11 磔刑

文字数 2,924文字

陽は沈んでしまった。
(もしかして、まずいのか?)

メロスは自分がかけられる、はりつけの柱を見上げた。

これまでも、何人もの人間がここにかけられて死んでいる。


苦しみや痛みが、押し寄せてくるようだ。

これから死ぬまで、痛み続けるのだ……。苦しみ続けるのだ……
お前もはやく、こっちへこい……
さぁ……、さぁ……

「次の獲物(えもの)が来た」と、亡霊(ぼうれい)たちが歓喜(かんき)しているようにも見える。


恐怖が襲ってきた。

メロスはゴクンとつばを飲み込む。

せっちゃん……
青ざめた顔をして、小さな声で友を呼んだ。
……
友がやっぱり窮地(きゅうち)(おちい)っていることをセリヌンティウスは感じた。
(だから俺が代わりに死ぬと言っただろ?)
メロスはそれには首を振る。
(それはダメだ。絶対にダメ!)
(おまえはこの()(およ)んでも、まだそんなこと言ってるのか)
(だって、そんなことになったら、せっちゃんが死んじゃうもん。そんなのやだよ!)
竹馬(ちくば)の友は、言葉を(かい)さなくても意思の疎通(そつう)がある程度できた。
陽は完全に落ちたな。
ニヤニヤしながら刑吏がメロスに言う。
そうだね。
多少の見栄もあり、メロスは平静を装った。
陽が沈んでも、何も来ぬではないか。
うん。

でも、こっちには向かってると思うんだけどな……

自信がなくなってきていたので、語気も弱くそう言った。
貴様が待っているものなど来ぬわ!
刑吏は声を荒げ、他の刑吏にメロスの腕をはりつけ台の上の横木に乗せるように指示する。
(……痛そうなんだけど)
数人がかりで押さえられ、腕が横木の上に乗る。


ガチャガチャと拘束に使われる器具がぶつかる音がする。

それを見て血の気が引く。


器具から目をそらすと、刑場に集まっていた市民が目に入った。刑場には見渡す限り見物人がいた。いまのシラクスのどこにここまでの人がいたのだろうかというくらいだった。

(こんなに大勢の人が、ボクが痛い思いをして、死ぬまでを見てるんだ……)
ぼんやりとそれを見つめる。

二日はかかるはずなので、全員でずっと見ているわけではない。

(きっと、ボクのことなんて、知らない人も多いんだろうな……)
かわいそうに……
あんなに美しいのにな。
もったいないわね……
ざわざわと群衆の声が聞こえてくる。
助けてやれ!
そんな声もあった。
メロスはふと、かわいい妹に言われたことを思い出した。
お兄ちゃん!

ディオさんと一緒に行かないとダメだからね!

(フレイア、一所懸命に言う姿が、また一段と可愛かったな……)
ちょっとだけほっこりした。
(ディオは置いてきちゃったからな……)
最後に見た時、ディオニスは呆気(あっけ)にとられた顔をしてメロスを見ていた。
(あのままあそこで(ほう)けてたりして)
メロスはクスっと笑った。
(ディオに限ってそんなことはないか……。ボクのことなんて、どうでもよくなっちゃったのかもしれないな……)
そう思うと、悲しみがこみあげてきた。
おまえがやれ。
偉そうにしていた刑吏が、若い刑吏に槌を渡してそう言った。
え?

俺ですか?

群衆側の気持ちになっていた若い刑吏は、いきなり指名されて驚いた。
助けてやれよ、人でなし!
時間が経つにつれ、そんな言葉が増えていた。
(やるの嫌かも……)

もちろん、若い刑吏もそんなことを思っていることを表に出してはいけない。


メロスの(かたわ)らで、無表情に打ち付ける(くい)(つち)を用意する。

その音を聞き、メロスも憂鬱(ゆううつ)になる。

(泣き叫んでいい? 超絶に怖いんだけど……)
最悪な気分でそれを見ていた。
(ディオ……、早く来てよ……)

メロスは、ディオニスのことを考えるようにした。

彼のことを想うと、これから処刑をされる恐怖から少しだけ(のが)れられた。

(今、走ってるのかも……。でも、遅いな……)
ディオニスもがんばってはいたが、疲労困憊のおっさんだった。

それにフィロストラトスに(から)まれてもいた。

(途中で諦めちゃったのかも……。そうならないように、ニンフさんのお水、置いてきたんだけどな……。気づかなかったのかも)
メロスは大事なニンフの水を、ディオニスのためにわざと置いてきていた。
(あの水筒、お気に入りだったんだけどな……)
そんなことを考えている場合ではないが、メロスは飽きっぽいのですぐに違うことを考え出す。
(ディオにいらないって思われたのかもしれない……。もう、シラクスに着いていて、王城で疲れを癒しているのかも……)
そんな不安が(よぎ)った。
(王様の部屋って、居心地よかったもんな……)
メロス!
セリヌンティウスの声がした。
(あ、せっちゃん)
ちょっとだけ友の存在を忘れていた。
やめろ……、やめてくれ!!!
悲痛(ひつう)(さけ)びが辺りに響く。

セリヌンティウスがメロスの(もと)へ行こうとするが、刑吏に押さえつけられ、行くことができない。。

俺が……、俺が代わりになる!

俺がお前の代わりに!!!

メロスは友を見て、その綺麗な顔で微笑むと首を振った。
ありがとう、ぜっちゃん。
なぜ、そんな顔で微笑むのだ!

どうして来たんだ! メロス!

おまえが来る必要などなかったんだ!

俺が、俺がそこに!!

ごめん、セリヌンティウス
……
セリヌンティウスはメロスのその姿に魅入(みい)った。
せっちゃんはボクの……
メロスはそう言いかけて止めた。
(これから死ぬのに、こんなこと言っちゃダメだ)
メロスは友に笑いかける。

メロス!

俺はお前の何なんだ!

メロス! メロス!

セリヌンティウスは力の限り叫んだ。

しかし、それではメロスを救うことはできなかった。

助けておやりよ……
可哀想……
セリヌンティウスの叫びを聞き、人々は目に涙を浮かべた。
お前らはそれでも人間か!
刑をやめろ!
だんだんと群衆の声が大きくなってくる。

(俺、この中で刑の執行をしないといけないわけ? すっごく嫌なんですけど……)

貧乏くじを引かされた若い刑吏がそう思っていると、
時間はとっくに過ぎているんだ。早くしないか!
と、偉そうな刑吏が指示をする。
(自分がやるのやだからって……)
杭と槌を持ち、若い刑吏はしぶしぶメロスの前へ行く。
きゃあ!
やめて~

人々の悲鳴が聞こえる。

そんな中、若い刑吏はメロスを横木に打ち付けようとする。

(間に合わなかったか……)
諦めた顔で、メロスは横木に押し付けられた自分の腕を見ていた。
やめてくれ、お願いだ! やめてくれ!
必死に叫ぶセリヌンティウスの声が、遠くに聞こえるような気がした。
せっちゃん……
メロス! メロス!
ボクは、大丈夫だよ……
大丈夫じゃないだろう?!

メロス!

……
メロス……
セリヌンティウスを安心させるかのような笑顔をメロスは浮かべた。それを見たセリヌンティウスは、目をそらさず、じっとメロスを見つめる。
(ディオ……、偉大な王に、なってね。歴史に残るような、偉大な王に……。ディオならなれる。絶対に……)

メロスは微笑(ほほえ)んでいた。




早くやらんか!
イライラしたように刑吏は言った。
……
若い刑吏は困ったような顔をしていたが、とうとう槌を振り上げ、メロスに下ろそうとした。




その時だった。

刑の執行は中止だ!
群衆の後ろから、皆が聞き慣れた王の声で、その言葉が刑場に響いた。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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