3 アレクサンドロス
文字数 3,265文字
フレイアが去り、メロスとディオニスが残された。
と言って、不安そうに見上げるメロスを抱き寄せる。
メロスはうつむき、小さな声で言った。
そんなメロスを愛おしそうに見つめ、自分の方を向かせ、
と言って、軽くキスをした。
メロスが生まれ育った村は、農業と酪農が中心に行われているところだった。
ディオニスはシラクス市民にメロスと自分の関係を知られないようにしていたが、そこから10里離れた小さな村の、自分が何者かも知らない人々になら言っても良いと思った。
メロスはいつどこで見ても、愛らしかった。
だからディオニスは気が気ではなかった。
と、妹に言われたのが気になっていた。
ディオニスと会ってしていたのは、訓練だけではない。
声を荒げているわけではないが、地の底から響くような声だった。
ヤバいと思った。
うつむいて恥ずかしそうに言った。
メロスは見ていなかったが、ディオニスは嬉しそうに言う。
メロスは困ったようにうつむき、
と、暴君を上目遣いに見つめる。
ディオニスは優しい瞳で言った。
メロスは首を傾 げる。
ディオニスはメロスに口づけをした。
メロスは楽天家だったが、わりとそういうことは考えていた。
アレクサンドロスはどうなっても構わないが、何かあったら大切な妹が悲しむことになるだろう。
不本意ではあったが、メロスはこの二人をなんとしてでも守らねばと思った。
そこに、フレイアとその婚約者のアレクサンドロスが現れた。
アレクサンドロスはメロスを見ると、両手を広げて向かって来た。
驚いたが、声は出なかった。
アレクサンドロスは知らないとはいえ、メロスの隣に暴君ディオニスがいるのに、それをものともせずに突進してきた。
ディオニスがアレクサンドロスを見る目は、それはそれは恐ろしいものだった。
険悪な表情のディオニスが動くよりも早くメロスは立ちあがり、ディオニスに教えられた通りに抱きついてきた暴漢をなめらかな動作で床 に押さえ込んだ。
基本に忠実な、ディオニスも満足できる動作だった。
床に押し付けられたアレクサンドロスは、ちょっと嬉しそうだった。
床にうつ伏せにされたアレクサンドロスはうっとりしたように言った。
気持ち悪かった。
アレクサンドロスは床に押し付けられてはいたが、それを苦にせずカッコよく言った。
2年前は、抱きしめられてキスされて服を脱がされて犯されそうになったところをフレイアに見られた。
無駄に爽やかにアレクサンドロスは言う。
悲嘆にくれ、アレクサンドロスは言った。
そんなものに、かなり不機嫌なメロスは誤魔化されない。
サクっとアレクサンドロスは言った。
それはそれ、これはこれと言わんばかりだ。
フレイアは頬を赤らめた。
メロスはイラっとした。
幸せそうに言う妹に驚いて、メロスは手を離してしまった。
当たり前だと思っていたことだし、嬉しかったが意味がわからなかった。
自分の花嫁になる女を愛おしそうに見つめて言う。
そういう気分になっていた。
メロスの下でアレクサンドロスは言った。
すると、背後から恐ろしいオーラを感じ、メロスはビクっとした。
メロスはパッと立ち上がり、恋人に言う。
ディオニスは長椅子から起きると、メロスを自分の後ろに置く。
まるで、海神ポセイドンが立ち上がったかのようだった。
恋人に言い寄る、恋人の妹の婚約者を睨み付けた。
疲れていたのもあり、メロスは頭がクラクラした。
メロスを抱きしめて言う。
メロスはそっとディオニスに抱きついた。
そう言ってもらえるのは、かなり嬉しかった。
状況がこうでなければ、もっと良かっただろうと、メロスは思った。
床に寝ころんでいたアレクサンドロスは立ち上がり、敵意を丸出しにしてディオニスに言った。
アレクサンドロスは空気を読まない。
フレイアはアレクサンドロスに耳打ちし、夫になる男に寄りそう。
アレクサンドロスはメロスを見た。
覚めた顔でメロスは言った。
覚めた顔はしていたが、怒りは周囲にダダ洩れだった。
アレクサンドロスはキリっとして言った。
いつになく険悪な表情だった。
メロスの怒りなど、アレクサンドロスには関係がない。
美しい顔の分、けっこう怖い雰囲気だった。
大切な大切な妹が、メロスに異を唱えた。
大切な大切な妹に言われてしまうと、強く言うことはできない。
みるみる妹の頬が上気してくる。
アレクサンドロスが自然に妹を抱きしめる。
うっとりした目で妹がアレクサンドロスを見つめた。
メロスは慌てて二人を離させる。
妹はアレクサンドロスを見つめ、融けそうなほどに頬を赤く染めた。
さすがに暴君もしゃがみ込んで叫んでいる恋人に追い打ちをかけるのはためらわれた。
ディオニスはただ、愛しいメロスを複雑な表情で見つめていた。