第119話

文字数 4,389文字

 わかる…

 マミさんのいうことは、わかる…

 でも、悔しいというか…

 納得できない…

 マミさんのいうことが、正論…

 誰が、聞いても、正論だ…

 でも、納得できない…

 到底、納得できない…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 だったら、どうする?

 だったら、どう出る?

 私は、ナオキを守るために、どう出る?

 ナオキを社長から、解任させないために、どう出る?

 考えた…

 考え続けた…

 が、

 答えが出ない…

 私が、この場で、なにが、できるのか?

 わからない…

 いくら、考えても、わからない…

 私が、考え続けていると、マミさんが、

 「…社長の藤原氏の解任に賛成の方は、これだけですか?…」

 と、聞いた…

 私は、慌てて、周囲を見た…

 ナオキの解任に賛成なのは、銀行からの派遣組の二人の取締役だけ…

 社外の取締役二人だけだった…

 私は、それを、見て、急いで、

 「…すいません…マミさん…ちょっと、いいですか?…」

 と、言った…

 「…寿さん…発言する際には、挙手をお願いしますと、さっき、言ったはずです…」

 「…ハイ…わかりました…」

 私は、言って、手を挙げた…

 「…なんですか? …寿さん?…」

 「…今、この場に大勢の人間が、いますが、そもそも、ここで、取締役は、何人いるのですか?…」

 「…六人です…」

 「…六人?…」

 「…そう…六人です…銀行から、派遣された社外の取締役二人に、FK興産出身の取締役が、三人…いえ、寿さんを含めて、四人…」

 「…だったら、マミさんは、どういう立場で、この臨時の取締役会に出席して、司会をされているんですか? いえ、マミさんだけじゃない、他の五井家の二人は、どういう立場で…」

 私が、話を続けていると、マミさんが、

 「…それは、これから、説明します…」

 と、強引に言って、私との会話をやめた…

 「…それより、社長の藤原ナオキ氏の解任に賛成の方は、お二人だけですか?…」

 マミさんが、聞く…

 私は、慌てて、周囲を見た…

 が、

 ナオキの解任に賛成するのは、その二人だけ…

 他には、誰もいなかった…

 すると、マミさんが、

 「…取締役は、六人いますが、社長の藤原氏の解任に賛成なのは、二人だけ…ですから、社長の藤原氏の解任は、否決…これまで通り、社長は、藤原氏の続投と、なります…」

 と、言うと、ナオキが、席から、立ち上がり、

 「…ありがとうございます…」

 と、頭を下げた…

 私は、驚いたと、同時に、ホッとした…

 ナオキが、社長を解任されなかったことに、ホッとした…

 すると、マミさんが、

 「…では、次の議題に入ります…」

 と、宣言した…

 …次の議題?…

 …一体、なんだろ?…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 「…次の議題…それは、ここにいる、諏訪野伸明氏、諏訪野和子氏、そして、私、諏訪野マミのFK興産の取締役就任です…」

 マミさんが、告げた…

 私は、その瞬間、

 …そういうことか!…

 と、思った…

 …そのために、この三人は、ここに来たんだ!…

 と、思った…

 今さらながら、思った…

 相変わらず、トロい…

 自分自身を、呪った…

 自分の能力の低さを、呪った…

 ここは、FK興産の取締役会…

 ならば、そこに、出席するのは、取締役のみ…

 当たり前だ…

 そして…

 そして、だ…

 仮に、取締役でない人間が、取締役会に出席するとしたら?

 それは、次期取締役…

 取締役に任命されるために、この場にやって来た…

 そう、考えるのが、正しい…

 当たり前だ…

 そのことが、瞬時に、わからないのが、愚か…

 相変わらず、愚かだと、思った…

 自分自身、愚かだと、思った…

 そして、この場に出席する以上、根回しが、済んでいるはず…

 おそらく…

 いや、

 十中八九、根回しが、済んでいるに、決まっている…

 だから、マミさんが、

 「…では、お一人ずつ、まずは、諏訪野伸明氏の、取締役就任に賛成の方は、挙手をお願いします…」

 と、言うと、さっき、ナオキの社長解任に賛成した、銀行から派遣された取締役二人以外は、全員が、賛成した…

 つまり、私を除いた、FK興産出身の取締役三人…

 社長の藤原ナオキを筆頭とした三人が、手を挙げた…

 が、

 それでは、過半数に満たない…

 なぜなら、取締役は、私を含め、六人…

 それに、対して、伸明がFK興産の取締役就任に賛成するのは、三人…

 だから、過半数には、届かない…

 過半数になるには、一人足りない…

 過半数になるには、四人の賛成が、必要だからだ…

 私が、考えていると、マミさんが、

 「…寿さんは、どうですか?…」

 と、聞いた…

 いきなり、聞いた…

 私は、驚いて、

 「…エッ? …私?…」

 と、言った…

 思わず、言ってしまった…

 「…そうです…賛成ですか? …それとも、反対ですか?…」

 マミさんが、聞く…

 直球で、聞く…

 私は、どう答えて、いいか、わからなかった…

 伸明をFK興産の取締役に迎えることは、既定路線かも、しれない…

 FK興産は、五井の援助を受けている…

 現に、ナオキを筆頭にしたFK興産の生え抜きの取締役は、皆、伸明の取締役就任に賛成している…

 と、いうことは、やはり、長い物には巻かれろというか…

 私もまた、伸明の取締役就任に、手を挙げるべきだろうか?

 考えた…

 なにしろ、知らぬ仲ではない…

 結婚を意識した仲だ(苦笑)…

 だから、当然、伸明のFK興産の取締役就任に賛成と言いたいところだが、さにあらず…

 ここで、伸明を取締役にすれば、遅かれ早かれ、ナオキは、社長の座を追われるのは、目に見えているからだ…

 だから、悩んだ…

 伸明を取締役にして、いいのか、どうか、悩んだ…

 すると、

 「…どうですか? …寿さん…」

 と、マミさんが、聞いた…

 マミさんが、ダメ出しをした…

 私は、悩んだが、覚悟を決めて、

 「…棄権します…」

 と、告げた…

 「…棄権?…」

 マミさんが、狐につままれたような表情になった…

 「…そうです…棄権です…」

 「…どうして、棄権なんですか?…」

 「…賛成も反対もしたくありません…だから、棄権します…」

 私が、断言して、伸明を見た…

 すると、伸明は、困った顔をした…

 明らかに、困った顔をして、いた…

 が、

 私を睨むのでも、なんでもない…

 ただ、困った顔をしていた…

 当惑した顔をしていたとも、言える…

 想定外のことが、起きたといっても、よい…

 だから、どうして、いいか、わからない感じだった…

 真逆に、伸明の隣にいる、和子は、明らかに、怒っていた…

 怒って、私を睨んでいた…

 そして、五井のもう一人の当事者…

 司会をしている、諏訪野マミさんも、また、戸惑っていた…

 明らかに、当惑していた…

 そして、すぐに、

 「…困りましたね…」

 と、吐露した…

 自身の心中を吐露した…

 「…取締役が、六人いて、賛成が、三人…棄権が、一人…残る二人は、反対ということで、いいんですね…」

 マミさんが、銀行から派遣された、社外取締役二人に、聞く…

 二人は、無言で、頷いた…

 諏訪野伸明の取締役就任に反対だと、表明した…

 「…では、賛成多数で、諏訪野伸明氏のFK興産の取締役就任を、決定します…」

 マミさんが、言う…

 私は、それを、聞いて、唖然とした…

 ここで、決めるのは、過半数ではなく、多数決…

 会社によって、異なるだろうが、FK興産の社則では、賛成、反対の数で、決める…

 私は、それを、忘れていた…

 いや、

 忘れていたのでは、ない…

 そもそも、私は、取締役でも、なんでも、なかったのだから、取締役会の裁決の取り方など、関心がなかった…

 だから、知らなかった…

 そして、それに、気付くと、私が、ここで、賛成しようが、棄権しようが、関係ないことが、わかった…

 反対は、銀行から、派遣された、社外取締役のみ…

 FK興産の社外の取締役二人のみだ…

 つまり、三人賛成すれば、伸明は、取締役に就任できる…

 当たり前だ…

 だから、私が、棄権しようが、しまいが、関係ない…

 私が、棄権しても、賛成したのと、同じ…

 結果は、同じだからだ…

 そして、それを、思えば、自身の不手際を思った…

 私が、棄権したことで、私は、明らかに、五井の不興を買った…

 明らかに、買った…

 それは、和子の顔を見れば、わかる…

 明らかに、怒っている…

 私に対して、怒っている…

 おそらく、他の二人も、同様なのだが、ただ、顔に出さないだけ…

 表情に出さないだけだ…

 だから、それを、考えれば、私は、あえて、棄権する必要は、なかった…

 私が、棄権しても、結果は、同じだったからだ…

 かえって、五井の怒りを買った…

 そう、思った…

 そう、考えた…

 だったら、私が、伸明の取締役就任に反対すれば、良かったのか?

 それを、思った…

 たしかに、反対すれば、面白い…

 なぜなら、反対すれば、反対は、三人…

 賛成の三人と、拮抗する…

 だから、結論が、出ない…

 それゆえ、面白い…

 面白いのだ…

 私は、ちょっぴり意地悪な気持ちで、そう、考えた…

 そして、そう、考えている間に、

 「…では、次に、諏訪野和子氏のFK興産の取締役就任に賛成の方は、挙手をお願いします…」

 と、マミさんが、言った…

 私は、今度は、迷うことなく、賛成した…

 賛成のために、手を挙げた…

 これには、司会のマミさんも、驚愕したようだ…

 「…寿さん…棄権では、ないのですか?…」

 マミさんが、驚いた表情で、聞いた…

 「…いえ、棄権では、ありません…」

 私が、答えると、和子が怪訝な顔をした…

 どうしてだか、わからない…

 そんな表情だった…

 そして、それは、隣の伸明も、同じだった…

 不思議そうな顔をした…

 自分の取締役就任には、反対して、なぜ、叔母の和子の取締役就任に賛成するのか?

 わけが、わからなかったに違いない…

 私としては、棄権しても、賛成しても、結果は、変わらない…

 だったら、棄権して、五井の不興を買うよりは、賛成して、五井の機嫌を取った方が、いいと、気付いただけだ…

 ただ、それだけの理由だった…

 そして、伸明同様、和子の取締役就任が、決まった…

 賛成多数で、決まった…

 和子の取締役就任に反対したのは、またも、銀行から派遣された社外取締役二人だった…

 だから、二人だけでは、太刀打ちできなかった…

 そして、次に、マミさんの取締役就任の是非が、問われた…

 私は、これにも、賛成した…

 もはや、反対しても、仕方がない…

 そんな気持ちだった…

 そして、マミさんのFK興産の取締役就任も、無事、終わった…

 すると、司会のマミさんが、

 「…ありがとうございます…」

 と、自分の取締役就任に賛成してくれた、お礼を述べた…

 それから、一転して、

 「…では、これから、取締役解任の決議をします…」

 と、続けた…

               
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