セーフ・アズ・ミルク【第一話】

文字数 1,295文字

 どれほど精巧に作られた複製の場合でも、それが今、ここに、しかないという芸術作品特有の一回性は、完全に失われてしまっている。しかし、芸術作品が存在するかぎりまぬがれない作品の歴史は、まさしくこの存在の場と結びついた一回性においてのみかたちづくられてきたのである。

ヴァルター・ベンヤミン『複製技術の時代における芸術作品』より







 私立空美野学園。
 乙女の花園……女学園である。
 数日前、この空美野市で起こった惨劇……今では〈異人館街の悲劇〉と呼ばれているその一件によって、御陵生徒会長さんは〈空美野研究所〉の〈コールドスリープ病棟〉に送られてしまったのですよぉ。
 そんなわけで今、わたし、佐原メダカは学園高等部の体育館で、新任の生徒会長、斎藤めあさんの就任演説を聴いているところなのです。
 わたしがパイプ椅子を前後に浮かして動かしながら演説をぼえーっと聴いていると、隣に座っている、金糸雀ラピスちゃんが、
「にゃー! うっさいから椅子をぎしぎし動かすにゃー!」
 と、ご立腹なのですよぉ。
 なんですかぁ、あくびしながら上の空のラピスちゃんに言われたくないですぅ〜。


 体育館で、壇上の斎藤めあ新生徒会長さんが、なにか熱く語っている。
「この国にはドグマはありません。自然の営みが悪しきものではなく、あらゆる自然な衝動は矯正するものなんかではなく、昇華すべきものである、とさえ言えるのがこの国です。この自然の美と、自然の協力とに対する関心があり、それゆえに、この国の庭園は、どこで自然が終わってどこから人工物なのかをわざとわからなくさせる。……でも、それでいいのです! 我々、空美野学園の生徒とその卒業生が持つ〈(ディスオーダー)〉について、もう一度確認しましょう。物理攻撃を扱える能力を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶ。それに対して心・空間を扱う能力を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。この異能を総称して、〈ディスオーダー〉と呼ぶ。……それが、〈この世界〉の基礎」
 そこまで斎藤めあさんが一気に喋って、それから、一息つく。
 スピーカーから、キーン、とハウリング・ノイズが鳴って、それを合図にしたかのように、斎藤めあ生徒会長は、言葉を締めに入る。
「ですが、わたしは! 法則と力に対して、戦いを挑みます!」

 そこまで聴くと、ラピスちゃんは椅子から立ち上がり、制服の上から羽織っている猫耳パーカーのフードを深く被り、
「にゃんだか聴いてられにゃいのにゃ。くだらない、にゃたしは帰るにゃ」
 と隣で座っているわたしに言って、壇上に背を向け、体育館を出ていく。
「ど、どうしたのですかぁ、ラピスちゃ〜ん!」
 引き止める間もなく、ラピスちゃんは遠ざかって行ってしまったのでしたぁ!
「もぅ、勝手なんだからぁ! ぷんすか!」
 パイプ椅子をさらに前後にギシギシ揺らしながら、わたしはちょっとさびしくなったのをごまかすのでした。
 んん? メタいことを言うようですが、「です・ます口調」と「だ・である口調」が混じってるけど、おかまいなく。
 これがわたしのデフォルトなので。
 そして、このお話はだらだらと始まるのですよぉ〜。
 うぇ〜い。



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