第24話

文字数 3,473文字

       24

 八十パーセントもあたると考えるか、二十パーセントも外れると考えるか、人それぞれだが、台風一過のあとはしばらく晴れるはずの天気予報は、一時的に晴れたきのうをのぞいて外れ、今日の予想はその二十パーセントだった。もちろん悪いほうの予想だ。
 起きて外をみると、小雨が降っていた。風もある。思ったより寒い。年間で、晴れて暑くなる予報から一転して雨で寒くて風が強い日が何日あるかわからないが、私の経験では、こんな日は、ろくなことが起きないと決まっていた。それは、〈今日の占い〉よりははるかにあたる確率が高かった。
 悪い兆候はすぐに現れた。とにもかくにも、トーストと牛乳で簡単に朝食をすませたあと、淹れたてのコーヒーを飲もうとマグカップを口に運んだとき、携帯が鳴った。反射的に時計をみた。午前十一時を指していた。
 所長ではなかった。私の頭のなかの電話帳では、一番優先順位が低い人物からの電話だった。フリーライターの園部直樹からだった。
「いまどこです」
 挨拶もなく、いきなりそう聞いてきた。
「家だ」
 私は不機嫌を隠さずにそう答えた。
「おや、まだ家ですか」
 園部は私の不機嫌など意に介していなかった。
「今日は日曜日だ」
「へえー、お休みですか。ジャーナリストと探偵は日曜も働くと思っていました」
「私は休む派だ」
「なるほど。うらやましいですな」
 なんだかおもしろがっているような声だった。
「用はなんだ」
 これ以上失礼なことをいうようだったら電話を切るつもりだった。
「いまから私のいうところにこられますよね」
 園部の物言いは、はなから私が暇を持て余しているのを見越していた。
「いまからか」
「おもしろいショーをおみせしますよ。できればいますぐ代官山にきていただけると嬉しいのですけどね」
「代官山?」
 代官山と聞いてもピンとこなかった。代官山は私にとって馴染みのない場所だった。
「どのぐらいでこられます」
「一時間はかからないだろう」
 行く気になっている自分を呪った。
「わかりました。詳しいことは会ってからお話しします。とりあえず駅にきてください。東口を出ると、コンビニがあります。車で待っています」
「わかった」
 私は電話を切るとすぐに家を出た。

 いわれたとおりに東口を出て少し行くと、コンビニがあった。その鼻さきに軽自動車が止まっていた。私の車と争うほどのポンコツ車だった。運転席に園部直樹が座っていた。私を認めると、助手席を指差した。
「ではいまからご案内します」
 私が座るとすぐに園部は車を発進させた。相変わらず、らくだ色のポロシャツ、薄茶色の古ぼけたジャケット、空色のズボン、というスタイルの園部直樹は、そわそわと落ち着きがなかった。
「まだいてくれるといいんですがね……」
「どこに行くんだ」
「まあ、ちょっと待ってください。すぐに着きます」
 本当にすぐだった。車は高級マンションが建ち並ぶ一角に止まった。
「大丈夫です。まだいます」
 正面に低層のマンションがみえる。
「正面のマンションに横付けされている黒のミニバンがあるでしょう。あれを追ってきたんです」
「追ってきた?」
 離れているので、車のなかに人がいるかどうかまではわからない。
「ええ、あれは草野代議士の車です。途中で男を拾って、あのマンションに入って行きました。そのあと例の秋本晃も入って行きました。やつはタクシーできました。彼らが入ってかれこれ一時間半になります。そろそろ出てくると思います」
「今度は草野代議士を追っているのか」
「いったでしょう。それぞれの陣営の政治家をウオッチしていると。今日は草野代議士です」
「それはわかった。それでいったいなにがはじまるんだ。そろそろ説明してもらおうか」
「総裁選に関する会議ですね。もっぱらここがやつらの逢い引きの場所です」
「草野と秋本の?」
「そうです。ちなみに、このマンションは草野の愛人が住んでいます。その愛人の部屋を会議に使用しています。ついでにいえば、草野はその愛人に銀座でクラブのママをやらせています」
「へえー、グラビアアイドルにクラブのママか。たいしたもんだ」
「そのぐらいで驚かないでくださいよ。やつはもうひとり愛人を囲っています」
 園部はヒヒヒと笑った。
「とんだスッポン野郎だ」
「お金を持っていますからね。国会議員の資産公開でやつは上位に入っています」
「ふーん、そうなのか。それで何人で会議をしているんだ」
「おそらくいまなかにいるのは、草野と愛人と秋本、そして男の四人です」
「草野が入ったあとに私に連絡したのか」
「そうです。佐分利さんを迎えに行っている間に連中が帰りはしないかと、ひやひやしました」
「ずいぶん熱心なんだな」
「それには理由があるんです。草野が途中で拾った男の存在なんです」
「どういうことだ」
「いやね、男をみて驚きましたよ。こんなに興奮したのは佐分利さんの登場以来ですよ。だれだと思いますか」
「わかるわけがないだろう。いったいだれなんだ」
「驚きますよ」
「ずいぶん勿体ぶるじゃないか」
「男は、余田徹代議士ですよ」
「だれだそいつは?」
「あれ、知らないんですか」
「残念ながら知らないね」
「当選七回のベテラン代議士ですよ。やつはね、なにを隠そう、野島派の人間ですよ。それも派閥の幹部ですよ」
「なに、野島派だって?」
「そうなんですよ。藤井派の草野と野島派の余田が会っているんです」
「余田の裏切りか」
「そうとみて間違いないようです」
「なんでだ?」
「余田代議士は当選七回の五十九歳です。だがまだ大臣経験ゼロです。相当焦っているようです。大臣の椅子をエサに一本釣りですよ。おまけに余田には子分が数人いますからね。まるごと抱き込みですよ」
「あんたも相当やるな」
「フットワークの軽さが売りですからね。私と組んでいるといいことがあるでしょう」
 園部の鼻息は荒かった。
「そこで佐分利さん、われわれの協力関係の証として、佐分利さんにひと肌脱いでもらわなければなりません」
 園部がそういって私の顔をみたあと、ニタリと笑った。
「なんのことだ」
「このあと、もしやつらが別行動した場合のことですよ」
「意味がわからないな」
「わかりませんか」
「……おいおい、ひょっとして、私にだれかを追わせるつもりか」
「持ちつ持たれつじゃないですか。私に同時に複数は無理です」
「呆れたな」
 どうせ暇でしょう。園部の顔はそういっている。あたっているだけに悔しい。
「しかし、あんたはハイエナみたいだな」
「褒め言葉と受け取っておきます。これでもジャーナリストの端くれですからね。とことんやりますよ」
「それは一般紙で培ったジャーナリスト魂というやつか」
「おや、私のことを調べたんですか」
「一応ね」
「佐分利さんもいいお友達がいますよね。もと警視庁捜査一課の警部さんが。佐分利さんにお会いしてから、さらに興味がわきましてね。もっと調べさせていただきました」
「油断も隙もないな」
「お互いさまです。おや、連中が出てきましたよ」
 男が三人、女がひとり、つごう四人がマンションから出てきた。 先頭は男がふたり。ひとりはテレビでお馴染みの草野篤彦代議士。もうひとりは恰幅のいい男。余田徹代議士だろう。うしろに続くのは、背が高くて怒り肩の男。ヤクザも道を譲るという悪相だから、秋本晃だ。横にいるのは秋本に愛想笑いをしている三十代半ばの女。なかなかの美人だ。赤いミニスカートから伸びた脚が肉感的だ。この女が草野の愛人だろう。四人はミニバンの脇で立ち話をはじめた。
「四人衆そろい踏みですな」
 園部が嬉しそうな声を出した。
「さて、これからどうするんですかね」
 園部がそういったとたん、草野と余田は車に乗った。運転席には草野だ。秋本のほうは、車のなかのふたりと車の横に立ったままの女に会釈をして歩き出した。
「どうやら草野と余田は車でどこかに行くようです。私はふたりを追います」
「わかった。私は秋本を追う。まかせておけ」
「そうこなくちゃ」
「しかしあんたも相当しつこいな」
「えへへ、しつこいのが私の身上でして」
 草野と余田が乗る黒のミニバンがゆっくりと発進した。私は急いで園部の車から降りた。園部は私に片手をあげて合図を送ると、ミニバンのあとを追って行った。私は駅に向かって歩いている秋本のあとを追った。
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