トラウト・マスク・レプリカ【第一話】
文字数 1,472文字
「自分を大切に。ひとを嫉んでもよいことはないのだ、結果的には。わたしだって憎しんでいる奴はいるけど、それに捕らわれたらこの世は地獄に変わっちゃうのだ」
部屋が壊された金糸雀姉妹のマンションから出て、わたしとコノコ姉さんは、マンションのある波止場から、空美坂までとぼぼと夜の街を歩いている。
金糸雀姉妹のラズリちゃんとラピスちゃんは、学園の高等部の校舎内に仮住まいすることが決まった。
生徒会長が斎藤めあさんになってからは、斎藤めあさんは学園内に緋縅氷雨ちゃんと一緒に住んでいるらしい。
そこに居候というかルームシェアというか、うーん、上手く言葉が見つからないのですが、宿直の先生みたく、空美野学園の校舎に住むことになった、というわけなのでした。
「目まぐるしくいろいろあって、わたしは気が動転しそうですよぉ」
頭の後ろに手をやって、鼻歌交じりの朽葉コノコ姉さんは、
「涙子ちゃんの救出をしなきゃならないのだ。でも、水兎学派の連中が涙子ちゃんをすぐに殺すとか、拷問にかけようという風には、たぶんならないのだ」
と、わたしに言う。
「どういうことです? 西と東の対立があって、お姫さまである涙子さんが連れさらわれてしまったのですよぉ? あ、それとも身の代金か交換条件を出して政治交渉をするのでしょうか」
と、鼻息荒く言うのはわたし、佐原メダカ。
「非常時にはだれかがスケープゴートにされるのだ」
「なんですか、その透け透けぱんつでゴー、って」
「どういう聞き違いなのだ、メダカちゃん。スケープゴートっていうのは、〈贖罪の山羊〉と、日本語訳されるものなのだ。集団のなかで、その集団や個人の罪の意識から憎悪、反感、敵意、攻撃的衝動を本来の原因からそらし、なんのいわれもない、報復や反撃の可能性の少ない弱者や逸脱者に転嫁し、非難と攻撃の標的として血祭りに上げることを指すのだ」
「え? その説明じゃわからないのですが」
「集団内でなにか起こったときに〈あいつが全て悪い!〉と、責任をひとりの人物に転嫁するのだ。それが、スケープゴート」
なるほど、とわたしは頷いた。
コノコ姉さんは、わたしが歩くその前方に回り込み、行く手をふさぐようにして、上半身を少し折り曲げて、わたしを見上げるようにして見て、はにかんだ。
「〈サファイアの誓い〉って、覚えているのだ?」
コノコ姉さんがはにかんだ姿が妙に艶めかしくて、わたしは目と目が合った瞬間、ちょっとだけ目を逸らした。
「えぇと、確か、姉妹の契りのことを、この学園では〈サファイアの誓い〉と呼ぶのでしたね」
「そうなのだ。〈サファイアの誓い〉は、お互いが身も心も相手に捧げる契りのことを指すのだ。とーっても尊いものなのだ」
「それがどうしたのですか、姉さん」
「この戦いが終わったら、わたしたちも〈サファイアの誓い〉をするのだ」
わたしは息を飲み込む。
「わたしなんかで……いいんですか、コノコ姉さん」
「メダカちゃんとじゃなきゃ、わたしは嫌なのだ」
わたしがもじもじとして恥ずかしがってしまうと、コノコ姉さんはくすくす笑って、
「その話は、また今度、なのだ」
と言って、夜空を見上げ、わたしも一緒になって夜空を見上げたのです。
コノコ姉さんが、両手を水平に突き出して、その手をわたしに差し伸べる。
わたしはコノコ姉さんの両手を自分の両手で繋ぐ。
二人で微笑み合うと、コノコ姉さんはその手をぎゅっと握ったのです。
「コノコ姉さん……」
嬉しくて、涙が出そうなのでしたが、黙って、わたしは泣きそうなのをごまかすようにして、強く手を握り返したのでした。
部屋が壊された金糸雀姉妹のマンションから出て、わたしとコノコ姉さんは、マンションのある波止場から、空美坂までとぼぼと夜の街を歩いている。
金糸雀姉妹のラズリちゃんとラピスちゃんは、学園の高等部の校舎内に仮住まいすることが決まった。
生徒会長が斎藤めあさんになってからは、斎藤めあさんは学園内に緋縅氷雨ちゃんと一緒に住んでいるらしい。
そこに居候というかルームシェアというか、うーん、上手く言葉が見つからないのですが、宿直の先生みたく、空美野学園の校舎に住むことになった、というわけなのでした。
「目まぐるしくいろいろあって、わたしは気が動転しそうですよぉ」
頭の後ろに手をやって、鼻歌交じりの朽葉コノコ姉さんは、
「涙子ちゃんの救出をしなきゃならないのだ。でも、水兎学派の連中が涙子ちゃんをすぐに殺すとか、拷問にかけようという風には、たぶんならないのだ」
と、わたしに言う。
「どういうことです? 西と東の対立があって、お姫さまである涙子さんが連れさらわれてしまったのですよぉ? あ、それとも身の代金か交換条件を出して政治交渉をするのでしょうか」
と、鼻息荒く言うのはわたし、佐原メダカ。
「非常時にはだれかがスケープゴートにされるのだ」
「なんですか、その透け透けぱんつでゴー、って」
「どういう聞き違いなのだ、メダカちゃん。スケープゴートっていうのは、〈贖罪の山羊〉と、日本語訳されるものなのだ。集団のなかで、その集団や個人の罪の意識から憎悪、反感、敵意、攻撃的衝動を本来の原因からそらし、なんのいわれもない、報復や反撃の可能性の少ない弱者や逸脱者に転嫁し、非難と攻撃の標的として血祭りに上げることを指すのだ」
「え? その説明じゃわからないのですが」
「集団内でなにか起こったときに〈あいつが全て悪い!〉と、責任をひとりの人物に転嫁するのだ。それが、スケープゴート」
なるほど、とわたしは頷いた。
コノコ姉さんは、わたしが歩くその前方に回り込み、行く手をふさぐようにして、上半身を少し折り曲げて、わたしを見上げるようにして見て、はにかんだ。
「〈サファイアの誓い〉って、覚えているのだ?」
コノコ姉さんがはにかんだ姿が妙に艶めかしくて、わたしは目と目が合った瞬間、ちょっとだけ目を逸らした。
「えぇと、確か、姉妹の契りのことを、この学園では〈サファイアの誓い〉と呼ぶのでしたね」
「そうなのだ。〈サファイアの誓い〉は、お互いが身も心も相手に捧げる契りのことを指すのだ。とーっても尊いものなのだ」
「それがどうしたのですか、姉さん」
「この戦いが終わったら、わたしたちも〈サファイアの誓い〉をするのだ」
わたしは息を飲み込む。
「わたしなんかで……いいんですか、コノコ姉さん」
「メダカちゃんとじゃなきゃ、わたしは嫌なのだ」
わたしがもじもじとして恥ずかしがってしまうと、コノコ姉さんはくすくす笑って、
「その話は、また今度、なのだ」
と言って、夜空を見上げ、わたしも一緒になって夜空を見上げたのです。
コノコ姉さんが、両手を水平に突き出して、その手をわたしに差し伸べる。
わたしはコノコ姉さんの両手を自分の両手で繋ぐ。
二人で微笑み合うと、コノコ姉さんはその手をぎゅっと握ったのです。
「コノコ姉さん……」
嬉しくて、涙が出そうなのでしたが、黙って、わたしは泣きそうなのをごまかすようにして、強く手を握り返したのでした。