6 セリヌンティウスの憂慮
文字数 2,383文字
メロスはディオニスに会えなかった。
頬をテーブルに付けたままメロスは答えた。
それでもうつ伏したままだった。
セリヌンティウスとはそういう関係ではなかったので、ディオニスも怒らなかっただろうという勝手な思い込みだった。
メロスは思いついたことを適当に言う男だった。
セリヌンティウスは小さく息を吐いて、自分の分の朝食をメロスの前の席に置く。
そんな友に、セリヌンティウスは少なからず引いた。
言うのではなかったと後悔した。
皿に髪が入りそうになっていたので、セリヌンティウスは皿を移動させた。そんな友の配慮にもメロスは気づかない。
それからふたりで黙々と食事をした。
メロスの食事は作るのも片付けるのもセリヌンティウスの役目だった。メロスは衣食住をセリヌンティウスに任せっきりでも、罪悪感は持ち合わせていないようだった。
メロスにとってセリヌンティウスは、なんでも許してくれる大事な親友だった。
ディオニスとは違うが、大切な存在だった。
食事をしながらセリヌンティウスは聞いた。
この後、メロスに予定はないが、セリヌンティウスは石工の仕事がある。
彼はシラクスでも重用されている腕の良い石工だ。
ゆっくりと話ができるのは今くらいだった。
なんとも雑な返答だった。
けれどディオニスはいなかった。
説明ができないメロスは答えられなかった。
セリヌンティウスはメロスを説得しようと、いつもより強めに言った。
メロスはそういう世間一般のことに鈍感なので気づいていないかもしれないが、シラクスの市民は皆、市を守る警吏に捕まらないようにピリピリしていた。
けれど、ピクっとメロスが反応した。
言ってしまって、セリヌンティウスはしまったと思った。
メロスはそう言って、目の前にあった食事をパクパクと食べだす。
メロスの目は生気が戻っていた。
悪だくみをしているときの、ヤバい顔だった。
セリヌンティウスはメロスの背中にそう言う。
王都シラクスはそういう場所になっていた。
セリヌンティウスは不安そうに、友が去っていくのを見送った。