ストリクトリー・パーソナル【第四話】

文字数 1,355文字





 視聴覚室は学生の教室とは別棟の特別教室だけが密集したところの二階にある。
 わたしは教科書を鞄に詰め込むと、その特別教室棟まで、渡り廊下を通って入る。
 この特別教室は、その教室ごとに、教師の研究室を兼ねていると聞く。
 この黒蜥蜴のあ先生の研究室が視聴覚室なのは間違いがない。

 視聴覚室にわたしが着いた頃には、すでに緋縅氷雨ちゃんは着席していて、黒蜥蜴先生もまた、教壇に立っていた。
 準備万端ですねぇ。

 わたしが着席すると、先生は口を開く。
「世界に争いが絶えないのは何故か。それを国の内側だけにいる人間にはなかなかわからないところがあるじゃん。外側の視点も必要ってわけ。でも、国やそこの国民の信条、ロジックを精査していくには、まず旅する時間は人生いくらあっても足りないし、基礎がわからないとならないけど、それを得るだけでも大変。そもそもこの世界にどのくらいの主義、信条があると思っている? 知ったところでどこの国もひとそれぞれで、一枚岩ではないじゃん。ステレオタイプで捉えるのは危険すぎるじゃんか。だが、だ。繰り返すけど、この国にいて国の外部の視点から物事を俯瞰することそれ自体が難しい。わたしは、その突破口は読書であると思っている。いつだって困難はつきまとうけど、向学心をなくしてはいけないじゃん。それに……いつだって困難が待ち受けているからこそ、争いやその手の困難に立ち向かうことでそのひとは輝きを帯びるのだとわたしは思っているじゃん?」

「いきなり難しい話から入りますねぇ、ヤニクズ先生」
 と、わたし。
「誰がヤニクズだってぇ?」
 と、黒蜥蜴先生。
 ふぅ、とため息を吐いて、氷雨ちゃんは言う。
「この国を戦火に巻き込む気が満々な方々もいて、わたしはその鎮圧のために、斎藤めあ生徒会長から呼ばれました。よくわかる話です。あなたには難しすぎでしたか、佐原メダカさん?」
「ぐぬぬぬぬ……。課外授業、一筋縄ではいかないようですねぇ」
「そりゃそうですよ、佐原メダカさん。あなた、事態がわかっていないようですね」
「そ、それは……」
「事件はまだなにも解決していません」
「事件ていうのは、〈異人館街の悲劇〉……の、ことですよねぇ」
「あなたは現場にいた、と思いますが。あたま空っぽだから、数日前のことなんて忘れているのでしょうね」
「くっ! なんたるわたしへの評価! でも、全然わかってないのは本当のことなのでなにも言えないのが悔しいですよぉ」

 どうもこのスタディーズは、ヤバいってことがわかったのでしたが、知りたいことが聴けそうだ、という魅力には抗えないわたしがいるのも事実。
 そこに一言、自分に言い聞かせるように、緋縅氷雨ちゃんは、こう呟くのです。
「こんな〈内乱〉に付き合うならば、末期が悲惨なのは承知の上です」
 わたしが息を飲むと氷雨ちゃんは、
「そうでしょう、佐原メダカさん? あなたも首を突っ込んでいるのですよ。ですから、あなたも同様に、末期が悲惨であることは承知しておかねばならない」
 と、わたしの顔を見ながら、言ったのです。

 どうやらわたしの夏は、〈マッドサマー〉になりそうですねぇ。
 望むところだ、と言い切りたいところではありますが……どうでしょうか。
 これもまた、天の配剤、でしょうかねぇ。
 そんなわけない……か。


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