2 暴君とメロスと妹

文字数 4,378文字

ディオニスはリビングの一番奥にある長椅子に座っていた。
待ちくたびれたぞ。
………………。
狭い我が家だったが、ディオニスはそんなちまい家の中でも、なぜだかわからないゴージャスな雰囲気を(かも)し出していた。
ボクが王城出たとき、

まだ中にいたよね?

メロスは知らないが、その後、セリヌンティウスとも会っている。
馬で来た。
それなら3~4時間で着く。
ずるい……。
子どものようにメロスは言った。

メロスは重い荷物をディオニスに持たされ、半日以上歩いていた。

ずるくなどない。
ワインを飲みつつ、大人げない雰囲気がただよう。
ディオニスは本当ならメロスを処刑するはずだった時間に、メロスが妹の結婚式に出席するために村に帰り、3日目の日没までに帰ってこなければ、友であるセリヌンティウスを磔刑にするという御触書(おふれがき)を出させた。


それから今日の仕事を済ませ、警吏と打ち合わせをしてシラクスを後にして、昼過ぎにはメロスの家に着いていた。

3日間できないって言ってたよね?
気が変わったのだ。
シレっと答える。
いま、王城には……?

影武者を立ててきた。

あの格好ならできそうだね……。
目しか見えない黒づくめ。
いままでも

たまにやっていたのだぞ。

そう言って、ニヤッと笑う。
お忍びのヤツ?

当たり前のように、ディオニスが座っている隣に座る。

メロスもやけに街にいるとは思っていた。

もしかして、そのための装備とか?
そんな気がしてきた。
泊まりでやるのは初めてだがな。

一週間は無理だが、3日ならできそうだ。

気が変わったとかじゃなくて

はじめから来る気満々だよね?

むっとしたように言う。

1週間を3日に変更したのはディオニスだ。

3日間できないって

言ってたから……

明け方までしていた。

それを言われたために、メロスもしかたがないと思った。

(せっちゃん、ボクの代わりに牢屋にいるのに……)
ダメか?
メロスの頬にかかった髪を撫で、機嫌を取るように言う。
そんなこと、

……言ってないけど。

じっと見つめられ、恥ずかしそうに視線を外す。

会えないと思っていたディオニスに会えて、嬉しくないわけはない。

もう少し寄れ。
…………。
メロスは身体を動かし、少しだけ寄る。

すると、笑みを浮かべたディオニスはメロスを抱き寄せた。

おまえと会えないのだと思うと、淋しゅうてな。
……
おずおずと見上げたメロスの首筋に、ディオニスは口づけをする。
……
っ……
ゾクっとして、メロスも身をゆだねそうになっていた。





……
しかし、その視界の隅に、見えてはいけないものが見えた。
ちょっと待って……
我に返ったメロスは、細い腕でディオニスを押しやる。
むっ?
ディオニスはものすごい険悪な顔になった。

しかし、メロスは戸口の方を見ている。

……妹が見てる。
戸口に隠れるように立ち、隣の部屋からキラキラとした瞳で、フレイアは二人を覗いていた。

私のことは気にせず

続けてください。

妹の愛らしい、小さいがはっきりとした精霊のような声がメロスにも届く。
と、言っているぞ。
そう言って、続けようとするディオニス。
ダメっ!
メロスは必死になって止めさせる。
なぜだ?
(あらが)うのが難しい声で(ささや)き、メロスに触れる。

メロスは必死に、その手を離させる。


ここで、誘惑に負けることは絶対にできない。

そう言っちゃう

意味わかんないし。

顔をしかめたメロスはディオニスから離れて戸口まで行き、身重の妹を気遣ってリビングのテーブルの椅子に座らせた。
あんなところで

無理なカッコしてたらダメだよ。

隠れようとはしていたが、それでも食い入るように二人の様子を盗み見ていた大切な妹の前に、メロスは(ひざまず)くとそう言った。

ありがとう、お兄ちゃん。

フレイアは照れたように、とても可愛らしく兄に笑いかける。

 こういうことは

ちゃんと自分で気づかなきゃ。

妹の手に触れ、困ったようにメロスは言った。

お兄ちゃんがいなかったら

自分でできるんだけど。

幸せそうに微笑み、フレイアは言った。

…………ごめん。

しかも、こんな、わけのわからない男までついてきちゃって……とは、さすがに言えなかった。


言ったらディオニスに何をされるかわからない。されたところで、メロスは大歓迎かもしれなかったが、やはり怒らせたくはない。

謝らないで。

お兄ちゃんを困らせたいわけじゃないの。

さすがにメロスの妹なだけはあった。
フワっと笑って慈愛(じあい)のこもった瞳で許す感じが似ていた。
(ボクの(フレイア)はなんて可愛いんだ……)
シスコンだった。
お兄ちゃんが帰ってきてくれて、とっても嬉しいよ。
思いもよらぬ歓迎に、メロスは嬉んだが、同時に申し訳なくもあった。
ボクはすぐに

シラクスに戻るつもりなんだ。

そうなの?
哀しそうにフレイアは言った。フレイアは、できれば兄に帰ってきてもらいたいと思っていた。この機会にという気持ちもあった。


でも、イレギュラーなことが起きていた。

…………。
その暴君は、不機嫌そうにワインを飲んでいた。
ごめんね、フレイア。
大切な妹に会い、何を言われようと祝福を贈り、妹の結婚式の準備を終えたら、すぐにシラクスに戻って、できればディオニスと会えたらいいと思っていた。


そんなことを思いながらメロスはシラクスから村まで歩いた。

ディオニスはシラクスにいると信じて疑っていなかった。


それに、いくらディオニスがなんとかしてくれると言ったとしても、セリヌンティウスは今もメロスの代わりに牢屋に入れられているのである。


できれば早めに戻りたかった。

(なんでいるんだ? この人……)
薄々、暴君チックな束縛の強さを感じていた。
私に何か言いたいことがあるのか?
チラチラと見てくる恋人に聞く。
ないけど……。
暴君に友のことなど聞けなかった。
(だってなんか聞けないし……)
さすがにこれは、言うのが(はばか)られた。
(それに、ディオはきっとすごい案を考えてくれて、ボクもせっちゃんも助けてくれる)
メロスはそう信じていた。
そっか……。
妹は哀しそうにうつむいて、兄の手を優しく握り返す。
式は……、

出てくれるよね?

がまんするように微笑み、優しい瞳で兄を見つめた。
…………。
すぐには答えられなかった。
お兄ちゃんのために、

式を一日早めたんだよ。

かわいい妹のお願いである。

メロスもなんでも言うことを聞いてやりたかった。

(でも……、ディオを放ってはおけないし……。それにせっちゃんも……)
ディオニスは、自分の都合を優先するだろう。

ディオさんも出られるって。

なんでディオも?
はっと我に返った。
出たらまずいのか?
え?
メロスは恋人の暴君の方を見る。

何か裏がありそうな笑みを浮かべ、ワインを飲んでメロス兄妹を見ていた。


メロスは慌てて恋人の元へ戻る。

ディオと一緒に出られるなら、ボクは嬉しいよ。すんごくとっても。でも、そんなにのんびりしてていいの?

ディオニスは自分のところまで戻って来たメロスを隣に座らせて抱き寄せる。
ぜひ出席させてくれと

私が頼んだのだ。

暴君の頼み事……。

メロスには不吉としか思えなかった。


メロスはよくわからなかった。

ディオニスは恋人だったが、いつも忙しいと言って、会えずに寂しい思いをすることもあった。


会える時は頻繁に会えるが、それでもやはりシラクスの王なのである。


その超多忙なディオニスが、自分の妹の結婚式に出てくれる。

そんなことが本当にあるのだろうかと。


でも、ディオニスはわざわざメロスの生まれ育った村まで来てくれていた。

二人きりでいるときと同じように、優しく微笑みかけてくれる恋人を見上げる。


夢なのではないかと思ってしまった。

とてもとても幸せな。

お兄ちゃんとディオさんが

一緒にお祝いしてくれたら嬉しいな。

妹はそんな二人を嬉しそうに見つめて言った。

フレイア……。

そんなフレイアの笑顔を見ているのは嬉しいし、こんなに機嫌のよいディオニスもいるのだ。

何の不満があるのかと、メロスは自分に問う。


けれど、何か不穏な空気を感じていた。

(いままでにディオが、ここまでボクに都合よく動いてくれたことって、ないよね?)

ディオニスは自分の都合を優先する。

彼は暴君と呼ばれてしまう、シラクスの王なのだ。


忙しいはずなのに会いに来てくれていたが、ひどい時は訓練だけで帰ってしまうことすらあった。会えただけでもよしとしなければいけないと思うし、会えて嬉しいのだが、

(え~?)

と思うことも……。

(もっとちゃんと訓練すればいいのかな?)

と思いながらやっていると、ついつい訓練に熱中してしまうことも。

(もっと訓練したいかも~)
と、思っていると、身体を求められたりする。
(今日はどっちかな~)
と、楽しむようにもなっていたが。


そんなことを2年も続けていたのでメロスも強くなった。

快楽というエサで訓練すると、ここまで強くなれるという見本だ。

(フレイアの結婚式だから、ディオも気を遣ってくれたのかな?)
メロスにとって一世一代(いっせいちだい)の喜ばしい(かもしれない)ことだった。
(それともやっぱりボクを捨てるつもり? 捨てるから、最後に望みを叶えてやろう的な……)

メロスはそんなことを考えてしまった。



…………。
なんだか気が晴れなかった。



……フレイア、この人、誰だか知ってる?
ニコニコと見つめてきている妹に、おずおずと聞いた。
お兄ちゃんの彼氏さんでしょ?
何の疑問も(いだ)いてないよだった。
……なんで

そう思ったわけ?

村での様子はそれ以外に考えにくいが、シラクスでのことがあったのでメロスは聞いた。
だって、お兄ちゃんが来るまで、

ディオさんとおしゃべりしてたのよ?

兄の様子がフレイアには不思議に思えたようで、どうしてそんなことを聞くんだという顔をしていた。
え?
昼過ぎからメロスが着くまでの間、話している時間は山ほどあった。

しかも、メロスについてならフレイアは何時間でも話すことができるし、ディオニスもいくらでも聞くことも話すこともできた。

 

アレクよりもお兄ちゃんのことに詳しいのよ。さすが今カレね。やっぱりアレクは元カレだわ。アレクよりもすごい話が聞けて良かったわ。
キラキラと言う妹に、メロスはめまいがした。
……どんなこと、

聞いたんだ?

お兄ちゃん、

それ、私に言わせたいの?

愛らしく首を傾げ、きょとんとしてフレイアは言った。
………………言わなくていいよ。
メロスは『これは夢である』と誰かに言ってもらいたかった。
フレイア!
家の外からアレクサンドロスの声が聞こえてきた。
フレイア、いるんだろ?

ここを開けておくれ。

問題のメロスの元カレでフレイアの花婿である。
あら、アレクだわ。

ちょっと行ってくるわね。

パッと顔を輝かせ、フレイアはいそいそとリビングを出て行った。
………………。
メロスは妹を目で追った。

そこまで輝いている妹の顔を、メロスは見たことがなかった。

…………。
そんな恋人を、暴君と呼ばれている男は労わるように見つめた。



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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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