セーフ・アズ・ミルク【第十三話】

文字数 1,305文字





 むにゃむにゃしながら目を開けると、そこは綺麗なシーツのベッドで、天蓋付きの、お姫さまの眠るようなベッドでした。
 部屋は広く、調度品もゴージャス。
 上半身を起こして、瞳をきょろきょろしていると、
「よぉ、起きたみてぇだな」
 と、女性の声。
 ベッドの横に木製の椅子を置いて座っていたのは、空美野涙子さんでした。
「わたしは……一体、どうなって……、確か、光の矢を全身に受けて」
「〈空美野研究所〉の医者が治してくれたさ」
「だって全身に! そんなにすぐに治るなんて」
「メダカ。おめぇは〈特別製〉だからよぉ、これが治るんだな。データ収集も兼ねて治したさ。研究所の奴らは嬉々として、な」
「は、はぁ」
「窓の外を観てみろよ」
 わたしは、ベッドから窓の外を観る。
 近くの工業団地の灯や、そこに運ぶ貨物船、遠くには金糸雀姉妹が住む波止場やポートタワーが光を放っていて、夜空を真っ暗にさせない風景が、広がっていた。
「ここは、涙子さんの家、ですか」
「そう。空中庭園の内部。そして」
「そして?」
「コールドスリープ病棟の入り口さ」
「ひゃいっ!」
 ビクン、と飛び跳ねるわたし。
 あの〈異能力〉を開発する、非人道的な場所、……コールドスリープ病棟。
「窓に近づいて、下を見下ろしてみろよ」
 起き上がる。
 身体のどこも痛くない。
「本当に、治ったんですね、わたし……」
 驚きつつ、ベッドの下にあったスリッパをはいて、窓に近づき、夜景を観てから、下を覗いた。
 そこは産業廃棄物の山、いわゆる都市鉱山でした。
 が、そこから錨で繋がって海に浮いているぼろぼろで、しかし大きい船がぷかぷか海に浮いていました。
「船……ですね」
「ガレー船だ。ガレー船牢獄。それが、コールドスリープ病棟の正体さ」
「ガレー船牢獄……」
「なんだよ、ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』にも出てくるだろう。あの監獄船の、病棟バージョンだ。そこでは人権は剥奪されている。半眠半覚の状態にされて、そこで実験台にされる。全身の穴という穴をかき回されて実験され、死なないようにガレー船のなかで無償の労働をさせられ、体力を維持させられるのさ。異能力者のたまごは、そこで〈規律〉を覚えさせられるんだ」
「で! サトミ先生はどうなったのですか! 緋縅氷雨ちゃんから鏑木盛夏ちゃんと黒蜥蜴のあ先生が助けたのに、なぜコールドスリープ病棟へ?」
「焦るなよ。紅茶でも飲むか」
「抹茶ラテでお願いします」
「コノコがここに呼んだんだよな。余計なことを。まあ、寝て待ってろ」
「血の気が引きますね」
「のあが負傷したサトミを助けに研究所に連れていったんだが、な。異能で固有結界を張っていたのを効率的にしようとした。抹茶ラテのついでだから、連れてくるさ。待ってろな? 大人しくしてろよ」
「もぅ! わたしだって待てますよぉ。夜景も部屋も素敵だし」
「あっは。素敵、ねぇ」

 わたしは、しばらくの間、待つことにしたのです。
 十分くらい経ったでしょうか。部屋の扉を開けて、涙子ちゃんが戻ってきました。
 わたしは絶句する。
「明日から、サトミ先生は現場復帰だぜ」
「で、でも、それ……」
 わたしは、言葉が上手く出ない。
 だって、それは。


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