7 式の準備
文字数 3,656文字
ディオニスは公共浴場に置いてきた。
他の事は、考えないようにした。
考えてもどうにもならない。
寝不足でよれよれな状態。
メロスは気力で動いていた。
思い出すと、いまだに衝撃を受ける。
それと比べると他の事など些細なことだった。
メロスはその祝福のために、準備を整えた。
ちゃらんぽらんで適当で、目の前で起きたことを思いつきだけで乗り切ってきた男だったが、妹のためならなんでもする。それに、この2年間、妹のために何もできなかったのだから、結婚式は自分が中心になって整えなければならない。
けれど、すぐにその顔が曇る。
ディオニスはさんざんやった挙句、満足したのかそのまま寝てしまったので置いてきた。
メロスは急ぎながらも、丁寧に飾り付けをしていた。
怒られるかもしれないと考えると憂鬱だが、嫌ではない。というか、普段ならすごく嬉しい。
ディオニスはメロスもセリヌンティウスも助かる方法を3日のうちに考えると言っていた。
しかし、欲望のままにメロスを貪るディオニス、何かを考えているようには見えない。したいからしているだけのようにもメロスには思えた。
そう思い込もうとしていた。
メロスは自分に言い聞かせていた。
それはメロスが一番よく知っていた。
それに、ディオニスは本当に賢い王で、ふつうの人が考えないような作戦で、これまでもシラクスを守っていた。戦場では味方にとって最善な策を立てた。そこに人としての感情はない。
淡々とした機能重視のシンプルな作戦。
それでいて効果は絶大。
味方なら心強いが、敵ならば恐ろしい。
その典型。
平時であっても権力者が私腹を肥やすようなことはない。
それは厳重にチェックされていた。
メロスはそういうディオニスの考え方が嫌いでない。というか、ものすごく好きだった。憧れてさえいる。そんなディオニスなら、メロスもセリヌンティウスも命を落とさずに済むはずだった。
ただ、
王の重圧に耐えているディオニスを、メロスは知っていた。
とメロスは思ったが、彼はそれをしないだろう。
彼が王でなくなったら、シラクスは立ち行かなくなってしまう。
メロスはそんなことを考えながら、妹の結婚式の準備を進めていた。
急がないと、間に合わない。
◇◇◇
味も悪くないのだが、メロスが作ると台所が散らかるし時間もかかるので、普段はセリヌンティウスの役目になっていた。
祝宴の準備もほぼ完成に近づいてきた頃、
メロスはそれを間髪入れずに殴り倒す。
表情も変わらず、急所を効率よく当てていた。
ディオニス直伝の体術だ。
寝不足のため、気力のみで動いていたので気も立っていた。
それも仕方がない。アレクサンドロスにとって、待ちに待った嬉しい日だ。
アレクサンドロスの胸ぐらをつかんで引き寄せると、目の血管が切れるのではないかという表情で睨み付ける。
淡々と見えるが、目がマジだ。
それでメロスも不満はないのだが、なんとも言えない気持ちになった。
掴んでいた手が知らずに緩む。
笑顔のフレイアは本当に愛らしい。
ふだんも愛らしいが、笑顔のフレイアはメロスにとっても格別だった。メロスもフレイアの笑顔が、心の底から愛しいと思っていた。
たまに役に立つことを言う男が、珍しくまともなことを言った。
メロスもアレクサンドロスのそういうところが嫌いではなかった。
アレクサンドロスはメロスが脅されて身体を要求されていたのを助けてくれた。
彼はメロスを逃げ場のない場所から救ってくれた。
一番似合わない言葉のような気がした。
むしろ彼がそう言うのは、本当にムカついて本当に殺す場合だ。
(ディオが言わないってわかってるんだけど、こう言われたら、ちょっとゾクゾクするかも……。あの怖い目でじーっと見つめられて、見つめられながら服を脱ぐって、超恥ずかしいけど、それに耐えながら見られてるっていいかも……)