6 セリヌンティウスの憂慮

文字数 2,383文字

それから2週間。

メロスはディオニスに会えなかった。

(いままで、こんなことなかった……)
セリヌンティウスの家で、陸に上がったクラゲのように、メロスはテーブルにうつ伏していた。
……大丈夫か?
朝食の用意をしながら通りかかったセリヌンティウスが声をかける。
うん……。
顔を上げる気力もない。

頬をテーブルに付けたままメロスは答えた。

大丈夫じゃないだろ?
そんな友を見て声をかけ、いつものように朝食を持って行く。
……ありがと。
礼を言うだけの気持ちはまだ残っていた。

それでもうつ伏したままだった。

せっちゃんがフレイアの結婚相手ならよかったのに……。

セリヌンティウスとはそういう関係ではなかったので、ディオニスも怒らなかっただろうという勝手な思い込みだった。


メロスは思いついたことを適当に言う男だった。

おまえの妹とそんなに親しくはないんだが……。
会っても挨拶をする程度だ。
そーだっけ?
ああ……。
セリヌンティウスがうなずくと、メロスは喜々として起き上がった。
とっても可愛い子なんだ。

会って話したらせっちゃんも好きになるよ。

妹のことを思い出したメロスは、落ち込んでいたことも忘れて満面の笑みを見せた。
(結婚が決まった妹を俺に薦めてどうするつもりなんだ?)
と思ったが言わなかった。

セリヌンティウスは小さく息を吐いて、自分の分の朝食をメロスの前の席に置く。

ならないよ。
そう言うと、セリヌンティウスは席についた。
どうしてだよ。
妹をけなされたような気分になり、メロスは怒ったようにセリヌンティウスを見た。
俺には好きな人がいるから。
え?!

せっちゃん、好きな人いたの?

メロスは急に元気になると聞いてきた。

そんな友に、セリヌンティウスは少なからず引いた。

言ってなかっただけだ。

言うのではなかったと後悔した。

仕事ひとすじだと思ってたのに、意外~。
どんなひと?

ボクも知ってる?

知っている……

かもしれないな……。

この話題を避けるかのように、セリヌンティウスは食事をとりだした。
なんだよ。

かもしれないって。

むっとしたようにメロスは言った。
おまえだって相手の名前も教えないじゃないか。
それは……

いろいろあるんだよ。

またディオニスのことを思い出し、ゴツンと音を立ててテーブルにうつ伏す。

皿に髪が入りそうになっていたので、セリヌンティウスは皿を移動させた。そんな友の配慮にもメロスは気づかない。

こっちだっていろいろあるんだよ。

ほら、食えよ。

セリヌンティウスはメロスにスプーンを持たせる。
ん~。
握らされたスプーンを見つめ、メロスはのろのろと起き上がるとスープを飲んだ。
なんだかボクだけ取り残されてる感じ……。
ぼそっとつぶやく。
誰もおまえを置いて行ったりしてないよ。
むしろ、置いて行かれていると思っていたのはセリヌンティウスの方かもしれなかった。

それからふたりで黙々と食事をした。


メロスの食事は作るのも片付けるのもセリヌンティウスの役目だった。メロスは衣食住をセリヌンティウスに任せっきりでも、罪悪感は持ち合わせていないようだった。


メロスにとってセリヌンティウスは、なんでも許してくれる大事な親友だった。

ディオニスとは違うが、大切な存在だった。

昨日はどこに行ってたんだ?

食事をしながらセリヌンティウスは聞いた。


この後、メロスに予定はないが、セリヌンティウスは石工の仕事がある。

彼はシラクスでも重用されている腕の良い石工だ。


ゆっくりと話ができるのは今くらいだった。

散歩……。
もそもそと食事をしていたメロスは、だれたまま答える。

なんとも雑な返答だった。

……どこに?
だんだん、忙しい時間を割いて話しかけているセリヌンティウスは自分が情けなくなってきた。
空き家めぐり?
メロスは馴染みの店に行った後、ディオニスを探して明かりの消えた家をめぐっていた。

けれどディオニスはいなかった。

なんだ? それ……。
セリヌンティウスには意味が解らなかった。

説明ができないメロスは答えられなかった。

そんなことしてたら

いつか警吏に捕まるぞ。

ディオニスのことを知らなければ、メロスはただの不審人物だ。
それでもいい……。
力なくつぶやいてスープを飲む。
捕まったらほぼ殺されるからな。それでみんな、出歩かないようにしているんだぞ。

セリヌンティウスはメロスを説得しようと、いつもより強めに言った。


メロスはそういう世間一般のことに鈍感なので気づいていないかもしれないが、シラクスの市民は皆、市を守る警吏に捕まらないようにピリピリしていた。


けれど、ピクっとメロスが反応した。

捕まるってことは、もしかして王様のところに行ける?
セリヌンティウスが引くほどメロスは真面目な顔で言った。
……死刑くらいの重罪になればな。

言ってしまって、セリヌンティウスはしまったと思った。

ふぅ~ん

メロスはそう言って、目の前にあった食事をパクパクと食べだす。

おまえ、なんか変なこと考えてないか?

嫌な予感しかしなかった。

メロスの目は生気が戻っていた。

考えてないよ。
セリヌンティウスの心配をよそに、メロスは満面の笑みを浮かべていた。

悪だくみをしているときの、ヤバい顔だった。

おまえ、シャレになんないことしようとしてないか?

してない、してない。

スープを一気に飲み干し、軽い感じでメロスは言った。
(いや、その顔は絶対にダメなヤツだ)
と思ったが、セリヌンティウスは声をかけるのをためらった。
じゃ、出かけてくる!
メロスはあっと言う間に食事を終え、元気よくそう言うと、一刻でも無駄にしたくないという感じで戸口に向かう。
メロス!

なんかあったら走って逃げるんだぞ!

セリヌンティウスはメロスの背中にそう言う。

行ってきま~すっ!
メロスは竹馬の友に手を振り、元気よく言うと出て行った。

(警吏に捕まったらほぼ殺されるんだ)

王都シラクスはそういう場所になっていた。

セリヌンティウスは不安そうに、友が去っていくのを見送った。

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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