セーフ・アズ・ミルク【第二話】
文字数 1,269文字
☆
斎藤めあ新生徒会長の就任演説が終わったあと、わたしは校舎の外の渡り廊下のところに設置してある、ジュースの自動販売機の前まで来た。
もちろん、ジュースを買うためだ。
自販機の前に、先客がいた。
ほかには、ここには誰もいない。
左手の指でジュースを買うボタンを押している。
右手は、ない。
隻腕の少女だ。
隻腕の少女が着ている空美野学園制服の腰ベルトに繋がっているテディベアは、待ち針が全身にくまなく刺さっている。
わたしは、この子のことを、知っていた。
いくらわたしと言えども、その隻腕の少女に声をかける勇気はなく、その場で立ち止まっていた。
今は、蝉が鳴いている季節だ。
そろそろ夏休みに入る、そんな季節。
陽炎が揺れているなかに、まるでその隻腕の少女は存在しているかのようだ。
わたしのこめかみを汗が伝い、その汗は渡り廊下のコンクリートに落ちた。
緊張、しているのかも知れない。
コーラを買った彼女は、わたしの方を向いた。
「よお、佐原メダカ」
片方しかないその腕を上げて、少女は微笑む。
わたしは、一瞬ためらってから、言葉にする。
「捕まったのじゃ、なかったのですか。……姫路ぜぶらちゃん」
「あー、それな。確かに、このぜぶらちゃんは対異能特殊部隊に御陵と一緒に捕まって、研究所のコールドスリープ病棟行きになった」
「じゃあ、どうしてここにいられるのですか。聞くところによるとコールドスリープ病棟は、閉鎖病棟ですよね。いえ、隔離病棟、の方がいいでしょうか」
「ははっ。まるで自分は研究所と無関係とでも言いたそうな物言いだな、佐原メダカ。おまえだって、この学園にいるってことは、コールドスリープ病棟でモルモットになりながら〈幽閉〉されていたんだろう?」
「さぁ……。それがわたし、どうも記憶がないのです」
隻腕の彼女、ぜぶらちゃんが、目をほそめて、
「ふ〜ん?」
と言ってから、わたしにコーラを投げた。
わたしはそれをキャッチする。
「やるよ。コーラ、好きだろ? それとも、あの青髪の珈琲店の奴みたく、抹茶ラテがよかったか?」
「青髪の珈琲店の奴……? ああ、コノコ姉さんですね! それにしても、いただいてよかったのですか。せっかく買ったコーラ、自分でお飲みになられれば」
左手をあげて、手のひらを開いて、くすくす笑ってから、ぜぶらちゃんはその手をおろした。
「ぜぶらちゃんはもう、今となっては隻腕……、片腕しかないんだよな。どうやってコーラの缶のプルタブを開けるのさ」
「笑えないジョークですね、ぜぶらちゃん」
「んじゃ、またな。ぜぶらちゃんここにあり、だぜ」
そう言って、ぜぶらちゃんは去っていく。
何故、ここにいることが可能だったのか、その質問をうやむやにしながら。
でもわたしは、ぜぶらちゃんを追うことが出来なかった。
腰ベルトにつけたぬいぐるみをふりふりさせながら背を向けて歩いていく隻腕の少女を、わたしは、追うことが、出来なかったのです。
蝉の鳴く声が大きくなったように感じる。
そして立ち尽くすわたしのこめかみをまた、汗が伝ったのでした……。
斎藤めあ新生徒会長の就任演説が終わったあと、わたしは校舎の外の渡り廊下のところに設置してある、ジュースの自動販売機の前まで来た。
もちろん、ジュースを買うためだ。
自販機の前に、先客がいた。
ほかには、ここには誰もいない。
左手の指でジュースを買うボタンを押している。
右手は、ない。
隻腕の少女だ。
隻腕の少女が着ている空美野学園制服の腰ベルトに繋がっているテディベアは、待ち針が全身にくまなく刺さっている。
わたしは、この子のことを、知っていた。
いくらわたしと言えども、その隻腕の少女に声をかける勇気はなく、その場で立ち止まっていた。
今は、蝉が鳴いている季節だ。
そろそろ夏休みに入る、そんな季節。
陽炎が揺れているなかに、まるでその隻腕の少女は存在しているかのようだ。
わたしのこめかみを汗が伝い、その汗は渡り廊下のコンクリートに落ちた。
緊張、しているのかも知れない。
コーラを買った彼女は、わたしの方を向いた。
「よお、佐原メダカ」
片方しかないその腕を上げて、少女は微笑む。
わたしは、一瞬ためらってから、言葉にする。
「捕まったのじゃ、なかったのですか。……姫路ぜぶらちゃん」
「あー、それな。確かに、このぜぶらちゃんは対異能特殊部隊に御陵と一緒に捕まって、研究所のコールドスリープ病棟行きになった」
「じゃあ、どうしてここにいられるのですか。聞くところによるとコールドスリープ病棟は、閉鎖病棟ですよね。いえ、隔離病棟、の方がいいでしょうか」
「ははっ。まるで自分は研究所と無関係とでも言いたそうな物言いだな、佐原メダカ。おまえだって、この学園にいるってことは、コールドスリープ病棟でモルモットになりながら〈幽閉〉されていたんだろう?」
「さぁ……。それがわたし、どうも記憶がないのです」
隻腕の彼女、ぜぶらちゃんが、目をほそめて、
「ふ〜ん?」
と言ってから、わたしにコーラを投げた。
わたしはそれをキャッチする。
「やるよ。コーラ、好きだろ? それとも、あの青髪の珈琲店の奴みたく、抹茶ラテがよかったか?」
「青髪の珈琲店の奴……? ああ、コノコ姉さんですね! それにしても、いただいてよかったのですか。せっかく買ったコーラ、自分でお飲みになられれば」
左手をあげて、手のひらを開いて、くすくす笑ってから、ぜぶらちゃんはその手をおろした。
「ぜぶらちゃんはもう、今となっては隻腕……、片腕しかないんだよな。どうやってコーラの缶のプルタブを開けるのさ」
「笑えないジョークですね、ぜぶらちゃん」
「んじゃ、またな。ぜぶらちゃんここにあり、だぜ」
そう言って、ぜぶらちゃんは去っていく。
何故、ここにいることが可能だったのか、その質問をうやむやにしながら。
でもわたしは、ぜぶらちゃんを追うことが出来なかった。
腰ベルトにつけたぬいぐるみをふりふりさせながら背を向けて歩いていく隻腕の少女を、わたしは、追うことが、出来なかったのです。
蝉の鳴く声が大きくなったように感じる。
そして立ち尽くすわたしのこめかみをまた、汗が伝ったのでした……。