ストリクトリー・パーソナル【第五話】

文字数 2,075文字





「黒蜥蜴のあ先生は、わたしの身体をどうしたいのですか。裸で汗だくになって抱きたいのですかぁ? ふふ、いけませんねぇ。モノには順序というものがあると思うのですよぅ。いいですか? まずはキスから始めましょう」
 と、わたし。
「えーっと、黒板に板書したことをノートに写したかどうか確かめに机をのぞき込むようにしただけじゃん。佐原メダカさん。あんたはそれが求愛行動にあたまのなかで変換されるの、少しばかりビョーキじゃん?」
 と、黒蜥蜴先生。
「見たいのですね……、いいですよぉ、足をゆっくり広げていきますから。覗いたり布越しに舐めたりしても……いいんですよぉ?」
「…………」
「ねぇ、先生。そんなイケナイ目で見ちゃ嫌ですよぅ。じわじわ湿ってきてるの……わかります?」
「……………………」
「こうさせたのは先生なんですから、責任、取ってくださぁい」
 ばちこーん、とわたしのあたまにハリセンが振り落とされた。
「やめてください。ていうか死んでください、佐原メダカさん」
 ハリセンで叩いて怒っているのは、緋縅氷雨ちゃんでした。
 叩かれたあたまを自分で撫でながら、
「冗談ですよぉ」
 と、わたし。
「気が狂うかと思ったじゃん」
 と、安堵する黒蜥蜴先生。
 なんかそんな感じで課外授業は進む。


 氷雨ちゃんは言う。
「東の暗闇坂家と西の空美野家。このふたつの家系が、この国の〈裏政府〉と直結しています。わたしは〈禁裏道場〉から対魔術異能守護職として呼ばれましたが、この役職は〈幻魔術〉とその〈術装〉を使う〈水兎学〉のビブリオマンシーの連中から暗闇坂家と空美野家を守るために置かれたのです」
 わたしは質問する。
「じゃあ、鏑木盛夏ちゃんは、敵だってことですかぁ」
「ほかにどう解釈しろ、と?」
「水兎学の徒は〈革命勢力〉だと聞きましたぁ。でも、わるいひとには思えないのですよねぇ」
「このアンポンタンポカンさん。このふたつの家を潰したら、国際問題になるのですよ。いいですか? 〈(ディスオーダー)〉は秘匿されつつ運用もされねばならない。戦後、ジェネラルヘッドクォーター、連合軍がこの国を実験国家に指定し、国際的な研究の実験場にしたのですから、従うしかないのです。その〈(かなめ)〉が、暗闇坂家と空美野家なのです」
「そもそもなんで要なのですかぁ?」
「両家が国際財団であり、だから裏政府の監視役であり……フィクサーでもあるからです」
 わたしは黒蜥蜴先生の方を向く。
「先生、フィクサーってなんですかぁ」
「政治、行政、企業の営利活動が意思決定をするときに、正規の手続きを経ずに決定に対して影響を与える手段・人脈を持つ人物を指すのが〈フィクサー〉。要するに〈黒幕〉じゃんか。そのくらい知っとけ、バカ」
「うぅ、酷いですぅ〜。今、バカって言いましたぁ、こんなかわいい生徒のことを〜!」
「どこがかわいいんじゃん、あんたの? 大きな胸以外価値ないでしょ」
「ざっくりと言いましたね、先生! 酷いですぅ、わたし、すっごい傷つきましたぁ〜!」
 会話を聴いていたかと思うと、緋縅氷雨ちゃんが突然、席から立ち上がる。
「来ますね」
「そうこなっくちゃじゃんか」
「はい?」
 疑問形なのはわたしだけでした。

 スピーカーから、デチューンと呼ぶにもあまりに酷い、不安定な複数の女性の歪んだ笑い声や罵倒が流れ出しました。
「ひっ、ひぃ!」
 驚くわたし。
 耳から入ったこの罵詈雑言と嘲笑が、わたしののーみその均衡感覚を狂わせる。
 耳にこびりつくのです、この〈声〉が。
 バイオリンやコントラバスを弓でわざと下手に弾いたように、その〈声〉はピッチシフトが不安定で、怖気が走る。
 わたしは必死に耐えるけど、耳を塞いでも無駄で。
 氷雨ちゃんは言う。
「これは術装……じゃないですね。〈書物使い〉ではなく〈ディペンデンシー・アディクト〉ですね」
「えぇっと、ディペンデンシー・アディクトと言いますと、確か空間や心を扱うディスオーダー能力ですよね……」
 立ち上がって手を天にかざすと、緋縅氷雨ちゃんの右手に、鞘付きの日本刀が現出する。
「わたしの〈サブスタンス・フェティッシュ〉で斬れないものか、試しますか」
 黒蜥蜴先生が罵詈雑言と嘲笑が流れる視聴覚室のスピーカーを睨み、
「これは〈ヒアリング・ヴォイシズ〉ってディスオーダーじゃん。試すしかないじゃんか?」
 と、吐き捨てた。

 氷雨ちゃんは言う。
「物理攻撃を扱える異能を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼びます。それに対して心・空間を扱う異能を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。この異能力を総称して〈ディスオーダー〉と呼ぶのです。……それが、この異能の世界の〈基礎〉」

「敵の姿が見えないのにどうするのですかぁ!」
 慌てるわたし。
 見えない敵が、現れたのは事実のようです。
 わたしはすでにこの〈ヒアリング・ヴォイシズ〉で吐きそうですよぉ。
 机に両手を置いて、それを軸に席から立つ。
 これだけで難儀。
 身体がふらふらになっているけど、まだ敵の攻撃は続いている。
 この〈世界〉の基礎と作法を知るや否や実践になるのでしたぁ。
 うひぃー。


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