言われ、それならばと。

愚かな……。

それで、したのか?

ディオニスはそんなもののために体を差し出す理由がわからなかった。

……。
メロスは泣きそうな顔でわずかにうなずく。
他には?
怒りも顕に言う。

……村に来た『大事なお客』とかの接待。

メロスは感情がなくなったような顔で言った。
(ディオに嫌われちゃったな……)

軽蔑されたと思った。

彼に捨てられたら、生きていても意味がない。

何が大事な客だ。
ディオニスは苦々しくそう言い、力任せにメロスを抱きしめる。
その温もりに、メロスはほんの少しだけほっとした。 

(そういえば、ディオはそういう人だった)
弱きを助け強きをくじく。

ディオニスは本来そういう王だった。


メロスはディオニスに触れる。

この村はそういう村なのか?
違うよ。アレクがそれに気づいて、村長に言ってくれたんだ。それで、その役人たちは村にいられなくなったんだ。

慌てたようにメロスは言った。

嫌なことはあったが、メロスが生まれ育った村だ。それ以上に楽しい思い出もあった。

 

あのバカがか?

吐き捨てるようにディオニスが言い、メロスは虚ろな瞳でうなずいた。

あれでも村長の親族なんだよ。

バカの親族が村長だから、そんなことになるのだな。

村長はちゃんとした人だよ、バカの親族だけど。それからはそんなことなくなったし。

バカの親族なのにか?

バカの親族だけどね。

フレイアのことを思い出し怒りがこみあげてきた。

お兄ちゃんよりも

アレクが好きよ

と言っていた妹を思い出す。

あの衝撃は、辛いなどというものではなかった。


しかし、彼が恩人であることには変わりがない。

メロスはアレクサンドロスに助けられた。

おまえは

あのバカと付き合っていたのであろう?

恋人に言われ、メロスは目を伏せた。

ずっと好きだったって言われて……

お礼のつもりもあったんだ。

そんな理由で付き合ったりするな。

そして、メロスは抱きしめられ、キスされた。

……ごめん。
メロスはディオニスに抱きついた。
……。
ディオニスは執拗にキスを重ねる。
感じたのか?

ディオニスは目を細くして、メロスの後頭部の髪を掴む。返答によっては、どうなるかわからない。

メロスは目を大きく開いた。


そして、ムッとした顔でディオニスを見ると、勢いよく首を振った。

苦痛以外の何物でもなかった……
メロスは唇を噛みしめる。
……。
それまでと変わらないような気がしたんだ。相手が変わって、自分も合意しているけど「なんだ、やってること、変わらないや」って。そしたら、何もかも嫌になったんだ……
おまえは……、

本当はしたくないのか?

そう言われたメロスは、驚いたように目をしばたかせ、慌てて首を振る。

ディオは違う。

苦痛だなんて、思ったことない……

何がどう違うのだ。
ボクが……

ディオのこと……好きだから……

……。
ディオは……、もう……

ボクのこと、キライ?

そう言うと、こらえきれない涙が出てきた。
……。
………………。
ディオニスは何も言わず、メロスを抱きかかえた。
ディオ……?
嫌うわけがなかろう。
ディオニスはそう言って、メロスをさらに人目につかない個室に連れて行った。
(早く家に帰って、祭壇を作んないといけないんだけど……)
と、冷静に考えているメロスもいた。
(それにできれば休みたいな……)
とにかく疲労困憊だった。
おまえは私のものだ。
……。
誰にも渡さぬ……
(ディオ?)
メロスは恋人の様子を見て、何かわからない不安を感じた。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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