ストリクトリー・パーソナル【第一話】

文字数 1,455文字

 次の日の昼休み。
 教室の椅子に座って購買部から買ってきた焼きそばパンと抹茶ラテを飲んでいる朽葉コノコ姉さんのところに、二年生の金糸雀ラズリちゃんがやってきた。
「お姉さま。総菜パンと抹茶ラテだけでは栄養が偏りますわ」
 焼きそばパンをむしゃむしゃ食べているコノコ姉さんは、
「かたいことはなしなのだ、ラズリちゃん」
 と言って笑う。
「ラズリちゃんは、風紀委員のホープって呼ばれてたのが、今は風紀委員の委員長になったのですねぇ」
 感心しながら言うわたし。
 ラズリちゃんはふふん、と鼻で笑う。
「わたしも二年生だから、ホープって言われるのもそれはそれでおかしかったのですわ。〈異人館街の悲劇〉で風紀委員と生徒会は全滅したから、わたしは風紀委員の残されたひとりとして、職務を全うすべく、委員長になったのですわ」
「近江キアラちゃんも、風紀委員になったのですねぇ。驚きですぅ」
「ああ、キアラの奴はわたしの下僕なので、風紀委員の頭数に入れなくてよろしくてよ」
「相変わらず酷いですね、ラズリちゃんの性悪」
「ふん。佐原メダカ、あなたは委員会や部活には入らないんですの?」
「それが、期末試験までの間、黒蜥蜴のあ先生に課外授業を受けさせてもらえることになりまして」
「ああ。演劇部顧問の黒蜥蜴先生ですのね。言動に問題はありあますが、腕の立つ教師ですわ。まあ、せいぜい頑張るようにしなさいな。佐原メダカはコノコお姉さまの居候。コノコお姉さまの顔に泥を塗らないよう、勉学に励みなさいな」
「昨日、わたしを置いてキアラちゃんと一緒にダッシュで逃げたひとに言われたくないでぇ〜すぅ」
「お姉さまに言われたわけでもなく、鏑木盛夏の呪力痕跡を辿ったところ、あの郊外にたどり着いただけですので、助ける筋合いはないのでしてよ。むしろ、加勢してあげただけでもありがたいと思いなさいな」
「逃げたクセにぃ〜」
「お姉さまの前でわたしの評価を不当に落とそうとするの、やめてくださらない、メダカさん?」
「ふぅ〜ん、だ」
「佐原メダカ。あなたは生きていただけでも儲け物だと思った方が良いですわ。相手は水兎学のビブリオマンシー。あんな〈書物使い〉とかち合って生還出来るのは奇跡です」
「逃げたクセにぃ〜」
「ええい、だまらっしゃい! 〈兵法三十六計逃げるに如かず〉という言葉すら知らないようですわね」
「なんですかぁ、それ?」
「いかに巧妙な孫子の策である『三十六計』よりも、トラブルにあっては、まずそれから逃れることが最善の方法であるとのたとえ、を言うのが〈兵法三十六計逃げるに如かず〉ですわ」
「見殺しにする気が満々だった、ということですねぇ」
「うっ。……まあ、良いじゃないですの、生きてこうやってお昼ごはんを学園で食べられるだけでも」
「あれから、いろいろあったんですよぉ」
「いろいろ……ねぇ。まあ、訊かないであげますわ」
 と、そこでお昼休み終わりで午後の授業始めの予鈴が鳴る。
「では、お姉さま。いつでもわたしにお申し付けくださいまし。この金糸雀ラズリ、いかなるときもお姉さまのピンチには駆けつけます」
 コノコ姉さんは微笑む。
「わたしからも、よろしくなのだ」
「では、わたしはこれで」
「またねー、なのだ」
 そうして、わたしとコノコ姉さんの一年生の教室から、ラズリちゃんが出ていく。
 話題は特に盛り上がることもなかったと言える。
 昨日の今日で、普段のテンションに戻れる方がおかしいのだ。
 みんな、それぞれなにかを抱えている。
 それが、会話の俎上に上がらなくてもわかる、そんな昼休みだった。



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