7 式の準備

文字数 3,656文字

メロスは家で祭壇を飾り、祝宴の席を整えていた。

ディオニスは公共浴場に置いてきた。

(フレイアのために、ボクががんばらないと……)

他の事は、考えないようにした。

考えてもどうにもならない。


それに、寝ようとすると邪魔が入る。

寝不足でよれよれな状態。


メロスは気力で動いていた。

お兄ちゃんよりも

アレクの方が好き

思い出すと、いまだに衝撃を受ける。

それと比べると他の事など些細なことだった。

……。
妹が望む結婚なのだ。

メロスはその祝福のために、準備を整えた。

(そのために、せっちゃんはシラクスでボクの代わりに牢屋に入れられてるんだから……)
花嫁の兄であるメロスは、結婚式の準備をしなければならなかった。


ちゃらんぽらんで適当で、目の前で起きたことを思いつきだけで乗り切ってきた男だったが、妹のためならなんでもする。それに、この2年間、妹のために何もできなかったのだから、結婚式は自分が中心になって整えなければならない。

 (式が明日だったら出席はできなかった。だからきっと、ディオは今日にしてくれたんだ……)
メロスはディオニスの目的を知らない。
(優しいのに不器用なんだよね)
メロスはクスっと笑った。

けれど、すぐにその顔が曇る。

(なんで、こんなにムキになったようにしてくるんだ?)
おかしいとメロスも思っていた。

ディオニスはさんざんやった挙句、満足したのかそのまま寝てしまったので置いてきた。

(また怒られるかな?)
ディオニスを起こすことはいつもしていなかったし、起きるのを待っていたら式の準備が間に合わなくなる。


メロスは急ぎながらも、丁寧に飾り付けをしていた。

怒られるかもしれないと考えると憂鬱だが、嫌ではない。というか、普段ならすごく嬉しい。

……。
メロスはふと考える。
(アレで対策、考えられるのか?)

ディオニスはメロスもセリヌンティウスも助かる方法を3日のうちに考えると言っていた。

しかし、欲望のままにメロスを貪るディオニス、何かを考えているようには見えない。


したいからしているだけのようにもメロスには思えた。

(それでもディオならできるはず)
方法はわからなかったが、準備はすでに終わっているのかもしれない。

そう思い込もうとしていた。

(ディオはボクには考えもつかないような、すっごいことを考えてくれてる。ディオに任せておけば、何の心配もいらない)

メロスは自分に言い聞かせていた。


ディオニスの態度は暴君だが、なんだかんだ言っても、優しくメロスを扱っていた。

それはメロスが一番よく知っていた。


それに、ディオニスは本当に賢い王で、ふつうの人が考えないような作戦で、これまでもシラクスを守っていた。戦場では味方にとって最善な策を立てた。そこに人としての感情はない。


淡々とした機能重視のシンプルな作戦。

それでいて効果は絶大。


味方なら心強いが、敵ならば恐ろしい。

その典型。


平時であっても権力者が私腹を肥やすようなことはない。

それは厳重にチェックされていた。


メロスはそういうディオニスの考え方が嫌いでない。というか、ものすごく好きだった。憧れてさえいる。そんなディオニスなら、メロスもセリヌンティウスも命を落とさずに済むはずだった。


ただ、

(なんか、嫌な予感がするんだよね……)
なんとなく、そう感じていた。

(ここでなら王様として振る舞う必要はないし、知らない土地でディオも羽目を外してるだけかもしれない)

王の重圧に耐えているディオニスを、メロスは知っていた。

 (王なんて辞めてしまえばいいのに)

とメロスは思ったが、彼はそれをしないだろう。

彼が王でなくなったら、シラクスは立ち行かなくなってしまう。

(責任感が強いとこ、キライじゃないけどさ……)

メロスはそんなことを考えながら、妹の結婚式の準備を進めていた。

急がないと、間に合わない。




      ◇◇◇




こんなもんかな?

ようやく、大神ゼウスとその妻で結婚の女神ヘラの祭壇ができた。

(後は祝宴の席を設けるだけだな。ディオが食材をいっぱい持たせてくれたから、それでごはんを作るぞ)
メロスは意外と食事が作れた。

味も悪くないのだが、メロスが作ると台所が散らかるし時間もかかるので、普段はセリヌンティウスの役目になっていた。


祝宴の準備もほぼ完成に近づいてきた頃、

メロス!
と、アレクサンドロスが後ろから抱きついてきた。

メロスはそれを間髪入れずに殴り倒す。


表情も変わらず、急所を効率よく当てていた。

ディオニス直伝の体術だ。

邪魔すんじゃねーぞ。

おまえの結婚式の準備してんだからな。

メロスがニコリともしなかった。
美しいね

その動作も含めて。

アレクサンドロスは嬉しそうにそう言った。傷が残るような殴り方はしていないが、強めの衝撃とメロスの美しさに頭がクラクラしていた。
ふざけたことぬかすな。
愛しい妹のことを思うと、腹が立って仕方がない。

寝不足のため、気力のみで動いていたので気も立っていた。

他の人はどうしたんだ?
おまえには用がないと言わんばかりにメロスは言った。
間もなく来るよ。

俺は一足先に花嫁と、俺の義兄に会いに来たんだ。

浮かれすぎな調子で花婿は言った。

それも仕方がない。アレクサンドロスにとって、待ちに待った嬉しい日だ。

おまえんじゃねえ。
妹が本当に好きな相手として、心の底から憎しみをこめて言った。
フレイアは俺のものだ。
……。

だから、その兄のキミも俺のものだ!

その言葉に、メロスはプチっと切れた。

アレクサンドロスの胸ぐらをつかんで引き寄せると、目の血管が切れるのではないかという表情で睨み付ける。

おまえ、

本当にフレイアよりボクが好きなのか?

普段は温和と言われるメロスだったが、人でも殺しそうだった。

淡々と見えるが、目がマジだ。

…………すまない、メロス。
アレクサンドロスは辛そうな表情で謝る。

 

メロスは首を傾げた。
ホントは、キミよりも、

フレイアの方が好きになってたんだ。

…………
予想外の言葉に、メロスもしばし固まる。


それでメロスも不満はないのだが、なんとも言えない気持ちになった。

掴んでいた手が知らずに緩む。

フレイアに「メロスが好きだ」って言うと、ホントにいい笑顔をするんだ。その顔がみたくてつい……。
花婿は照れたように言った。
……………………

笑顔のフレイアは本当に愛らしい。


ふだんも愛らしいが、笑顔のフレイアはメロスにとっても格別だった。メロスもフレイアの笑顔が、心の底から愛しいと思っていた。

フレイアが「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って言う顔、ホントにかわいいんだ!
その笑顔はお前んじゃなくて、ボクのためのだぞ……
アレクサンドロスはメロスの言葉を無視した。
キミはこんなにも俺のことを愛していてくれるのに!
思い込みは激しい。
愛してねえぞ。
憎しみを込め、メロスは呟いた。
キミは俺のことを想ってくれているのかもしれないが……、 俺は! フレイアが愛しくてたまらないんだ!
想ってねえからな。
メロスはボソっと言う。
キミが素直じゃないことは知ってるからね。
アレクサンドロスはメロスの表情など気にもせず、キメ顔で言った。
ボクはとてつもなく素直な人間だ。
メロスは本当に素直が取り柄で、素直に真っ直ぐに何事もこなしている。
 
その素直な人間が

どうしてセリヌンティウスと付き合っていないんだ?

急に真面目になったアレクサンドロスは言った。
はぁ?
キミはセリヌンティウスを追ってシラクスに行ったんだろ?
……そうだよ。
意味が違うような気はしたが、メロスはセリヌンティウスを頼ってシラクスに向かった。
それなのに、どうしてキミの彼氏はあんなおっかないヤツになってるんだ? また脅されて、断れなかったのか?

たまに役に立つことを言う男が、珍しくまともなことを言った。

メロスもアレクサンドロスのそういうところが嫌いではなかった。

……脅されてない。
メロスは心にピリっとする痛みを感じた。

アレクサンドロスはメロスが脅されて身体を要求されていたのを助けてくれた。


彼はメロスを逃げ場のない場所から救ってくれた。

そうは見えなかったぞ。
心配したようにアレクサンドロスは言った。
(……脅されては、ないよな?)





しないと殺すぞ。
そう言うディオニスを想像してみた。
……。

一番似合わない言葉のような気がした。

むしろ彼がそう言うのは、本当にムカついて本当に殺す場合だ。 

 

(言い方が違うのかな?)

殺されたくなかったら

服を脱いで横になれ。

そう言うディオニスを想像してみる。

(ディオが言わないってわかってるんだけど、こう言われたら、ちょっとゾクゾクするかも……。あの怖い目でじーっと見つめられて、見つめられながら服を脱ぐって、超恥ずかしいけど、それに耐えながら見られてるっていいかも……)

そこで、メロスはもう少し想像してみた。




ごめんなさい、殺さないで……。
そう言って、服を脱ぐ。
初めから素直にそうしていればいいのだ。
ディオニスはそう言い放ち、メロスをじっと見つめながら服を脱ぎ棄てる。



…………。
殺しはせぬ。

お前が私の物になるのならな。




(それイイ!)
と、思ったがディオニス限定である。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走ります。

ディオニス

暴君。

メロスの今カレ。

セリヌンティウス
メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹。

アレクサンドロス

妹の婚約者。

メロスの元カレ。

村長

村でいちばん偉い人

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