第35話

文字数 1,511文字

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 十日が経った。
 秋本の唯一の身寄りである従兄弟と、私や園部らの有志が集まり、秋本の葬儀を質素にすませたばかりだ。それ以外でもそれなりに多忙であった。警察の事情聴取があり、戸川凛子への調査完了報告書作成があり、数え切れないほどの電話でのやり取りがあった。
 戸川凛子からの調査依頼が完了したのは、秋本が亡くなった翌日に、直人と涼平がみんなの前に姿を現したからだ。それを知ったのは、片桐道子からの電話だった。片桐道子によれば、涼平がすべて話したそうだ。その後も戸川凛子をはじめとして、私が直人や涼平の無事を知らせた人たちから感謝の電話があった。彼らが迷惑をかけた人たちのもとを訪ね、頭を下げてまわっていることをその電話で知った。これは嬉しい知らせだった。
 所長とは五度電話でやり取りをした。所長が捜査本部から非公式に得た内部情報によって、私は捜査の状況を知ることができた。だが気が滅入る知らせばかりだった。さらに、付け加えるのならば、小田英明殺しの犯人がいまだにつかまっていないのも、二重に気が滅入る知らせだった。
 まずは拉致の状況。
 三人の供述によって、拉致現場は新宿ゴールデン街劇場前の道路とわかった。三人は、公衆電話から出た秋本を車でつけていて、現場にきたときにたまたま人通りが途切れたので、そこで犯行に及んだとのことだ。そのあと三人は、秋本を町田のクラブに監禁し、執拗に暴行を加えた。
 次に暴行の目的。
 三人は、秋本を拉致して暴行を加えたことなどは認めているが、その目的については黙秘しているとのことだ。組が知らないわけがない。捜査本部の見解だが、それを教えてくれた所長の見解も同じだった。そのため、組の幹部を締め上げているようだが、これもまた口を割ってはいなかった。その捜査本部の見解だが、どうやら秋本が持っているなにかを手に入れようとしての犯行との説が有力だった。どうやらそのなにかのありかを秋本は喋らなかったようだ。そのため、秋本は暴行を受け、さらに連中は秋本の自宅に押し入り、物色したらしい。自宅を訪ねた捜査員の報告だ。秋本は自分の住所だけは喋ったのか、それとも秋本をつけていた暴力団が住所を知ったのかは不明だった。
 最後に現場がなぜ新宿ゴールデン街劇場前だったのか。
 それについては、園部と会う前に時間があったのでゴールデン街で一杯引っかけるつもりだったのでは、とこれは捜査本部もそうだが、所長の見解でもあった。私もそれは賛成だった。
 園部とは二度電話でやり取りをした。園部は、秋本がいまわのきわに言い残した言葉を知りたがった。それを私から聞いて知ると、今度はその意味を知りたがった。秋本から聞いたとき思わず、わかった、といったが、わかってはいなかった。意味を知りたいのは本当は私だった。
〈さまよえる臓器〉
 この言葉を私はずっと考えていた。秋本は眼の前にいるのは私だと認め、最後の力を振り絞ってこの言葉を私に残した。だが、さまよえる臓器というのは、いったいどういうことなのか。なんで臓器がさまようのか。私は悩み、そして混乱した。しかし私はその意味を理解し、そして秋本を満足させてやらなければならなかった。
 秋本は、暴力団を刺激させてしまった大きなネタをつかみ、それを週刊誌に売り込むつもりでいたらしい。園部がそう教えてくれた。いまはこれが霧のなかをたどっていくためのたったひとつの道しるべだった。私は、臓器という言葉から連想されるさまざまな事象を考えた結果、おぼろげながらひとつの仮説を立てた。そのために日本腎臓移植推進協会理事長の狩野照子に会う必要があった。
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