3 メロスよ、どこへ?
文字数 3,469文字
走って走って走り続け、息が切れて地面に座り込んだ。
後ろを振り返ってもディオニスの姿は見えなかった。
這うようにして近くに生えていた木の陰に行くと、街道から見えないように寄りかかって座り、呼吸を整えながらしばらく待ってみたがディオニスは現れなかった。
磔刑は手足を十字架に打ちつけられ、そのまま放置され、時間をかけて死ぬことになる。最も重い罪を犯した者が受ける刑だった。
メロスはどうでもよかったので見に行ったことがなかったが、悪事を行うとこうなるのだという見せしめでもあり、刑場に人が集められて執行される。
王を殺そうとすれば、そうなるのは当然だった。
メロスはそれを確認して、こっそりここまで走ってきた。
何がどうすればそうなるのかもわからなかった。
けれど、なぜか涙があふれてきた。
自分が磔刑になるのを想像すると、恐ろしくてたまらなくなる。
けれど、自分の代わりにセリヌンティウスが磔刑になると考える方が恐ろしかった。
唯一無二の友を助けるために。
メロスは走った。
そして、しばらく行くと
来る時に通った道ではない細い道が目に入った。
方角は、シラクスにまっすぐ向かっている。
メロスはそこで立ち止った。
村からひたすら走り続け、そろそろ疲労も感じていた。
細い道だったが、人が使っている形跡もあり、ちゃんとした道に見えた。
シラクスまでのいつも通る道はぐるっと回っていて、無駄な距離を走らなければいけない気がする。
その道は、ものすごい近道のような気がした。
◇◇◇
本音のディオニスにはメロスも愛されていると思えた。
メロスが能天気でいられたのも、彼の温もりを感じていたからだった。
いつも感じている温もり。
冷たい人間だと思われがちだが、本当はとても深い愛情がある人間であることを、メロスは感じていた。
それに、ディオニスはメロスを生かすために動いてくれていた。
けれど、それはメロスの望む形ではなかった。
セリヌンティウスを犠牲にするなど、メロスには耐えがたいことだった。
でも、シラクスの王としてのディオニスは、男の恋人がいることを良しとしない。
ディオニスは、シラクスを犯罪のない街にしようと、規則を厳しくして罰を重くした。
そのことで犯罪はなくなったが、活気は失われ、ギスギスした空気が辺りに立ちこめるようになった。
その違和感を、メロスは良く思っていなかった。
はっきりと言うことはできなかったが、もやもやしていた。
村に帰り、その違和感は増した。
村長は、なあなあではあるが、悪いことは悪いと皆に伝えられる。
村は明るく、犯罪も多少は起こるが、罪を犯した者は、村長の寛大な処分に涙を流し、もう悪事は働くまいと心に誓う。
幼いメロスもそうだった。
ただ、それはあの村長だからで、他の人間に同じことをされてもそう思うとは限らなかった。
小さな村だったから、村長のやり方でもよかったのかもしれない。
村よりもずっと人が多いシラクスの街では、ダメなのかもしれない。
メロスも何が正しいのか、よくわからなかった。
悪いことをした人間を処刑してしまえば、本当に平和な世界になるのだろうか?
けれど、赦すだけでもいいのだろうか?
メロスにはわからなかった。
でも、ディオニスなら、村長とは違うやり方かもしれないが、なんとかできるのではないかと思っていた。
メロスには無実の者を処刑してまで守らなければいけないものがあるとは思えない。
冷たい気持ちで、メロスはそう考えていた。
自分がどんなにひどいことをしようとしているのか、わかっていなかった。
メロスは進んでいた。
どこに続くのかわからない道を……。
地図に載っていない、道なき道。
というか、すでに道はなくなっていた。