セーフ・アズ・ミルク【第十一話】

文字数 1,321文字





 空美野駅から、波止場に向かって歩く。
 波止場にはラズリちゃんとラピスちゃんの住むマンションがある。
 そこから西の方へ向かっていく。
 郊外だ。
 街の、外。
 都市鉱山に向けて海沿いに西へ向かっていると、前方に人影が見えた。
 直立不動して、わたしをまっすぐ見据えている。
 その子に近づいて、わたしは言った。
「昨日、サトミ先生を助けてくれた、鏑木盛夏ちゃん、ですよね」
 盛夏ちゃんは、ふゆぅ、と息を漏らすと、リラックスした雰囲気になる。
「佐原……メダカさん、でよかったかしら」
「ええ、そうですぅ、よろしくですよぉ、盛夏ちゃん」
 海沿いは綺麗に舗装された道になっていて、大型のトラックが工業地帯に向けて走っている。
「そう言えば、海開きも近い時期になりましたねぇ、盛夏ちゃん」
「いきなり世間話とは、メダカさん。あなたはあちしが怖くないの?」
「サトミ先生の恩人ですよぅ。そんな無碍にするわけないじゃないですかぁ」
「確かに海開きはもうすぐね」
「スクール水着は最高だぜ! ですよぉ〜」
「スクール水着がどうかしたかしら。最高かどうか、あちしにはわからないわ」
「ロマンがないなぁ、盛夏ちゃんはぁ〜」
「そうね。ふぅむ、ロマン……ねぇ」
「期末試験も近いのですぅ。盛夏ちゃんと一緒にサトミ先生を助けてくれた黒蜥蜴のあ先生が勉強をわたしに教えてくれることになっているのですよぉ!」
「よかったわね」
「ええ、とっても! 嬉しいのですよぉ。盛夏ちゃんは、期末試験はあるのですかぁ? 見たところ、年齢同じくらいだし」
「あちしは水兎学の徒。弘道館塾生」
「弘道館? 塾生? どこにあるのですか、それ? 聞いたこともないですよぉ」
「東の先ね。特急列車に乗っても、ここからだと一日がかりの旅程を組まないとならない場所にあるわ」
「へぇ。で、なんでここに立っていたのですか、盛夏ちゃん」
「御陵生徒会長を覚えているかしら」
 陽炎。
 自動販売機。
 隻腕の少女。
 姉妹の契り。
 そんなワードが頭をよぎったけど、わたしは今、そのことに触れる前の段階にしかいないことを思って、ただ、
「覚えています。数日前の出来事ですから」
 とだけ答えた。
 そう、まだなのです。

 まだ、あれからなにも終わっていない。

 それだけは、おバカなわたしにだってわかる。
 地続きで物事が続いているの、知ってるもん。
 あの〈異人館街の悲劇〉は、まだその事件が終了したわけじゃない。
 そんなの、姫路ぜぶらちゃんが現れたときにはすでに知っていたことじゃないですか。
「水兎学って、一体なんなんですか、盛夏ちゃん」
「それは、ね」
 と、そこに大声で「スタンカフ!」と遠くで誰かががなって、光る拘束具が飛んできた。
 それを避ける盛夏ちゃん。
 スタンカフが飛んで来た方向を見ると、それはどうかしなくても、金糸雀ラズリちゃんなのでした。
 ラズリちゃんは、遠くから盛夏ちゃんを指さして言う。
「水兎学ってのはねぇ、〈書物使い(ビブリオマンシー)〉のことを指すのよ!」
 書物使い……ビブリオマンシー?
「ふゆぅ。厚いご挨拶ねぇ、金糸雀ラズリ」
 なにがなんだかわからないままですが、バイト終えて体力が限界なんだから、はしゃがないでくださいよぉ〜!
 わたし、倒れちゃいますぅ。


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