14 知ってたよ

文字数 4,251文字

私は綺麗なお兄ちゃんが大好き。それで、お兄ちゃんは嫌な目にあったかもしれないけど、お兄ちゃんはそんなのに負けない人だよ。
フレイア?

メロスは首を傾げて妹を見た。

……
フレイアはメロスにきゅっと抱きつく。
どうしたんだよ、急に甘えん坊になって……
メロスは微笑み、妹の頭をなでた。
ウチ、本当に狭いんだよ。

音、よく聞こえるの。

(今朝もか?)
と、メロスは思ったが
昔から……
と、小さく言った。
……!
メロスはビクっとした。
いつもニコニコしてたお兄ちゃんが、何も見ていないような目をして……
……
お兄ちゃんの体を、気持ち悪い顔で貪って……
……
メロスは小さく息を吐き、妹をそっと離す。
…………ごめんね。

深夜に家まで押しかけられることも何度かあった。

できるだけそれを避けるため、自分から役人のところに行っていたが。

お兄ちゃんは悪くないよ。
フレイアは強く言い、離れようとしていた兄にすがりつく。
でも、嫌だろ?

そんなのを見ていたなんて……。

と、メロスは思ったが、言えなかった。

……

フレイアは力の限り首を振った。

私がアレクと幸せになれたのは、お兄ちゃんがいろんな人に抱かれたからなの。
強く妹は言った。
(アレクと?)
そこが引っかかった。

はじめは、怖かった……。

お兄ちゃんが、気持ち悪いことされてるの。

………………
でも、お兄ちゃん、すごく綺麗なんだもん。
(…………え?
汚い物を見る目で、下衆(ゲス)な野郎どもを見下してたわ。
その時のメロスを思い出したのか、フレイアはうっとりと言った。
(ちょっと待て、別に見下してなんかなかったぞ)
面倒くさいと思っていただけだった。
汚物(おぶつ)を見下す感じ、とっても美麗(びれい)だったよ。
(それは違うぞ)
とメロスは思った。
でも、アレクは違ってたの。
……!
アレクだけは、お兄ちゃんを元気づけようとしてがんばってたのがわかったの。
(……………………元気づけられた感じはしなかったが?)
元気づけたかったのなら、しないで欲しかった。

「ああ、この人は、他の人と違うんだ」って思ったの。

(……他と変わんなかったぞ)
だけど、お兄ちゃん、

それに気づかない感じで、つまらなそうな顔してて……

(アレクにそんなつもりがあったようには思えなかったんだけど……)
メロスにはアレクサンドロスが自分に酔っているようにしか見えなかった。
メロス~!
と、言葉が通じなかった。
それ見てたら

なんか、可哀想になっちゃって……

(………………………………?)
誰が?
アレクだよ。
あ……、そう?
それで、お兄ちゃんがアレクを振ったらしばらくして
(どうしてそのことまで知ってるんだ……?)

表向きは付き合っていたことも、別れたことも言ってなかった。

それに、メロスと付き合っていた頃はアレクは家に来ていなかった。

きっききキミは、メロスの妹の、フレイアちゃんだよね!!!
って、真っ赤な顔で、超あがった感じでそう言ってきたの。
(あんのバカ野郎……)
メロスの中にどす黒い感情が湧き上がっていた。
おおおおお、お兄さんとは、仲良くしているんだけど、俺の事、知ってる?

私はうなずいたわ。

だって、お兄ちゃんとしてたの見てたから。

………………………

おおお、俺は、キミが好きだ!!!

つ、つき合ったりしてくれたりしなかったりしたり?

何を言ってるのかわからなかったけど、OKしたの。
(OKするなよ!)
ずっと、好きだったのかもしれない。お兄ちゃんの彼氏だったアレクのこと……
(赦せねえ!!!!!)
当時、妹がアレクを好きということは薄々感じていたが、そういう理由からだとメロスは知らなかった。

アレクも優しく接してくれて、しかも、友達の妹だからって、とっても大事にしてくれたの。

………………
おバカさんなのに、一生懸命なのが、とっても嬉しかった。
(そこは村民共通なんだよな……)

おバカなのに、愛されるキャラ。

自己中心的な妄想はするが、裏がなくて一生懸命なところが、そういう印象を与えるのかもしれない。


ただ、わりとメロスもそうだった。

でも、キスはしてくれても、それ以上はしてくれなかったの。
(そんなことしてたのか!!!)
お兄ちゃんはキスも赦せなかった。
(いや、そうなんだろうけど……、嫌だ、 知りたくない~~~~~~~!!!!
それなのに、お兄ちゃんのことはキスしてひんむいてやろうとしてたんだもの。
フレイアは2年前のことを思い出し、怒って言った。
………………………………………………
何も言えなかった。
私にはしてくれないのに……って、すっごく悲しかったの。
2年間、言えなかった気持ちを、妹は兄にぶつけた。
………………………………………………
思うところはあったが、メロスはそれを黙って聞いていた。
…………アレクのこと、好きなんだな。

喉に何かが詰まったようだった。

苦痛だったが、辛うじて絞り出すように言えた。

うん。

大好き。

恥ずかしそうに、でも、キラキラした瞳で言う妹を見て、メロスは小さくため息をついた。

悪いヤツじゃないから。

あいつのいいとこ、ボクはいっぱい知ってる……

アレクサンドロスでなければ、あの頃のメロスは助けられなかった。

それに、明るいところをずっと歩いていける人間であることを、メロスもわかっていた。


メロスには、それが少し眩しかったのかもしれない

だから、安心してお前を任せられる。
あんなに嫌ってるのに?
うん、まあ、ちょっとね……
大事な妹に愛されているというだけで、メロスは気に入らなかった。
あんなにお世話になったのに、お兄ちゃんったら恩を仇で返すように嫌ってるんだもん。なんか、申し訳ないなって思ってたんだよ。
まさか、だからあいつと付き合ったとかって言うのか?
メロスにはそう聞こえてしまった。
違うよ!

アレクは私にとってヒーローなんだよ。

ヒーロー?

あれが?

おまえに会いたかったんだ!
どうしてもアレクのおバカな言動しか思い浮かばない。
アレクは、お兄ちゃんを助けてくれたヒーローなの!
あぁ……
それはメロスもそう思っていた。

忘れてしまいがちだが。

私にとってはめちゃめちゃカッコいい人なんだからね。
そっか……
そうなの。
あいつはボクなんかを、好きでいたらいけないヤツなんだ。
メロスは淋しそうに微笑んだ。
お兄ちゃん?

おまえはアレクと幸せになるんだよ。

外見なんて、どうだってい……

どうだってよくないよ。

お兄ちゃん、なんだかんだ言って、私よりも自分の方が綺麗って、思ってるよね?

と、フレイアは食い気味に長年引っかかっていたことを言った。


メロスはその言葉を理解するのに少し時間がかかった。
そんなことないぞ!
慌てて訂正した。
ウソよ。

それなら今の間は何?

フレイアはかわいいって、何度言えばわかるんだ?
かわいいは嫌なの!
2年ぶりにフレイアに会って、前にもまして綺麗になってたから、お兄ちゃん、淋しかったんだぞ。
ホント?
綺麗になって、近寄りがたいなって思ってたら
お兄ちゃん!

会いたかったよ~

って、飛びついてきて、これをかわいいと言わないで何をかわいいと言えばいいんだ。
……
とにかくフレイアはかわいい。

だから、悪い虫がつかないように、ボクは大変だったんだぞ

うん。

まあ、それは、お兄ちゃんのおかげなのかな?

フレイアはしぶしぶ言った。
ありがとう、お兄ちゃん。

花が咲くように笑い、フレイアは言った。

その言葉は、メロスの今までの悲しみや苦しみなど、どうでもよくなってしまうほどの破壊力を持っていた。

フレイアは

ボクが生きる理由だったんだ。

そう言って、妹の額にキスをした。
お兄ちゃん……

フレイアは不安そうな顔で兄を見た。

なんだか嫌な予感がした。

私が結婚したから、もう何の心配もいらないとかって、思ってないよね?
え?
結婚したからって、これで安心ってことはないんだからね。お兄ちゃんはこれからも私のお兄ちゃんで、この子の伯父さんなんだからね。
大事そうにお腹に触れる。
大丈夫だよ。

何の心配をしてるんだ?

メロスは優しく微笑む。
私、お兄ちゃんのことが、大好きなんだからね。いなくなったりしたら、どうなっちゃうか、わかんないよ……?
いなくなるっていうか

シラクスには戻るけど……

ディオさん、いるんだもんね。

淋しいな……

(かな)しそうに妹は言った。

それでも、ボクはずっと

フレイアのお兄ちゃんだよ。

メロスはそう言って、妹を優しく抱きしめた。
お兄ちゃん……

ただね、ちょっと、せっちゃんがヤバいんだ。

だから、ボクはこれからシラクスに戻るよ。

メロスは太陽がほぼ真上にあることに気づいていた。
(どうしてディオは明け方にウチを出て行ったんだろう。大慌てでなんて、よくないことが起きたんじゃないか?)
今日はメロスがシラクスに戻らなければならない3日目だった。
(最悪な状態を想定して、日没までにシラクスに戻らなければ)
メロスはそう考えていた。

お兄ちゃん。

せっちゃんとディオさん、どっちが好きなの?

いきなり妹が聞いてきた。
せっちゃんとディオを

比べることなんてできないよ。

せっちゃんは

お兄ちゃんのこと好きなんだよ。友達としてじゃなくて……

メロスは瞳を伏せた。
だから、甘えさせてもらおうとしてたんだ。

実際、甘え放題に甘えている。

はっきり言って、おんぶにだっこ状態だった。


けれど、メロスは遠い目をした。 

2年前、セリヌンティウスの気持ちを知っていたから、シラクスに向かったのかもしれない。


でも、向こうから手を出さないこともわかっていた。

キライではない相手との共同生活。


メロスはどう転んでも悪いことにはならないと思っていた。

そうなる前に、

ディオに会ったんだ。

……

フレイアは、今まで見た中で一番綺麗な兄の笑顔を見た。

透明で消えてなくなってしまいそうな、儚い微笑みだった。

「この人なら、ボクが望んでいることをしてくれる」

そう思ったんだ。

お兄ちゃん…………。

もしかしてなんだけど、

セリヌンティウス……
の前にディオさんと会ってたってこと?

そうだけど……

おまえ、今、アレクの顔を思い浮かべてないか?

浮かべた。
妹は素直にうなずいた。
それ、やめなさい。
え~
ふたりで散々やっていた劇だった。

アレクの方が想像しやすかったようだ。

ボクとディオをネタにして、変なことしちゃダメだからね。
私とアレクの幸せ家族計画に口を出さないでくれないかな。
出すぞ。ダメだ。
やるもん。この子生まれたら、すごいの計画中だよ。
……すごいの?
今朝やってたみたいなヤツ。
やめなさい
え~

フレイアは不満そうな顔をした。

けれど、それを見たメロスは、

(フレイアは、アレクがいるから大丈夫だ)
と安心し、笑みを浮かべた。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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