introduction(2/2)

文字数 21,493文字

   ☆



 午後の授業が始まる前、お昼休みが終わる頃、ふらふらの疲れた顔を隠せないままの金糸雀ラズリちゃんが、わたしとコノコ姉さんが喋っていたところにやってきたのでした。
「おはようございます……、コノコお姉さま。本日も麗しいお姿で……」
「おはようなのだ、ラズリちゃん。そう言うラズリちゃんはくたくたになっているのだ。わたしにお世辞言ってるヒマがあるなら、休むのだ。保健室にでも行った方がいいのだ」
 ため息を吐くラズリちゃん。
「お世辞じゃありませんわ。お姉さまはお美しい……、って、そう言う話ではなく。風紀委員総出で犬殺しの犯人探しをしていますの。生徒会が主導して。異能力痕跡を残してないから、跡を探ることも出来ません。プロの手口ですわ」
「うーん、外部の人間の犯行ではないのだ? もしくは、高等部ではない、学園の誰か」
「皆目見当もつかないのです。学園としては、警察を介入させる前に、学園の者の犯行ではない、という証拠を掴みたいのです」
 わたしには話が掴めない。
「どういうことですぅ?」
 と、わたし。
「阿呆は今日も本当に阿呆ですわね。学園をマイナスアピールすると厄介なのです。マスメディアを封殺することは出来るしソーシャルネットワーキングもどうにか出来る、としても、この街が〈ディスオーダー〉の研究を行っていることだけは秘匿されねばならないのです。禍根は断つべきだと、学園は思っているでしょう。それに、異能が開示されたら、大変なのですわ」
「え? なんでですかぁ」
「この国は先の大戦で敗戦国となりました。実はその時点から、この国は戦勝国から実験国家とされたのです。この空美野市のことなんて、どこにでもあるような事柄というのはそういうことですわ。この国は戦勝国からしたら悪魔の国で、だから敗戦したし、この敗戦国の国民なんて人間ではなく、すべて戦勝国が神の国に至るための踏み台、モルモットにしか過ぎない、と考えているのですわ」
「わたしたちはモルモットなのですか……」
「ゴホン。話が逸れましたが、人権無視でディスオーダー能力を開発され、これから異能力者として〈出荷〉されていく我々のことは秘匿されねばならない。〈犬神博士〉の術式も、知る人ぞ知る有名な占筮(せんぜい)ですから、尻尾を掴まれるわけにはいかないのですわ。この学園で処理出来るのならば、処理されねばならない。学園の教員は外部犯行の場合を考えて動いておりますの。生徒は、自らの自治のため、学園内犯行の場合を考えて動いておりますの。繰り返しますが学園としては、警察を介入させる前に、学園の者の犯行ではない、という証拠を掴みたいのです」
「それで駆り出されてやつれているのですか〜。ラズリちゃん、大変だぁ」
「で。この阿呆、佐原メダカにもミッションですわ」
「は? わたしになんなんですかぁ?」
「うちの妹のラピスが熱を出して寝込んでおりますの。テレビゲームを朝までやっているような、あの愚妹も阿呆ですから、風邪を引きますのよ。ふぅ。あの阿呆のラピスの面倒を、佐原メダカ、あなたに頼みますわ。具体的には、ドラッグストアで総合感冒薬と解熱剤を買って、ラピスのもとへ届けて頂戴」
「なんでわたしなのですかぁ。面倒くさい」
「バカは風邪を引かないって言うじゃなりませんこと? 佐原メダカなら、熱を出して寝込んでるところに届けに行っても、どうせ風邪を移されるはずがありませんわ」
「えぇー」
「頼みましたわ」
「わかった。お尻の穴にぶっ挿す坐薬(ざやく)を買って、ラピスちゃんのアナルヴァージンを奪えばいいのですねっ!」
「あなた、ぶっ殺すわよッッッ」
「ひぃ! うそですよぉ〜」
「では、コノコお姉さまは、お姉さまのディスオーダーでわたしたちの手伝いを、放課後に依頼いたしますわ」
「わかったのだ」
「はぁ〜い」

 と、いうことで、放課後は、ラズリちゃんの妹である金糸雀ラピスちゃんのおうちへ行くことになったわたしなのでした!



   ☆



 学園から出て駅前の市街地を歩くわたし。
 行き先はドラッグストアだ。
「坐薬坐薬坐薬坐薬〜。あっなるにぶっ挿すざっやくー」
 もうこれは坐薬しかないな、と思うのです。
 超強力な解熱剤だし、ラピスちゃんのお尻を責めちゃうのですよぉー!
 ヒャッハー!
 だがしかし!
 わたしにはさっそく障害が待っていたのでした!
 なんと、入ったドラッグストアには坐薬が置いてないのでしたぁ!
 渋々と、わたしは店員さんに紹介されるがまま、最新の総合感冒薬と解熱剤を買うことになったのでした。
 これがおすすめですよぉー、って言われ、はいはいと適当に相づちを打っていたら、いつの間にかレジに進んでいて、ラズリちゃんから渡されたお金を支払っていて、わたしの手には紙袋に入れられたお薬がどでーん、とあったというわけなのですよぉ。
 なんてことでしょうか。
 わたしはラピスちゃんのアナルヴァージンを奪う権利を剥奪されてしまったみたいじゃないですかぁ!
 ぷんすか!
 もうやけくそです。
 おつりでジュースをたらふく買ってやけ飲みしますぅ〜!
 と、そんなわけで、輸入雑貨店でルートビアを買って飲むわたし。
 六本セットを買いましたが、こんなの一瞬で飲み尽くします。
 ええ、飲み尽くしますとも!
 緑地帯のベンチに座って飲むわたし。
「さて、ラピスちゃんの家は、波止場の近くですねぇ。親と別居して、ラズリちゃんとラピスちゃんの二人住まい。家には寝込んでいるラピスちゃんがひとり。んん? もしかしてこれはワンモアチャンス! ありますよぉー! おおありですよー! ラピスちゃんの身体を奪っちゃいましょう、そうしましょうッッッ!」
 勇み足で緑地帯を出て波止場に向かうわたし、佐原メダカ。
 だが、ちょっと、立ち止まる。
「アーケード街にある古本屋に、寄ってから行きましょう」
 そう、わたしはウェブ作家という顔を持っているのです。
 わたしはウェブ作家・成瀬川るるせ。
 掘り出し物のチェックを怠ってはならないのですよっ!

 アーケード街に到着すると、古本屋の自動ドアの前に立つわたし。
 古ぼけた自動ドアがうぃーん、と機械音を出しながら開くと、吸い込まれるようにわたしは店内に入るのでした。
 ボーイズラブコーナーを物色すると、ウェブでは何故か売っていない、ジュネー全集という箱入りのハードカバー本が入荷されているのを確認したのだった!
「こ、これは欲しかった奴だぁ……」
 恐る恐る手に取るわたし。
 ですが、同時に手を伸ばすひとが横にいて、わたしの手とその女性の手が触れたのです。
 思わず手を引っ込めるわたしと、隣で手を伸ばしていた女性。
 横にいたその女性をわたしは見る。
「ふぅむ。空美野学園の子ですね」
「あら。あなたもジュネー全集が欲しいの?」
「あなたもそうなのですか」
 気が合うかな、と思ったのだけど、その子は、わたしを睨め付けてきた。
 うっ、その目が怖い。
「わたしは近江キアラ。〈サブスタンス・フェティッシュ〉能力者として、一流なのよ」
「さぶすたん……、えーっと、なんです、それ?」
 はぁ、と息を吐く近江キアラちゃんというその女生徒。
「物理攻撃を扱える能力を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶのでしょうが。あなた、素人の方? 制服を見ると学園の者らしいから言ってみたのだけれども」
「具体的にはどんな能力をお持ちで」
「それは、ね」
 近江キアラちゃんがニヤリ、と笑うと。
 本棚の本が爆発して、誘爆するかのように、棚の本が次々に爆発しだした。
 爆風に吹き飛ばされるわたし。
「ふん! 知っていてよ、あなた、佐原メダカでしょう? あの風紀委員のホープ、金糸雀ラズリの仲間の」
 爆風で倒れているなか、キアラちゃんは、腰に手を当てたポーズを取りながら、そう言った。
 ど、どういうことなのですかぁ?



   ☆



 焼け焦げた匂い。
 本棚が燃えている。
 本は爆発して大半が消し炭になっている。
 空美野市、アーケード街の古本屋。
 天井のスプリンクラーから水のシャワーが吹き出している。
 出入り口に殺到するお客さんたち。
 倒れていたわたしは、起き上がると目の前で腰に手をやって勝ち誇った表情の近江キアラちゃんと向き合う。
 キアラちゃんは、高等部二年生のバッジをつけている。
 スプリンクラーの散水を浴びながら、わたしはキアラちゃんと対峙した。


「物理攻撃を扱える異能を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶ。それに対して心・空間を扱う異能を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。この異能力を総称して〈ディスオーダー〉と呼ぶ。……それが、この異能の世界の〈基礎〉」
 そう、近江キアラちゃんは言った。


 うひー、とわたしがうめいていると、キアラちゃんは続ける。
「わたしのサブスタンス・フェティッシュは〈爆弾〉。物を爆弾に変えることが出来る」
「梶井基次郎ですか、あなたはぁ〜!」
「意外と博学なのかしら、あなた」
「梶井基次郎の『檸檬』くらい誰だって知っていますよぉー」
 そう、わたしはウェブ作家だし、そりゃあ、知ってる。
 説明している余裕はないけれども。
「話は早いわ。わたしの〈爆弾〉の異能力は強い。強いからもう逆らわないで。お願い。どうせわたしが犯人だと勘違いして風紀委員が来るでしょうから、あなたを拉致するわ、悪く思わないで頂戴な、佐原メダカ。あなたを拉致してラズリへの盾にするわ。わたしの安全の確保のための道具になってね!」
「うえー。言ってることがめちゃくちゃ過ぎますよぉー」
「当然! あなたを盾にして攻撃を受けないようにしながら、街の外へ逃げるわよ」
 スプリンクラーの散水が霧をつくりだして見えないけど、出入り口方向から声が聞こえてきた。
「近江キアラ! 容疑者のあなたが動いているということはやはり、事件に関与していますわね? あなたを風紀委員会の反省部屋に監禁します。出てらっしゃい」
「やなこった! 喰らえ、〈わたしが捧げる爆弾〉を!」
「遅いですわッッッ! 〈スタンカフ〉ッッッ!」
 光の輪っかが二つ同時に飛んできたかと思うと、キアラちゃんの両手と両足にぶつかり、その光の輪っかはぐるぐるまわって、手足を拘束した。
 両足をぐるぐる巻きに拘束されたのでバランスを崩し、盛大に顔面から転げるキアラちゃん。
 手も拘束されたので手でダメージを軽減することも出来ず、頭を打ち付けて「うひっ」と漏らすと、額から出血しながら床で大人しくなった。
「そうですわ。大人しくしていないさい、近江キアラ」
 近づいてくる人影。
 間近にくると、それは金糸雀ラズリちゃんでした!
 わたしを一瞥すると、ラズリちゃんは言う。
「びしょびしょになって、なに油売っているのでして? 制服が水で透け透けになったのを自撮りしてしまったのかしら、地雷系女子さん?」
「ここでそのギャグを蒸し返しますかぁッッッ? ラズリちゃん、一体これは?」
「重要参考人として近江キアラを確保しに来たのですわ。狙われていたのは、メダカ、あなたよ。……それも、風紀委員のわたしに対しての外交カードにするために、ね」
 やれやれ、という風に、ラズリちゃんは言った。
「早くラピスのところに向かいなさい。言ったでしょ?」
「言ったって、なにをですぅ?」
「あなたは阿呆だってことを。大人しく従う方がいいのでしてよ。阿呆の考えはこれだから。古本屋に寄るって、全く」
「わたしだってちょっとは寄り道したいですよぉ」
「下手の考え休むに似たり。バカ言ってないで早く向かいなさい」
「え〜? わかりましたよぉ、もぅ」
「ほんと、みちくさ喰ってる場合じゃなくてよ? わたしとラピスの家の方が安全なの。わかるかしら? コノコお姉さま、涙子さま、そしてわたしの共通した友人なのですから、捜査線上に上がる人物なら、拉致とか監禁とか、そういうことをし出すのはわかっていましたの。だから、早くラピスの相手でもしてあげていて、佐原メダカ」
「は、はぁ」
 そういうことだったんですね……、わからなかった。
 頷くとわたしは、落としたドラッグストアの袋と学生鞄を拾って、それからラズリちゃんに、
「ありがとう」
 とだけ言って、ボロボロになった店内を抜ける。
「わたしは犯人じゃないわよ!」
 転げているキアラちゃんが叫んだ。
「うっさい!」
 〈スタンカフ〉をさるぐつわの代わりにして巻き付けたラズリちゃんは、わたしの方を振り向かない。
 それがちょっとかなしくて、わたしは寂しい気分になった。
 学園生活はどうなっちゃうのでしょう。
 涙が流れそうになるけどこらえて、わたしは波止場にあるラピスちゃんの家に再び向かうことにしたのでした。



   ☆



 波止場にあるマンションに着いた。
 ここの六階に、金糸雀姉妹の部屋はある。
 マンションの前で認証を受けて建物の中に入ると、わたしはエレベータに乗って、六階に行く。
 金糸雀姉妹の部屋の前で、佐原メダカですぅ〜、と挨拶すると、鍵が開いた。
「にゃたしの風邪、感染するかもしれないんにゃよ、メダカ。……へっくし!」
 くしゃみをして鼻水をすする猫耳パーカーの女の子。
 それが金糸雀ラズリちゃんの妹の金糸雀ラピスちゃんだった。
「総合感冒薬と解熱剤買ってきましたぁー!」
「にゃりがたいにゃぁ! まあ、部屋に上がれにゃ、メダカ」
 玄関で靴を脱ぎながらわたしは、
「そうしますぅ」
 と返した。
 リビングに着くと、わたしは感冒薬と解熱剤が入った紙袋を渡す。
「にゃ? この紙袋、ボロボロにゃし、雨でもないのにメダカも服が濡れてるし、どーしたにゃ?」
 わたしは、近江キアラちゃんという〈爆弾魔〉と出会ってラズリちゃんに連れていかれた話をした。

 ラピスちゃんは、ふぅ、と息を吐いてから、こんなことを言う。
「しあわせはみな、同じ顔をしているが、ひとの不幸はそれぞれさまざまな顔をしている」
「誰の言葉ですかぁ?」
「本当は知っているクセに訊くもんじゃにゃいにゃ、メダカ。もちろんこれはトルストイの『アンナ・カレーニナ』からの引用にゃ」
「十人十色と言うからには、こころの数だけ恋のかたちがあっていい」
「それも『アンナ・カレーニナ』からにゃね。ウェブ作家は気取っている生き物にゃねぇ」
「ふふ。繋げると恋と不幸は同じくたくさんの種類があることになりますねぇ」
 ラピスちゃんは、笑いながら、リビングのソファにどさっと音を立てさせながら深く、埋もれるように座った。
 テーブルを隔てて向かい側のわたしも、ラピスちゃんに準じて、ソファに埋もれた。
「にゃはは」
「なにがおかしいのですぅ、ラピスちゃん」
「爆弾魔も、飛んだ被害を受けたものにゃ」
「どういうことですぅ」
「たぶん、そいつ、〈冤罪〉にゃ」
「冤罪?」
「冤罪っていうのは、無実の罪を意味する言葉にゃ。実際には罪を犯していにゃいのに罪を犯した犯罪者として扱われることを指す言葉にゃんだにゃ」
「それくらい知ってますよぉ、ぷんすか!」
「ほんと、ひとの不幸はそれぞれさまざまな顔をしているのにゃねー。風紀委員会の反省部屋と言ったら学園の〈独房〉のことにゃ。アンラックにゃねー、そのキアラって奴は。にゃはは」
「ひとりで納得してないでわたしにもわかるように話してくださいよぉ!」
「わかったにゃ」
 檸檬の輪切りの浮かんだ水の入ったピッチャーからタンブラーにその水を注ぎ、ラピスちゃんは、わたしが渡した解熱剤の錠剤を飲む。
「にゃたしは、愚昧な姉とは考えが違うんだにゃあ」
 解熱剤を飲み下すと、またソファに埋まるラピスちゃん。
 わたしは、ラピスちゃんが話し出すのを、しばらく待つ。
 窓ガラスから、茜色の夕陽が見える。
 茜色に染まるラピスちゃんの猫耳フードパーカーからのぞく顔は、にゃーにゃ言ってる割には、ゆったりとリラックスしていて、わたしには不思議に感じる。
 ラピスちゃんは、夕陽で全身を茜に染め、そして語り出す。
 茜色に映えるラピスちゃんは、とても可愛くて、わたしは息を飲んだ。



   ☆




 ラピスちゃんは、話し出す。
「にゃたしは、あるとき、外仕事のバイトを手伝ったことがあるのにゃ。そのとき、有名大学の非常勤講師が空いた時間を使ってにゃはりバイトをやっていて、一緒に仕事をすることになったんにゃ。その大学の生徒もバイトにいて、非常勤講師を見かけてビビってたにゃぁ。で、休み時間、その講師と一緒ににゃたしはコンビニへ行って昼ご飯を買うことになったんにゃよ。で、講師はお弁当コーナーで、横にいるにゃたしを見て、こう言ったのにゃ。〈このなかに、ひとつだけ「正解」がある〉と」
「はぁ。ひとつだけ、お弁当で正解があって、あとは外れ、ということですか」
「そういうことにゃ。昔の話になるのにゃが、コンビニ弁当は保存料や、お米の光沢剤使用の問題で、いろいろ言われていた時期があるのにゃよ。で、それは置いて、〈もしもコンビニ弁当を買うしかなかったら、正解はひとつしかない。または、それに類似する特徴を持った弁当を選ぶしかない場合、正解はなにか〉と、その講師は言ったんにゃ」
「で。どれが正解だったのですかぁ」
「答えは、『幕の内弁当』にゃ」
「何故ですかぁ? 意味がわかりません。だって、ほかの弁当と同じ保存料や光沢剤の問題を抱えている可能性を考えたら、具材のひとつひとつに違いがある、というのは種類が違うだけで保存料などは同様に使われているから、問題自体は解決できない」
「ふふ〜ん。具材の種類ではなく、ここで問題にゃったのは、種類の〈数〉だったのにゃ」
「んん? どういうことですかぁ」
「つまり、幕の内弁当は、〈ほかのコンビニ弁当と比べて、異様なまでに入っている具材の品目が多い〉ので、正解だったのにゃ」
「品目が多い、とは?」
「一日に推奨されている食べなくちゃならない食材の品目って、めちゃくちゃ多いのにゃが、そこを幕の内弁当はクリア出来るか、クリアに近い数の品目を一回の食事で食べることができるのにゃ。それが、例えば唐揚げ弁当だったら、下手すると唐揚げしか入ってなくて、品目の種類が極端に少ない。〈指標から考えて、おいしい部分が少ない〉のにゃよ。選ぶなら、なにかしら〈自分の益になる〉ものを選ぶのがよい、と考えた場合、少なくとも、品目の数という課題だけでもクリア出来る幕の内弁当は、ほかより優れた点がある、ということで、その講師は〈これが正解だ〉と言ったのにゃ」
「なるほど!」
「ふふ〜ん。安楽椅子探偵みたいにゃ、今のにゃたし! にゃははははは」
「えぇー。全然答えになってないですよぉ。冤罪の話はどうしたのですかぁ」
「ああ。それにゃ」
「それにゃ、じゃなくて」
「近江キアラは、手に触れたものを爆弾に変えることが出来る能力者にゃ」
「そうみたいですねぇ」
「それ、〈犬神博士〉の術式でパワーアップさせて、意味あるのかにゃ」
「と、言いますと?」
「手りゅう弾や時限爆弾みたいな使い方の能力にゃろ、あれは。それが例えば街全体破壊できるようにして、意味あるのかにゃ? 無差別に殺せるようになるだけにゃろ、爆弾の火力が強くなっても」
「そうなのですか?」
「〈犬神博士〉は、純粋に異能のレベルを上げる術式にゃ。異能の〈特性〉を変えるわけじゃにゃいのにゃ」
「異能の、特性を変えるわけではない……」
「さっきの弁当の話で言えば、品目の数が増えるわけにゃない。特盛り唐揚げ弁当みたいなものにゃ。ご飯が多くなったり、唐揚げの数が増えるだけにゃ。そう考えると、最初からレベルを上げたときに効果を発揮する能力の底上げをはかるための術式にゃから、さっきで言えば、幕の内弁当みたいな答えがあるはずなのにゃ」
「故に、近江キアラちゃんは冤罪である、と」
「そういうことにゃ」

 わたしはソファから立ち上がる。
「わたし、佐原メダカは、近江キアラちゃんを助けに行きますッッッ!」
「犯人は、尋ねないのかにゃ」
「どうせ、思案中でしょ。安楽椅子でディテクティヴするには、判断材料がまだ少なすぎですもんね!」
「今日は冴えてるにゃ、メダカ」
「アナルヴァージンをぶっ挿すヒマも与えられていないわたしは、頭に来ました!」
「あ、あなるゔぁ……はぁ? にゃに言ってるのにゃ?」
「さあて、〈独房〉とやらに行きますよ! ラピスちゃんはどうしますか」
「にゃたしは……やめとくにゃ」



   ☆



 風紀委員会の反省部屋には、すぐにたどり着くことが出来た。
 独房ではあるけど、見張りがいるとかそういうのはなく。
 と、いうかわたしはまず、ラズリちゃんに会うことにした。
 もう夜だけど、風紀委員会室のあかりは灯っていて、委員会の生徒たちがせわしく働いていた。
 委員会室に入ったわたしは、デスクで書き物をしているラズリちゃんに、さっきラピスちゃんに言われたことを言った。
 ラズリちゃんは頷く。
「確かに、あの愚妹の言うことにも一理ありますわね。『〈犬神博士〉は、純粋に異能のレベルを上げる術式。異能の〈特性〉を変えるわけじゃない』……ね。なるほど」
 机から立ち上がるラズリちゃん。
「反省部屋に行きますわよ、佐原メダカ」

 と、まあ、そんなわけで、独房に着いたわたしとラズリちゃん。
 鉄格子の中で正座しながら、近江キアラちゃんは、着いたわたしとラズリちゃんを睨んでいる。
 両手を縛りつけるように〈ハンドカフ〉……手錠をかけられている。
 このハンドカフも、ラズリちゃんのスタンカフの能力のものだろう。
 くちにもカフがぐるぐる巻き付けられていて、しゃべることが出来ないようになっている。
 わたしはラズリちゃんに言う。
「なんで独房に入れているの、ラズリちゃん。犯人が捕まるまでここに収容させるなんて、犯人が捕まるのはいつになるかわからないですよぉ」
「今夜は、宵宮のためのミーティングで、異人館街の御陵邸にこの街の要人が集まっておりますの。如何にも、動くにはそのイベント、犯人にはおあつらえ向きでなくて?」
「おあつらえ向き? その嫌みがこもった言い方は、あ、そっか。風紀委員会室と生徒会室のあかりがついていたのは」
「要人殺害をもくろむなら、物理攻撃の〈サブスタンス・フェティッシュ〉で仕留めなくてはならないでしょ。そうしたら、その場に犯人が姿を現す」
「なんで祭りのミーティングに犯人が現れると思うのですかぁ」
「祭りは、〈まつりごと〉という言葉が語源なのですわ。この国は、呪術によって政治を決めてきた経緯があるのは知っているでしょう。宮内祭祀ですわね、それは今も行われているほどですわ。同様に、この街は〈天神祭〉が、まつりごとの中枢。と、なれば、襲うはずですわ。学園内でわざわざ〈犬神博士〉の術式を行ったのは、〈ディスオーダー〉の能力者の育成機関である空美野学園を世間に知らせるため以外にはあり得ない」
「あり得ないですかぁ?」
「犬神博士の〈博士〉とは、もともとは〈吐かせ〉という言葉を充てていたと言いますわ。この街の〈なにを吐かせたい〉と思います、佐原メダカ。個人的な事情である確率は低い。犬神博士で自分のディスオーダーの底上げを行うなら、自分のディスオーダーでは太刀打ちできない危ない橋を渡るからでしょう。そして、学園で術式を行ったというのは〈予告状〉ですわ。御陵会長が睨んだ相手の身体を動けなくするディペンデンシー・アディクト能力を持っていても、あれは心を扱うディスオーダー。物理攻撃のサブスタンス・フェティッシュ能力を底上げした攻撃をまともに受けたら、あの生徒会長ですら、事件を防ぐことは不可能でしょうね」
 わたしはあごに手をやって、うむむ、と考えた。
 けど、よくわからない。
「じゃあ、誰が犯人だと、ラズリちゃんはお考えで?」
「わたしが思うにそれは……」



   ☆



「わたしが思うにそれは……」
 ラズリちゃんが口に出そうとするのを遮るように、反省部屋の外からこつこつとシューズで歩く音を立てながら。
「あたしだってんだろ、風紀委員」
 大きな声で、その人物は言った。
 その場にいる三人が、一斉にその人物の方を向く。
 その人物とは、姫路ぜぶらちゃんだった。
「如何にも。そう思っておりますわ、姫路ぜぶらさん。何故なら、御陵生徒会長が溺愛している、愛人ですもの」
「ふん。ぜぶらちゃんは、溺愛されているのは否定しないさ」
「あら。らぶらぶなのですわね」
「〈サファイアの誓い〉を交わした仲だからな。公式に、付き合っているのさ」
「ですが、御陵生徒会長は異人館街きってのご令嬢。身分違いの恋は実らない」
「なにが言いたい? 風紀委員」
「御陵生徒会長を殺害する気でしょう? そのサブスタンス・フェティッシュの、〈ピグマリオン・シンパシティ〉で」
 わたしは首をかしげた。
「え? ぴぐまり……なんですぅ、それ」
 ため息を吐くラズリちゃん。
「ピグマリオン・シンパシティは物理攻撃サブスタンス・フェティッシュとしては強力なものですの。その姫路さんが腰につけているテディベアのぬいぐるみを待ち針で刺すと、能力の及ぶ距離にいる任意の人物の、ぬいぐるみに刺した同じ箇所に攻撃を加えることが出来るのですわ。要するに、遠隔攻撃。能力を底上げすれば、攻撃の当たり判定の範囲が広がりますわね」
 ふぅ、と息を吐いてから、ぜぶらちゃんは、待ち針をぬいぐるみの太ももに刺した。
 同時にラズリちゃんの太ももから血が飛び出した。
 よろけて床のリノリウムに片膝をつくラズリちゃん。
「くっ!」
「喚かねーのは流石だな、風紀委員。おっと、もう片方も」
 と、言って、もう片方の太ももにも針を刺す。
 出血と激痛に歯を食いしばるラズリちゃんは、態勢を崩して頭から倒れた。
 額を打ち付けてラズリちゃんは床に転がった。
 血だまりが反省部屋に出来る。
「出血がひどい……、クッソ。このメスゴリラ、能力を腕力にみたいにぶんまわすタイプですわね。強力な物理攻撃と聞いていましたが、これはちょっと反則じゃなくて?」
「知るかよ」
 吐き捨てるように返すぜぶらちゃん。
「くぅ、痛い……。この能力を底上げすれば、確かに異能耐性を持った高位の能力者でも、殺害できますわね」
「あのよー。ぜぶらちゃんは思うわけ。なんでぜぶらちゃんが御陵を殺さないとならないんだよ」
「永遠の愛にするため。同時に、〈ディスオーダー〉のことが世間に知らされる。全国区でも有名な、空美野家の分家のご令嬢である御陵家の生徒会長を殺害……それから、空美野家の本家、涙子さんも殺害すれば……隠し通せないでしょうね。それだけで、世間にディスオーダーを知らしめることが出来る」
「黙れ」
 ぬいぐるみの肩を刺して、ラズリちゃんの左肩を打ち抜くぜぶらちゃん。
 わたしはどうしていいか、思いあぐねていると、スカートのポケットに入れてある携帯電話から『暴れん坊探偵』の主題歌が流れた。
 着信だ。
 わたしはポケットから携帯電話を出して、電話に出た。
「やっほーい、メダカちゃん。元気なのだ?」
 通話の相手は、緊張感のない声を出す、朽葉コノコ姉さんからだった。



   ☆



「やっほーい、メダカちゃん。元気なのだ?」
「もぅ、こんなときに一体なんなんですかぁ、コノコ姉さん」
「明日の夕飯はカレーにしょうと思っているのだ」
「明日の夕飯の献立の話なんてしゃべってる場合じゃないですよぉ」
「舶来カレーを食べるのだ。日本のカレーは、インドからイギリスを通じてもたらされた後に、日本で独自の発展を遂げたカレーなのは知っての通り。日本のオリジナル料理にミュータント化したのだ」
「わたし、ウェブ作家ですよぉ。福沢諭吉の『増訂華英通語』に書いてあるのがカレーについて書かれた最初の文献なの、知っていますよぉ」
「そうなのだ。福沢諭吉が最初に日本でカレーのことを書いたひとだとされているのだ。で、話は変わって〈舶来〉と言えばこの空美野の異人館街の〈異人館〉というのは、外国から来た外交官たちの住んだ館の密集地帯。舶来品がたくさん飾ってある、西洋様式の館で、観光スポットになっているのだ」
「姉さん、まわりくどいですよぉ? なにが言いたいので?」
「異人館街の御陵邸に、街の要人が集まり始める頃合いなのだ。空美野家の本家からは涙子ちゃんが向かうことになっているのだ」
「御陵生徒会長は、空美野家の分家の令嬢だ、ということでしたよね」
「本家と分家が衝突する一大イベントなのだ。だから、涙子ちゃんには朽葉珈琲店の最高級豆を焙煎した、〈朽葉コノコの目覚めの珈琲〉を飲んでもらったのだ」
「〈朽葉コノコの目覚めの珈琲〉ですかぁ! おいしそう! ですぅ! わたしには飲ませてくれたことないじゃないですかぁ、コノコ姉さんが淹れた珈琲なんて」
「そりゃ、うちの親が店主なのだ。わたしが淹れたらいつもの味じゃなくなっちゃうのだぁ」
「ふぅ〜ん。今度、飲ませてくださいね、コノコ姉さんの珈琲」
「繰り返すようだけど涙子ちゃんは、今、店を出て空美坂をのぼって異人館街に向かったのだ。御陵邸には、学園高等部を中心にして、生徒会と風紀委員会が警備をしているのだ」
「なるほど」
「わたしも、ミーティングが始まる頃に異人館街の御陵邸に行くのだ。で、メダカちゃん。メダカちゃんも来るのだ、こっちに。わたしと御陵邸に行くのだ」
「わたし、今、取り込み中なんですよぉ」

 そこまで話すと、ちょうど、ぜぶらちゃんが叫んでいた。
「近江キアラを開放しろ! 代わりにこいつ、佐原メダカを独房にぶち込め!」
 血だまりのなかからゆっくり起き上がるラズリちゃん。
 痛みを抑えながら、声を絞り出す。
「なぜ、そうなるのですか、このメスゴリラ」
「近江キアラは犯人じゃない。開放しろ、というのは御陵からの伝言だ。独房、一部屋しかないだろ、高等部には。で、だ。代わりになんのディスオーダーを持っているかわからない佐原メダカをぶち込め。御陵の持っているディスオーダーのデータバンクにも、こいつの持ってるディスオーダーのことは書いてない。佐原メダカ、こいつはヤバい奴だ。御陵があたし、このぜぶらちゃんと引き合わせたくなかったのもわかるよ。こうなったらぜぶらちゃんのサブスタンス・フェティッシュで殺しちまいそうだからな。御陵はそれを考えていてくれたんだ」
「ひぃぃ」
 びっくりするわたし。
 ぜぶらちゃん、今、わたしのことを殺すって言ってませんでしたかぁ!
「近江キアラは開放致しますわ、生徒会長命令だ、と言うのなら。ですが、佐原メダカは、朽葉コノコお姉さまの大切な居候。おいそれと牢屋にぶち込む真似は致しませんわ」
「ふん。そうかい。ぜぶらちゃんは、御陵を守りに行くぜ、時間もないしな。だが、佐原メダカの異能がどんなものかわからない以上、こいつを野放しにしたら、きっと後悔するぜ」
 ラズリちゃんは、わたしに問う。
「今の電話の相手は、コノコお姉さまですわよね」
「そうですよぉ」
「どうせお姉さまのことですから、なにか考えがあってのことですわ」
「わたしもそう思いますぅ」
「行くわよ。空美坂でコノコお姉さまと合流いたしましてよ」
「はい!」
 ラズリちゃんがキアラちゃんのスタンカフを解除した頃には、いつの間にか姫路ぜぶらちゃんの姿は見えなくなっていた。



   ☆



「繰り返されるぅ〜、しょぎょーむじょー。よみがえ〜るぅ、性的ッ! 衝動ッ!」
「はぁ、なにを歌っているのでして、佐原メダカ」
「性的衝動の歌ですよぉー。あ、姉さんだ! コノコ姉さぁ〜ん、ヒャッハー!」
 わたしが指さす先には、朽葉コノコ姉さんがにっこり笑って立っていた。
 走って駆け寄るわたしとラズリちゃん。
 コノコ姉さんは言う。
「どうやら間に合うかも、なのだ」
 空美坂の途中。
 わたしたちは、異人館街へとのぼっていく。

 ほどなくして、異人館街の入り口の広場に着く。
「異人館街にはところどころにジャズメンの銅像が建っていますねぇ。どうしてですぅ、姉さん?」
「空美野市がジャズの街なの忘れちゃダメなのだ、メダカちゃん」
「あ、サックス吹いてる銅像の横に冴えないおっさんの銅像が建ってますよぉ!」
 わたしは冴えないおっさんの銅像を叩くと、建て付けが悪いのか、銅像は倒れてしまった。
「あ、倒れた。ヒビがわれましたぁ! どうしましょう!」
「涙子ちゃんにあとで言って直してもらうのだ」
「そうだった……涙子さんは、財団の本家のひと、なのですよねぇ」
「だから、今は御陵邸で分家の御陵生徒会長と一緒にいるのだ。この冴えないおっさんの銅像は、だから大丈夫なのだ!」
 と、言って倒れた銅像を蹴飛ばすコノコ姉さん。
「良いこのみんなは、真似しちゃダメよ!」
 と、ラズリちゃん。
「誰に言っているのですかぁ、ラズリちゃん」
「涙子さまがご友人でよかったわね、という話をしているのよ、佐原メダカ。この阿呆。観光地のものを破壊するのは絶対にダメでしてよ!」
「こころなしか、銅像増えてませんかぁ、コノコ姉さん」
「きっとジャズメンが増殖したのだ!」
「ジャズムーブメントですねっ!」
「そうなのだ!」
「コノコお姉さまも、この阿呆に付き合ってやらなくてもいいですわ。はぁ。姫路ぜぶらも逃してしまうし、わたしたちは遅れて御陵邸に向かって……。大丈夫かしら」
「と、歩いているうちに、異人館街の一等地、御陵邸に着いたのだ」
「おかしいですわ。警備の風紀委員もいませんし、生徒会はなにを考えているのかしら」
「そりゃぁ、なにかあったから建物の中に入ったのだと思うのだ」
 はっ、と気付くラズリちゃん。
「いなくなった姫路ぜぶらが来ていたとしたらヤバい! 犯人だとしたら〈犬神博士〉の力でなにをしでかしているかわかったものじゃないですわ!」
「急ぐのだ!」
「ええ! コノコお姉さま! 阿呆の佐原メダカは、お姉さまの盾になりなさないな!」
「嫌ですよぉ。ラズリちゃんが盾になってくださいよぉ」
「ええい、だまらっしゃい!」
 そして、グリーン色をした塗装で目立つに目立つ洋館、御陵邸に、わたしたちは入っていく。

「建物内にも、警備が立っていませんわね。静かですし。どういうことなのでしょう」
「奥の広間で、会議をしているはずなのだ」
「そこの部屋ですわね! 佐原メダカ、開けなさい!」
「えー? なんでわたしなのですかぁ?」
「そんなの、開けた途端に異能攻撃を受けないためですわ! あなたが盾になって攻撃を受ける役でしてよ!」
「でしてよ、じゃないですよぉ〜」
「いいから開ける!」
「わかりましたぁ〜。では! たのもぉー!」
 わたしはバンッ! と音を立て、勢いよくミーティングをやっているであろう部屋の扉を開けた。


 静まり返った部屋から、声が出迎える。
「よぉ、遅かったじゃねぇか、コノコとその愉快な仲間たち」
 空美野涙子さんの声だった。



   ☆



 静まり返った部屋から、声が出迎える。
「よぉ、遅かったじゃねぇか、コノコとその愉快な仲間たち」
 空美野涙子さんの声だった。
 しじまに包まれたそのミーティングを行っていたはずの会議室。
 涙子さんの声が会議室に響いたのは、まさにその場が静寂そのものだったからだった。
「遅れたのだ。文句はラズリちゃんに言うのだ。一悶着あったのだ、学園の独房で」
 その場には、〈銅像〉がたくさんあった。
 テーブルの椅子に着席しているのは、涙子さんと御陵生徒会長以外は、みんな〈銅像〉だった。
 そして、テーブルのまわりで文字通り固まっている〈銅像〉がたくさん。
 椅子に着席している銅像は、みんなおっさんとおばちゃんの銅像で、テーブルの近くで固まっている銅像は……空美野学園の高等部と大学の風紀委員なのは、腕につけた腕章でわかる。
 と、なると、着席しているのは〈空美野市の権力者たち〉なのは、明白だった。
 御陵会長は歯ぎしりしながら、
「朽葉コノコッッッ……!」
 と、姉さんの名を呼んで姉さんを睨んだ。
「残念なのだ。わたし自身も〈目覚めの珈琲〉を飲んだから、効かないのだ」
 と、コノコ姉さん。
 わたしは、訊いてしまう。
「目覚めの、……珈琲って」
 コノコ姉さんは答える。
「もちろん、わたしのディペンデンシー・アディクトなのだ」
「ディペンデンシー・アディクト。心と空間を操るディスオーダー、ですね」
「いえすっ、その通りなのだ。こころに目覚めの作用をするディスオーダー。残念ながら、生徒会長の〈石化〉とさえ呼ばれてしまう〈心〉に作用して〈動けなくなる〉異能力が〈犬神博士〉の術式で、〈空間〉に作用して本当に〈石化〉するとしても、わたしの珈琲の前では〈無効〉になるのだ」
 涙子さんは、椅子の背もたれに身体を預けて、両手をだらーん、とふらふら揺らしながら、
「で? どーすんの、御陵。あたしのサブスタンス・フェティッシュは強力なの、知ってるだろ? 〈一殺〉と略されることの多いあたしの〈アバドーン〉に喰われるか? 名前通り、〈地獄行き〉だぜ?」
 わたしの隣で息を飲むラズリちゃん。
 スタンカフをいつ発動すべきか、迷っているのかもしれない。
 そして、それは本当に効くか、この銅像の並んだ場を見渡せば、それがちょっと無理っぽいのは、わたしでもわかる。
 能力者の風紀委員が全滅で、おそらくは瞬殺されたのだから。

 御陵会長は、重い口を開く。
 怒りのこもった、震えた声で。
「街の権力者。それは既得権益にしがみつく老害ばかり。少し惚けてでもして金と肩書きを剥奪されたら人間としての価値も魅力もゼロ。ただの産業廃棄物。産業廃棄物だけに焼却処分も出来ない、本当に邪魔になるだけのゴミ。埋め立て地にでも投げ捨てるくらいしか処分方法がない」
「ふ〜ん。で? それが、なに? どーかしたかい、御陵の嬢ちゃん」
 涙子さんは、挑発するように、会長に向けて言う。
 目を細めながら、心底うんざりするように。
「今年の夏祭りの『穢れ流し』は、今年はわたくしでした。ええ。もう祭りは無理でしょうから、〈でした〉と、過去形でいいわね。それは、神鉾(かみほこ)を流す、〈(みそぎ)〉で。それを以て、わたくしは異人館街の代表者となる予定でしたの」
 御陵会長が説明しているのを、くすくす笑う涙子さん。
「でも、な。この御陵生徒会長は〈コールドスリープ病棟〉での〈後遺症〉が克服出来ず、現代の医学じゃ助けることが、不可能なんだ、……よな?」
「その通りですわ。わたくしの余命は、あともって一年」
 そこに、コノコ姉さんが言う。
「だから、自分が溺愛しているぜぶらちゃんを〈迎えに行く〉のだ。違うのだ?」
 ふふ、と口元をゆがめる会長。
「ええ、そうよ。必ず迎えに行く、って約束……しちゃいましたから。観てましたわよね、朽葉コノコと、そこの、佐原メダカさん?」
 ひぃ! と飛び上がるわたし。
 観てたの、知っててあんなことしてたの、このひとぉ!
 若干冷や汗が出るわたし。
「見せつけるほどに、熱い関係なだけなのだ。びっくりすることないのだ、メダカちゃん」
 静まり返る会議室。
 そのしじまを破ったのは、部屋の銅像が次々に破壊される、強力な音だった。
 銅の粉が部屋中に舞い上がる。
「な、な、な、なんですぅ、今度はぁ〜?」
 姿勢も変えないでだらだら手をふらふらさせながら、涙子さんがわたしに答える。
「そんなん、決まってんだろ。役者が一人、足りないだろ?」
「そんなこと言ったって、粉塵で周囲が見えないですよぉ〜!」
「さ。来やがったな、溺愛の彼女さんが、よぉ」
 と、そこでわたしの手首を掴むラズリちゃん。
「こりゃヤバいですわよ。ここはわたしの愛するお姉さまである二人に任せて逃げましょう、佐原メダカ!」
「え? えぇ?」
「粉塵のどさくさに紛れますわよ!」
 廊下へくるりと引き返すように、ラズリちゃんはわたしの手首を掴んで動くけど。
「そうはさせないんだなー、この姫路ぜぶらちゃんが、な」
 すり抜けるのをバスケのブロックのようにして構えて逃がさないこのひとは。
 腰にテディベアを付けた女の子。
 御陵生徒会長と〈サファイアの誓い〉を結んでいる、溺愛の彼女。
 姫路ぜぶらちゃんだったのでしたぁ!



   ☆



 ぜぶらちゃん、現る!
 開け放されたドアの前でわたしを連れてラズリちゃんが逃げようとするのをブロックして、仁王立ちしている。
 腰ベルトに繋がっているテディベアは、待ち針が全身にくまなく刺さっている。
「殺してやったよ。お偉方はある程度の異能耐性があったが、御陵が銅像にしてくれたおかげでぶち殺すことが出来た。いや、ぶち壊すことが出来た、かな」
 対峙して立つことになったラズリちゃんが、ぜぶらちゃんに訊く。
「銅像を木っ端みじんに壊す能力なんて、出そうと思って出せるわけないですわ! 犬神博士の術式で能力を底上げしたのは御陵生徒会長じゃ、ないっていうの?」
「いや、違わないな。ただし、ぜぶらちゃんは御陵とサファイアの誓いを交わした相手だということを失念しているな、あんた。身も心も捧げ合ってんのさ。能力の底上げも共有されてる。ハハッ! さっきは手加減したつもりだったけど、頭から床に激突して血を流して、気が変になったんじゃないか、風紀委員」
「保険医のサトミ先生のディスオーダーで、ある程度は治療済みですわ。……それよりも、姫路ぜぶら。あなた、ここにいた街の権力者たちも、うちの風紀委員たちも、それから生徒会役員とその手伝いのひとたちも、殺したのよ? ひとの命をなんだと思っていて?」
「コールドスリープ病棟で人体実験の被験者にさせて、それを己の金と権力のための道具にしている奴らと、それを肯定して従う奴ら。そんな奴らが、このぜぶらちゃんの最愛の恋人である御陵を、助からないと投げ捨てることは前提で、死ぬまでに〈つがい〉を用意して子供を産ませて万事解決させようとしてたんだ。跡取りがいればそれでいいってな。従う奴らも同罪。許せねーよ。ああ、許せねーな」
「だから、殺したんですの?」
「ああ。まあな。だから、殺した」
 ラズリちゃんも引かないし、ぜぶらちゃんも引かない。
 わたしは呟く。
「しあわせはみな、同じ顔をしているが、ひとの不幸はそれぞれさまざまな顔をしている。そして、十人十色と言うからには、こころの数だけ恋のかたちがあっていい」
 夕方、茜さすマンションの部屋でラピスちゃんと語った『アンナ・カレーニナ』からの引用を。
「ふーん。さしずめ〈悲劇〉の話、ってとこだな」
 応じるのは、椅子の背もたれにだらしなく背中を預けて座っている空美野涙子さんだった。
「ニーチェ『悲劇の誕生』では、悲劇はディオニュソス的なものとアポロン的なものが一緒になって出来た、という。ディオニュソス的ってのは『生存の恐ろしい闇』と『陶酔』を意味する。アポロン的とは『明るくて輪郭や秩序立っているもの』だ。この相反するものが結びついたのがギリシア悲劇だ、って言うんだな。これを潰したのが『楽観主義(オプティミズム)』だ、って、ニーチェは言う。楽観主義は『知』や『ロゴス』で〈全てを理解したつもり〉になっちまうんだとよ。あたしもその意見には賛成だぜ。ロゴスで出来ることなんてたかが知れてんのによぉ。人間が生きてりゃ当然ぶち当たる深遠な苦悩に、それじゃ届かねぇ。苦悩を無視してこねくりまわしたロジックなんて、なんの価値もねぇ」
 その場がまた静かになった。
 空中に粉塵が舞って、次第に落ちていく。
 みんな、言葉の続きを待っていたかのようだった。
 みんな、この空美野の〈お姫さま〉が、なにを言うのかを、待っていた。
 涙子さんは、再び口を開く。
「わかった気になんなよ、姫路。それから御陵。おまえらは苦悩から逃げている。そりゃああと一年で御陵は死ぬよ。それ自体は変わらねぇ。でもよ、おまえらのクソガキじみたロジックを振り回して、それで悲劇を乗り越えるだとか、苦悩が収まるなんてこたねぇだろが。逃れられない死から目を逸らしたオプティミズムとおまえらの、一体なにが違うんだ? 答えてみろよ」
 血走った目になったぜぶらちゃんが、叫ぶ。
「殺す!」
 テディベアを左手で持ち上げ、右手で待ち針を構えたぜぶらちゃん。
 反応したのは涙子さんだった。
「詠唱キャンセル! 簡略式! 喰らい尽くせ、〈怒鳴る・ドゥ・ダック〉ッッッ!」
 涙子さんも叫び、そして手を上に掲げ、振り下ろす。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 腕が、ぜぶらちゃんの腕が、〈持っていかれた〉!
 深遠が開き、ぜぶらちゃんの待ち針を構えていた腕を、その付け根から地獄の門・アバドーンが喰って、扉が閉まった。
 地獄の門、アバドーンの口が閉じたときにはもう、ぜぶらちゃんの右手はなくなっていた。
 一瞬の間があって、ぜぶらちゃんの腕の付け根から血液が吹き上がる。
 吹き上がった血が、壁に勢いよくかかり、また、天井にも浴びせ届いた。
 ショックか失血からか、ぜぶらちゃんは意識を失って倒れる。
 床に血だまりが広がり、銅像のブロンズの粉と混じり合った。
 天井から、血液が滴り落ちる。
 血液は壁からも垂れている。
「彼女さんの手当て、しないと死ぬぜー」
 興味なさそうに、涙子さんは御陵生徒会長に向かって言う。
「じゃあ、あなただけでも石化しなさい、金糸雀ラズリッッッ」
 名前を呼ばれて、思わず御陵生徒会長の方に振り返ってしまったラズリちゃん。
「その瞳を見ちゃダメ! ラズリちゃんッッッ」
 今度は、わたしが叫ぶ番だった。



   ☆



「じゃあ、あなただけでも石化しなさい、金糸雀ラズリッッッ」
 名前を呼ばれて、思わず御陵生徒会長の方に振り返ってしまったラズリちゃん。
「その瞳を見ちゃダメ! ラズリちゃんッッッ」
 今度は、わたしが叫ぶ番だった。
 御陵生徒会長とラズリちゃんの目と目が合う。
 きゅいーん、という機械音のようなものがして、ラズリちゃんの足が銅になった。
 そのまま、侵食されるように、足下から銅になる部分が増え、せり上がっていく。
「ラズリちゃんッッッ」
 わたしは叫んだ!
 叫んだって、どうにもならないのに。
 ラズリちゃんの身体は銅像になってしまった。
「ああ、……ラズリちゃん。そんな」
 涙が床にこぼれ落ちる。
 わたしが下を向いて泣いていると、カメラのフラッシュのような閃光。
 目をつむるわたし。
「大丈夫でしてよ、この阿呆のメダカ。そう簡単に涙は流すものじゃなくてよ」
 顔を上げる。
 わたしに声をかけたのは、銅像になったはずのラズリちゃんだった。
 光ると、銅が弾けて戻った、ということなのか。
「え? でも? どういうこと……なの?」
 くすくす笑うラズリちゃん。
「今日、午後の授業が始まる前、お昼休みが終わる頃、ふらふらの疲れた顔を隠せないままでわたしがあなたとコノコお姉さまのところにやってきたでしょ。そして、わたしはお姉さまに〈ディスオーダーで捜査の協力をお願いした〉のは覚えていて?」
「あ! っていうことは!」
「夜になっても元気だったでしょ。つまりね、協力とは、コノコお姉さまのディスオーダー〈目覚めの珈琲〉を飲ませていただいたということなのでしてよ」
「ドーピング! ドーピングですぅ!」
「人聞きの悪いことは言わないでね、この阿呆は。……そういうわけで、今のわたしは元気だし、涙子お姉さまと同様に、ディペンデンシー・アディクトは効きませんの」
 さて、とコノコ姉さんは言う。
「お縄を頂戴、なのだ、御陵ちゃん」
 床を鳴らす、複数の足音が近づいてくる。
 コノコ姉さんは、
「もちろん、御陵ちゃんも捜査線上に上がっていた人物のひとりだったのだ。そういうわけで、対異能特殊部隊がやってくるのだ」
「教師どももためらっていたけど……あなたが呼んだのね、朽葉コノコ」
「そうなのだ、御陵生徒会長」
「対異能特殊部隊って、なんですかぁ」
「そのままの意味でしてよ。特別司法警察職員の一種ね」
 と、ラズリちゃん。
「とくべつしほ……えーっと、どういうもので?」
「はぁ。警察官を一般司法警察職員と呼ぶの。その、一般司法警察職員ではないけれど、特定の法律違反について刑事訴訟法に基づく犯罪捜査を行う権限が特別に与えられた一部の職員のことを、特別司法警察職員と呼ぶ。……要するに、合法的に刑務所にぶち込むことの出来る奴らでしてよ」
 そこにコノコ姉さん。
「空美野学園の卒業生でもあるのだ。異能力のエキスパートなのだ」
 話していると、対異能特殊部隊が到着する。
「ご無事でしたか、お嬢様!」
 部隊員が、涙子ちゃんに言う。
 無言で頷く涙子ちゃんは、椅子から立ち上がって背伸びする。
「くっだらねぇ。あたしたちも早く帰ろうぜ」
 涙子ちゃんはそう吐き捨てるように言う。
 こうして、御陵生徒会長とぜぶらちゃんは捕まることになったのでした。



   ☆



「メダカちゃん! 起きるのだぁー! 学園に行くのが遅れるのだ! 急いでトーストを口にくわえて学園へ走っていくのだ!」
「え〜? なんですぅ、その漫画みたいな奴は〜?」
「あと、全裸で眠らない方がいいのだ!」
「はい? え? きゃっ! 見ないでください、コノコ姉さん! このえっちぃ!」
「いいから服を着て学園へ向かうのだ」
「もう、わかりましたよぉ」
 そんなやり取りをして、わたし、佐原メダカは起き上がり、階下のダイニングへ向かう。
 あくびをしながら朽葉コノコ姉さんの横の椅子に座り、出来立てのトーストと、コノコ姉さんのお母さんが淹れてくれた珈琲を飲みながら、テレビをぼんやりと眺める。
 どこかの芸人とアイドルが不倫をしただとか、今日も今日とて大変な世界情勢だとか。
 だいたいにおいてかなしい出来事がながれるなか、空美野市が映る。
「あ! 冴えないおっさんの銅像! 姉さん! 昨日、異人館街にジャズメンの銅像に紛れていて、わたしが倒してひび割れて、それで姉さんがけっ飛ばした銅像、あれはここ、空美野市の市長だったんですね! テレビに映ってますぅ〜!」
「まあ、冴えないおっさんだし、冴えない事件でも起こしたに違いないのだ」
「え? あれ? なんか逮捕されて……、んん? あ。昨日、街の権力者たちを全員殺害したことになってますよぉ!」
「冴えないおっさんだから、きっと殺してしまったのだ。時間もないし、バカ言ってないでトーストくわえて学園に走っていくのだ! じゃ、わたしは先に行ってるのだ」
「えぇ〜、待ってくださいよぉ!」

 校門で服装チェックを受けてから学園内に入る。
 お昼になるとコノコ姉さんとわたしのところに、ラズリちゃんと涙子ちゃんがやってくる。
 ラズリちゃんは、テレビゲームを夜通しやっていて昼夜逆転して不登校になっている妹のラピスちゃんの悪口を述べる。
 それを笑いながら聴いてるコノコ姉さんと、眠そうにしている涙子さん。
 わたしは今朝のテレビの、冴えないおっさんのことをみんなに話す。
 すると、涙子さんがこう返す。
「裏側にいる奴らは表には出て来ねぇよ。昨日集まったような奴らは、木偶(でく)とか案山子(かかし)みたいなもんだぜ。いくらでもすげ替えることができる。表舞台に引きずり出そうとしたみてぇだったが、叶うことはなかったってこったな」
 わたしは訊く。
「そんなに人材が豊富なのですか」
「いや、豊富ってわけでもねーけどよ」
「じゃあ、どういうことなので?」
「はぁ。阿呆だなぁ、メダカは。そんなのは」
「そんなのは?」
「あたしが生きてりゃ、どうにかなるんだよ」
「…………」
「そういう意味では、御陵と姫路は、いい線いってたのかもしれねーな」
 そこにコノコ姉さん。
「メダカちゃん。今日の夕飯は舶来カレーなのだ」
「カレーですかぁ。珈琲に合いそうですねっ。姉さんの珈琲飲ませてくださいよぉ」
「考えておくのだ」
「あ! 珈琲で思い出しましたが、結局わたしのディスオーダーってなんなんでしょう」
 その場にいる三人がため息を出す。
「え? なんですかぁ、その対応はぁ! ぷんすか!」
 コノコ姉さんが、仕方がないなぁ、と言ってから、こう続ける。
「教えてあげるのだ。〈気付かないなら断然そっちの方がいい〉ってのが正解なのだ」
「なんでですかー! もぅ! 本気で悩んでるんですよぉ!」
「いらぬ争いに巻き込まれないためにも、異能力なんて知らない方がいいのだ。知らないだけで生存率はむしろ上がるくらいなのだ」
「昨日、危ない目に遭いましたけどぉ!」
「そのときは」
「そのときは?」
「わたしがメダカちゃんを助けるのだ」
「……姉さんの、バカ」
 ちょっと照れちゃってる自分が恥ずかしいわたしなのでした。
 こうして、今回の物語は幕を下ろすのです。
 できあいの製品とは到底言えないような、そんな溺愛を巡るお話は、ここでおしまいということにしましょう。
「さぁ、今日も佐原メダカ、頑張りますよぉ!」
「もう午後の授業なのだ。頑張りますよー、じゃないのだ。午前中の授業、居眠りしてたのは知っているのだー!」
「やはり、阿呆ですわね」
「だな。しゃーねぇ奴だよ、メダカ」
「グサッ! グサッ! グサッ! めっちゃ矢が刺さりましたぁ! これは保健室に行かねば!」
 日常は続いていく。
 でもこの日常を「もう一回」「もう一回」と繰り返して「もういっか」と、いつか言ってしまわないようにわたしは心のなかで祈る。
 終点はなくて、偶然もない。
 休戦もなく急転もなく、条件内の肯定だけがあるのは、想定内ですか、ねぇ、神さま。



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