第30話

文字数 1,767文字

       30

 足取りも軽く事務所に向かった。高揚した感情が腹を満たしたのか、昼飯のことは頭に浮かばなかった。
 途中で買ったお茶のペットボトルをデスクの上に置き、バッグから携帯を取り出した。最初に報告するのは、依頼人の戸川凛子でなければならない。十回ほどベルが鳴ったあと、彼女の声が聞こえた。私は開口一番、直人がみつかったといった。
「本当!」
 戸川凛子は大きな声を出した。
「涼平君も一緒です。いまふたりに会ってきたばかりです」
「どこにいたの?」
 戸川凛子は早口で聞いてきた。
「涼平君の友達のマンションです。そこにふたりで身を隠していました」
「それでふたりはいまどこに?」
「まだマンションです。少し考える時間が必要とのことです。だがすぐにみなさんの前に姿を現すはずです」
「ふたりは元気なのね」
「元気ですよ。心配はいりません」
「そう。よかったわ。それで、道子さんへの連絡は?」
「まだです。私からしますか、それともあなたからしますか」
「そうね……佐分利さんから説明されたほうがいいわ。理事長の狩野照子さんへは私からしておきます」
「わかりました」
「それで、直人君の失踪だけど、理由はわかったのかしら」
 私は、涼平と直人から聞いた話を手短に話した。
「そういう理由なの?」
 聞き終わった戸川凛子は呆れた声を出した。
「どうもそういう理由らしいです」
「未熟といってしまえばそれまでだけど、彼の優しさが表に出たのかも知れないわね」
「叔母さんときちんと会って、これからについて真摯に話し合い、そうしてどうするのが一番いいのか、もう一度考えて決断しなければいけない。これはあなたからの伝言です。間違いなく彼に伝えました」
「そう。ありがとう。彼はなんて答えたのかしら」
「そうすると約束してくれました」
「嬉しいわ」
 戸川凛子はフフフと笑った。
「これでひとまず安心ね」
「いずれ彼の口から説明があるでしょう」
「いいわよ。佐分利さんからうかがったから」
「そうはいきません。彼には責任を持って説明をさせますよ」
「わかったわ。そのうちにね」
「それから、例のホストが殺された事件ですが、涼平君にはアリバイがあるそうです。私の見立ても彼はシロです」
「道子さんだけど、息子さんのことはまだ知らないんでしょう」
「行方がわからなかったことですね。ええ、たぶん知らないでしょう」
「恐喝のことも含めて、そのことは道子さんには秘密にしておいたほうがいいわね」
「承知しました」
「ねえ、佐分利さん、直人君の失踪と涼平君の失踪は関係があるとあなたはおっしゃったけど、あたっていたわね。さすがね」
「恐れ入ります。これで私の調査は半分終わりました。彼が出てきた時点で完了です」
「ではまだ契約は継続ね」
「そういうことになりますが、それでよろしいですか」
「結構よ。どうもご苦労さま」
 戸川凛子との電話を終えると、すぐに片桐道子にかけた。息子の涼平のことは一切話には出さず、友達のマンションにいた直人をみつけたことと、まもなく姿を現すと約束したことだけを話した。彼女は安堵と嬉しさのこもった声をあげ、矢継ぎ早に質問をしてきたが、詳しいことは本人から聞いてほしいといって電話を終えた。直人が私に約束したことは、私からいうよりも直人の判断にまかせたほうがいいと思ったので、あえて話に出すことはしなかった。次は、小田愛子にかけた。涼平がみつかったことと、本人が必ず連絡をすると約束してくれたことを伝えた。若い娘の華やいだ声は活力剤になった。そのあとは、阿比留伸介と立花有紀にかけた。阿比留伸介には、直人と涼平がみつかったこと。立花有紀には、直人がみつかったこと。その事実だけを簡単に伝えた。阿比留伸介は父親の健太郎に、立花有紀は手塚健一に、それぞれ伝えると約束してくれた。次は、畑中浩之だった。無事に息子のマンションで涼平をみつけたことを話し、あらためて礼をいった。最後は、所長にかけた。所長には経過も含め、かなり長い電話となった。
 調査は半分終えたと、戸川凛子に話したが、こうして関係者に連絡を終えてしまうと、すでに九割がた終わった気分だった。肩の荷が下りたためか、急に腹が空いた。私は遅い昼飯を食べに外出した。
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