セーフ・アズ・ミルク【第八話】

文字数 1,570文字





 保健室の前まで来たわたしは、勢いよくドアを開ける。
「たのもー!」
 わたしがドアを開けたと同時に、保健室の床が血だまりになっているのに気付く。
 シューズで床に広がる血液を踏んでしまったのだ。
 血液の真ん中には、白い白衣を真っ赤に染めた、サトミ先生のうつぶせに倒れている姿があった。
「に、にげな……さい、め……だか、……さん」
 うつぶせのまま、声でわたしを認識したのか、わたしの名前を呼んで、逃げろ、と弱々しい声で言うサトミ先生。
「うっ……ひぃ! サトミ先生? これは一体?」
 倒れているサトミ先生の前で、血でべっとりの日本刀を持った少女が、無言でサトミ先生の頭を踏んづけて、黙らせた。
「うるさいですよ、黙りなさい。善人ぶる必要はないですよ、先生。あなたは、大人しく死んでください」
 刀を振り上げる。
 そのまま突き刺す気だ。
「やめて! 先生にこれ以上手出ししたら許しません!」
 わたしは、そう叫んでいた。
「ほう。それでは、貴女を先に斬ることにしましょうか。ああ、ご紹介遅れました。わたしは緋縅氷雨(ひおどしひさめ)と言います。わたしの名前だけ覚えて、死んでくださいね」
「緋縅……氷雨……」
 わたしがこの刀剣女子というか刀使いの子の名前を口に出すと、氷雨ちゃんはハイライトのない、虚ろなベタ目で、わたしの目と目を合わせ、それからニヤリ、と口元をゆがめた。
「斬りましょう。我が太刀筋の一切は空。……秘義・トンボ斬り」
 とっさに目を閉じたわたし。
 だが、その刃は届かず、目を開けたわたしの前で、緋縅氷雨ちゃんの日本刀が宙を舞っていたのです。
 保健室の奥まで吹き飛ぶ氷雨ちゃんの刀。
 弾いた人物は、わたしの背後に、いつの間にかいたのです!
「ふゆぅ。どうにか間に合ったようね」
 こ、これは一体?
「サトミ先生の固有結界を破壊しようとしたのね。ふゆぅ。そうはさせないわ」
「固有……結界?」
「固有結界は心・空間を扱う能力、〈ディペンデンシー・アディクト〉の一種ね。そして、この緋縅が使うのは王道中の王道、日本刀の能力。そっちは物理攻撃を扱える能力。〈サブスタンス・フェティッシュ〉の基礎中の基礎」
「あなたは誰ですか」
「あちし? あちしはね、鏑木盛夏(かぶらぎせいか)水兎学(みとがく)の徒よ」
 と、話しているうちに、大きなガラスサッシから脱出する緋縅氷雨ちゃん。
 それを深追いするのをやめて、盛夏ちゃんは、倒れているサトミ先生を見る。
「まずは保険医を治療するのが先のようね」
「え? でも……そんな技術は」
「応急処置なら出来るわ。あちしが学んだ水兎学では、応急処置の基礎くらいはみんな学ぶのよ」
 サトミ先生の傷口を止血して清潔にしてから包帯ぐるぐるにして、わたしはこの、鏑木盛夏ちゃんとサトミ先生をベッドまで運ぶ。
「この学園の高等部は、昼間はサトミ先生の固有結界内にあって、安全だったのよ。不審者が学園の〈ディスオーダー〉の能力を奪い取らないように、〈保健〉の固有結界を張っていてね。ふゆぅ。でも、弱点を突かれたわね。あの緋縅って輩は、固有結界の〈コア〉の破壊を、しようと試みていた。あちしが気付いてここに向かうのが遅かったら、大変なことになっていたわね」
 話が進んでいるうちに、ドアを開けて、黒蜥蜴のあ先生がやってきた。
 のあ先生は、右手にポケットボトルのウィスキーを持って、ちびちびと飲みながら、
「おまえは今日は帰れ、佐原メダカ」
 だなんて言うものだから、わたしもやる気が一気にダダ下がりです。
 あ。
 そういえば、盛夏ちゃんは、なにで氷雨ちゃんの日本刀を弾いたのでしょうか?
 謎でしたが、関わらないのが一番だと思ったので、氷雨ちゃんや盛夏ちゃんのことは後回しにして、時間が経ったらサトミ先生の容体を観にまた来ようとおもうのでした。
 しかし、バッドタイミングなときに保健室に入ってしまったものですよぉ。



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