3 アレクサンドロス

文字数 3,265文字

フレイアが去り、メロスとディオニスが残された。
ディオ、嫌じゃないの?
何がだ?
と言って、不安そうに見上げるメロスを抱き寄せる。
ボクが恋人だって、

いつも隠してるのに。

メロスはうつむき、小さな声で言った。
…………。
そんなメロスを愛おしそうに見つめ、自分の方を向かせ、
ここでなら構わぬ。
と言って、軽くキスをした。
(ここでなら……)
メロスが生まれ育った村は、農業と酪農が中心に行われているところだった。


ディオニスはシラクス市民にメロスと自分の関係を知られないようにしていたが、そこから10里離れた小さな村の、自分が何者かも知らない人々になら言っても良いと思った。

(それに、こやつに余計な虫を付けないためには、最も効果的だ)
メロスはいつどこで見ても、愛らしかった。

だからディオニスは気が気ではなかった。

……少しは、隠してね。
アレクよりもすごい話が聞けちゃった。
と、妹に言われたのが気になっていた。
(ディオが何を言ったのか、考えたくない……)
ディオニスと会ってしていたのは、訓練だけではない。
何か……、

都合の悪いことでもあるのか?

えっ?!
声を荒げているわけではないが、地の底から響くような声だった。


ないっ、ないっ、ないよっ
ヤバいと思った。
恥ずかしいから、あんまり変なこと、言わないでほしいって……、だけ。
うつむいて恥ずかしそうに言った。
私が恋人であることが

恥ずかしいのか?

メロスは見ていなかったが、ディオニスは嬉しそうに言う。
違うよ、違う……。

すっごく嬉しいけど……。

メロスは困ったようにうつむき、
その……
と、暴君を上目遣いに見つめる。
そのような顔で見るな。
ディオニスは優しい瞳で言った。
ん?
メロスは首を(かし)げる。
我慢ができなくなるではないか。
ディオニスはメロスに口づけをした。
(夢みたい……。ってか、夢なんじゃないか?)
(この後、この幸せが何もかも粉々になるような悪いことが起きるような気がする……)
メロスは楽天家だったが、わりとそういうことは考えていた。

(フレイアと、特にアレクには変なこと言わせないようにしないと……)

アレクサンドロスはどうなっても構わないが、何かあったら大切な妹が悲しむことになるだろう。

不本意ではあったが、メロスはこの二人をなんとしてでも守らねばと思った。







そこに、フレイアとその婚約者のアレクサンドロスが現れた。
メロス!!!
アレクサンドロスはメロスを見ると、両手を広げて向かって来た。
(ひぃ!! アレク?!)
驚いたが、声は出なかった。

アレクサンドロスは知らないとはいえ、メロスの隣に暴君ディオニスがいるのに、それをものともせずに突進してきた。

!?
ディオニスがアレクサンドロスを見る目は、それはそれは恐ろしいものだった。
会いたかったぞ!

愛しい我が義兄よ!!

険悪な表情のディオニスが動くよりも早くメロスは立ちあがり、ディオニスに教えられた通りに抱きついてきた暴漢をなめらかな動作で(ゆか)に押さえ込んだ。


基本に忠実な、ディオニスも満足できる動作だった。

なぜ、こんなことをするのだ!
床に押し付けられたアレクサンドロスは、ちょっと嬉しそうだった。
当たり前だよ……。
俺はおまえの家族になるのだ。

抱きしめても構わないだろう?

床にうつ伏せにされたアレクサンドロスはうっとりしたように言った。

気持ち悪かった。

構うぞ……。
なぜ、そんなことを言うんだ。
アレクサンドロスは床に押し付けられてはいたが、それを苦にせずカッコよく言った。
抱きしめるだけで終わるのか?
2年前は、抱きしめられてキスされて服を脱がされて犯されそうになったところをフレイアに見られた。
終わらせる、

つもりはない。

無駄に爽やかにアレクサンドロスは言う。
じゃ、ダメ。
恥ずかしがらなくてもいい。
恥ずかしがっているんじゃない。

嫌がっているんだ。

照れるな。
照れてない。
メロス、

おまえのいない2年間は、淋しくてどうにかなりそうだった。

悲嘆にくれ、アレクサンドロスは言った。
その間、ボクの大事なフレイアに何したんだ?
そんなものに、かなり不機嫌なメロスは誤魔化されない。
フレイアは素敵な女性だよ。
サクっとアレクサンドロスは言った。

それはそれ、これはこれと言わんばかりだ。

アレク……
フレイアは頬を赤らめた。
メロスの次に愛しているよ。
……!
メロスはイラっとした。
私もよ。
え?
幸せそうに言う妹に驚いて、メロスは手を離してしまった。

当たり前だと思っていたことだし、嬉しかったが意味がわからなかった。

お兄ちゃんが1番目に大好きで、アレクは2番目よ。
俺もだよ。

大切なフレイア。

自分の花嫁になる女を愛おしそうに見つめて言う。
(この結婚、認めていいのか?)
そういう気分になっていた。
だから、

フレイアの兄であるキミは、俺のものだ。

メロスの下でアレクサンドロスは言った。

すると、背後から恐ろしいオーラを感じ、メロスはビクっとした。

違うから、

絶対に違うからね。

メロスはパッと立ち上がり、恋人に言う。

ディオニスは長椅子から起きると、メロスを自分の後ろに置く。


まるで、海神ポセイドンが立ち上がったかのようだった。

それは聞き捨てならん。
恋人に言い寄る、恋人の妹の婚約者を睨み付けた。
(もう勘弁(かんべん)して……)
疲れていたのもあり、メロスは頭がクラクラした。
ディオ、

ちょっと飲みすぎじゃない?

これは私のものだ。
メロスを抱きしめて言う。
ディオ……。
メロスはそっとディオニスに抱きついた。

そう言ってもらえるのは、かなり嬉しかった。


状況がこうでなければ、もっと良かっただろうと、メロスは思った。

誰?

おまえ。

床に寝ころんでいたアレクサンドロスは立ち上がり、敵意を丸出しにしてディオニスに言った。
(ディオにこんなことが言えるなんて、さすがアレクだ……)
アレクサンドロスは空気を読まない。
お兄ちゃんの彼氏さんだよ。
フレイアはアレクサンドロスに耳打ちし、夫になる男に寄りそう。
なにぃ!!!
アレクサンドロスはメロスを見た。

メロス!

シラクスで何してんだよ!

俺というものがありながら、どうして彼氏なんて作ってるんだ!

アレクとは別れてるし……。

覚めた顔でメロスは言った。

俺は別れたなんて思ってない。お前は今でも俺の恋人だ!!!

じゃ、フレイアに手ぇ出してんじゃねぇ……。
覚めた顔はしていたが、怒りは周囲にダダ洩れだった。
いや、それとこれば別だ。
アレクサンドロスはキリっとして言った。

別じゃねーよ。

ボクの大事なフレイアに……。

いつになく険悪な表情だった。

フレイアは、同志なんだ。

共にメロスを想い合う。

メロスの怒りなど、アレクサンドロスには関係がない。

フレイアを珍妙なグループに入れんな。フレイアはボクの大事な妹で、お前はただのフレイアの周りにいる害虫なんだよ……。

美しい顔の分、けっこう怖い雰囲気だった。

お兄ちゃん、それは違うわ。

私、アレクといると、お兄ちゃんのことを話せて嬉しいの。

大切な大切な妹が、メロスに異を唱えた。
フレイア……

大切な大切な妹に言われてしまうと、強く言うことはできない。

アレクがお兄ちゃんのことを

どうやって愛してたかって話を聞いて……。

みるみる妹の頬が上気してくる。
(え?)
お兄ちゃんの身体がどう反応するかとか……。
(ちょっと待て……)
それを聞いてたら

なんか変な気持ちになっちゃって……。

フレイア……。
アレクサンドロスが自然に妹を抱きしめる。
アレク……。
うっとりした目で妹がアレクサンドロスを見つめた。
!!
メロスは慌てて二人を離させる。
おまえら、

二人でボクのどんな話をしてんだよ……。

メロスのことを想像しながらすると、とっても萌えるんだ。
やだっ

アレクったら、恥ずかしいわ。

妹はアレクサンドロスを見つめ、融けそうなほどに頬を赤く染めた。
お兄ちゃんは、

こんな気持ちでアレクに抱かれていたのねって思うと……

お願いだから

もうやめてくれえええええええええええ!!!!!

………………。
さすがに暴君もしゃがみ込んで叫んでいる恋人に追い打ちをかけるのはためらわれた。

ディオニスはただ、愛しいメロスを複雑な表情で見つめていた。

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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