10 祝宴

文字数 3,522文字

(不吉な雨だな……)

口には出さなかったが、祝宴に来ていた村人たちは思った。晴れていたら、中庭も使って広々とできたのだろうが、狭い家の中で、雨に閉じ込められるかのように宴を催す。


夏の昼なのに薄暗く、ランプに明かりを灯した。

これはこれでいいんじゃないか?
明るくなった部屋で村人が言う。
だがしかし、この場の雰囲気を、ひとりで重くしている者がいた。
……………………。

メロスを傍らに置き、黙々とワインを飲んでいる。


奥の長椅子でありすぎる貫禄。

ただの白い服を着ているだけなのに、頭に月桂樹の冠があるようにも見える。

ディオ

太陽神アポロンみたい。

と、メロスは明るく言った。
振られてばかりいる神ではないか。
と、苦虫をかみつぶしたような顔で文句を言う。
「かっこいいよ」

って言いたかったんだけど……。

ふんっ
ディオニスは鼻で笑い、メロスを抱き寄せる。
もおっ……。
そう言いつつも、嬉しそうだ。
おめでとう
いやあ

あははは。

村人に祝福され、アレクサンドロスは笑顔で応えていた。
よかったな。
ありがとうございます。
アレクサンドロスの隣にいたフレイアも嬉しそうに笑っている。
かわいい嫁さんじゃないか。
はい、あはは!
激しくなってきた雨の中、お祝いを言う者たちが次々にやってきた。
ボクもちょっと

あいさつしてくるね。

そう言ってメロスは席を立つ。
………………。
むっとした顔で恋人を見ている。
すぐに戻ってくるから。
そう言って恋人の頬にキスをする。
……行ってこい。
不満たっぷりにしぶしぶ言うディオニス。
うん。
メロスはニコニコして言い、ディオニスの元を離れて行く。
(オイ待て、その男を一人にするんじゃない!)

近くにいた男がメロスに目で訴えた。
しかし、メロスは気づかない。

近くにディオニスがいれば、他のことはわりとどうでもいい。

…………。
その男の予想通り、メロスがいなくなると、ディオニスは不機嫌なオーラをまき散らし始めた。

けれど、そんなディオニスなど、宴で盛り上がる村人たちには些細なことであった。

めでたい!
わははははは!
暗く考えることが苦手で、陽気な人間ばかりの村だった。

雨音が気にならなくなっていくのと同じように、ディオニスの不機嫌顔など気にしなくなった。

…………。

ディオニス自身も、自分のご機嫌を取る者もなく行われる宴に、だんだんと気をよくしていた。


元々、お祭り騒ぎは嫌いではない。

けれど、特に王になってからは、威厳を保つために皆がどんなに楽しんでいても、しかめ面を崩すことができなかった。


今は、ディオニスが王であると知っているのはメロスだけで、威厳を保つ必要もない。

ディオニスは、満面に喜色をたたえ、自分が王であること、憎きセリヌンティウスのことも忘れ、戻ってきたメロスを傍らに抱き、他の村人と同じように、陽気に歌をうたい、手を()った。

……。
むんむんと蒸し暑かったが、メロスも楽しそうにしている恋人を見て、眠かったことも忘れ、村人と一緒に宴を楽しんだ。
祝宴は夜になっていよいよ乱れ、華やかになり、人々は外の豪雨も気にならなくなっていた。
いいぞ

やれやれ!

ご機嫌に言い、手を(たた)くディオニス。
……。
メロスはそれをポーっとした瞳で見つめた。
(このまま、ずっとディオと一緒にいられたらいいのに)

連日の攻めにはほとほと困り果てていたが、愛する者との幸福な時間。

痛みも苦しみも、愛される悦びだった。

(みんなとも仲良くやれそうだし、ディオと一緒にここに住めたらいいのにな……)

もし村人がそれを聞いたら、顔面蒼白になりそうだった。

けれど、それでも皆は楽しく過ごすだろう。


過ぎたことは過ぎたこと、明日のことは明日考え、今日はとにかく楽しめばいい。

そういう村だった。

(みんながいて、こんなに愉しそうなディオがいて……)
ただ、それは今、ここだけのこと。
(シラクスに戻ったら、ディオは王様で、ボクは何の接点もないただの市民……。ディオがお忍びで繁華街に来なければ、会うこともできない……)
メロスは淋しそうに微笑む。
(ディオにいらないって言われたら……。それなら、いっそのこと……)
そんなことを思いながら、ディオニスに寄り添い、そっと目を閉じる。

寝るでない。

宴はまだはじまったばかりぞ。

陽気にメロスに言う。

メロスは慌てて目を開けた。

うん……
と、恥ずかし気にディオニスを見上げる。
ほらほら

歌え歌え!

……。

メロスも嬉しかった。

だるくてだるくて動けそうにもなかったけれど、眠りたくないと思った。

(眠って起きて、夢だったとかってなったら嫌だな……)
………………。

メロスが儚く微笑むその姿を見て、ディオニスは思わずキスをしていた。

ディオ?
寝るでない。
ん……。
メロスはうなずいた。
(つーか、なんでこの人、こんなに元気なわけ? ボクなんてヘロヘロなんだけど……)

ディオニスは本来、王になる血筋ではなかった。

役人上がりで、そこから軍の総司令官にまでのし上がり、その強さから王になった人物である。


鍛え方は半端ではない。

普段からだらだらしている名前ばかり用心棒のメロスと違い、3,4日の徹夜など、屁でもなかった。

(まいっか。せっかくだもん。楽しまなきゃ)
歌え、歌え

踊れ、踊れ

ディオニスは羽目を外して楽しんだ。

その傍らには、メロスがいた。

ディオ……

宴の喧騒の中で、この二人を気にする者はいなかった。

妹を除いて。

(ディオさん、グッジョブよ。(なま)めかしいお兄ちゃん、最高!)

妹だけはそんな二人をうっとりと見ていた。

眠たげに身もだえる兄の姿を、近くの柱の影から観察している。

なんてことだ。

ボクのメロスが……

新婦の後ろから、新郎のアレクサンドロスも観ている。
あそこからお兄ちゃん

持ってこれると思う?

ディオニスの腕の中で眠ってしまった兄を指さし、妹は夫になったばかりの男に言った。
できる……んじゃないかな?
声を控えつつもアレクサンドロスは言った。
……。
その声が聞こえたかのように、メロスをしっかりと抱きしめたディオニスが、妹夫婦がいるところを睨みつけた。


アレクサンドロスは素早く妻の影に隠れる。

無理!
ディオニスに聞こえないようにフレイアに言った。
期待してないわ。
そういう展開を望んでいない妻は、夫にサクっと言った。
横暴な男から恋人を奪い返すって、なかなかいいと思わないか?
妻にそんなたわ言を言う。
設定としてはアリだけど、アレクじゃダメね。

アレクからお兄ちゃんをディオさんが奪い取るならいいんだけどな。

それは違うだろ?
自分が横暴な男になってしまうとアレクサンドロスはつぶやいた。
ディオさんからお兄ちゃんを取ったら、ディオさん、暴れると思うよ。押さえられる?

妻は笑顔でそう言った。

アレクサンドロスはディオニスを見つめる。

……

猛者だった。

半端なく強そうだった。

そういう悪漢から恋人を守るんじゃないか。
言うことは強気だが、足がガクガク震えだした。

想像しただけで恐ろしいらしい。

ディオさんの方が

お兄ちゃんとお似合いだよ。

すぅ……
ふっ……
美男子なディオニスが優しいまなざしで愛らしく眠るメロスを見つめている。
安心しきって身をゆだねているメロスも微笑ましい。
眼福……
妹はうっとりとつぶやいた。
フレイア……
泣きそうになりながらアレクサンドロスが妻を呼ぶ。

フレイアはため息をついて夫を見る。


そして、愛らしく微笑んだ。

今日は私たちの結婚式なんだよ。

お兄ちゃんじゃなくて、私を見てほしいな。

フレイアは花がほころぶような笑みを浮かべた。

血は争えない。


彼女は間違いなくメロスの妹だった。

フレイア……
その名を呼び、愛しい妻をぽーっとした表情で見つめる。
先にあっち見てたの

キミなんだけど……

さすがにアレクサンドロスも、妻になったばかりの女性に見惚れていた。それなのにあの二人の観察を始めたのはフレイアだった。
あれは見ておかないとダメだと思う。
爛々とした瞳で妹は、柱の影から兄の様子をうかがった。

フレイアが『眼福』と言うのにふさわしい、愛らしい兄と滅多に見られない暴君の優しい眼差しだった。

あ……
フレイアが二人に近づく人物を見つけた。
アレク、あれ……
服を引かれ、フレイアが指さす方をアレクサンドロスも見た。

え……?
それを見て、アレクサンドロスも顔色を変えた。

この村の長が、二人に近づいていく。

村長、危険だよ!

危ないったら!!

アレクサンドロスは小さな声で叫ぶ。

しかし、耳が遠いと言い張る村長にその声は届いていないように見えた。


杖をつき、年の割にしっかりとした足取りでディオニスの前に立つ。


アレクサンドロスは村長を止めたかったが、これ以上声を上げると、ディオニスに聞こえてしまう。爛々とした目でその様子を見つめる妻の後ろから見守り、黙るしかなかった。

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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