第69話

文字数 4,156文字

そして、そんなことに、気付くと、落胆したというか…

 あらためて、役者が違うと、思った…

 私とは、役者が、違う…

 私と、和子では、役者が違う…

 一枚どころか、想像もできないほど、上…

 おそらく、くぐってきた修羅場の数も、段違いに、多いに違いない…

 だから、五井の女帝と、周りから、言われているのだ…

 ただのお嬢様ではない…

 ただの五井東家出身のお嬢様ではない…

 あらためて、思った…

 すでに、半年ちょっと前に、私が、オーストラリアに癌の治療に行く前に、今回の件を、すべて、見抜いていたということになる…

 これは、恐れ入った…

 実に、恐れ入った…

 同時に、気付いた…

 それほどのやり手だからこそ、伸明が、心配なのだと…

 おそらく、和子から見れば、伸明が、どうにも、危なっかしいのでは、ないか?

 伸明は、誰が見ても、お坊ちゃま…

 良家のお坊ちゃまだ…

 苦労知らずの良家のお坊ちゃまだ…

 だから、騙されるのでは?

 いや、

 騙されるとは、言わないまでも、五井の舵取りを、このまま、伸明に任せて、大丈夫なのか?

 と、心配になるのでは、ないか?

 そう、思った…

 だから、和子が、動く…

 伸明が、頼りないから、動く…

 そういうことだろう…

 そして、そして、だ…

 なぜ、和子が、私に肩入れするのか?

 私、寿綾乃に肩入れするのか?

 それは、たぶん、私が、伸明のお嫁さん候補だから(笑)…

 自分で、自分のことを、こんなふうに言うのは、おかしいが、事実…

 まぎれもない、事実だ…

 お坊ちゃまの伸明には、しっかり者のお嫁さんが、必要だからだ…

 この世知辛い、世の中…

 ひとのいい、良家のお坊ちゃまと、同じく、ひとのいい、良家のお嬢様が、結婚して、無事、生きてゆけるのか?

 甚だ、心もとないからだ(苦笑)…

 たしかに、財産はある…

 腐るほど、ある…

 が、

 たとえ、百億、千億、あるいは、それ以上、あっても、誰かに、騙されでもしたら、終わり…

 一巻の終わりだ…

 大金持ちは、庶民とは、違う…

 なにが、違うかと、言えば、金を持っているから、違う…

 だから、例えば、詐欺師のような人間が、周囲に、集まりかねない…

 そして、詐欺師というのは、大抵は、投資詐欺…

 つまりは、何十億、何百臆という大金を投資名義で、大金持ちから、引き出させる…

 だから、そんな人間に狙われて、引っかかると、一巻の終わり…

 瞬く間に、身ぐるみはがされて、一文無しになりかねない…

 おそらく、和子は、そんな未来を恐れているに、違いない…

 だから、伸明には、しっかり者の嫁を取らせる…

 そして、伸明を護らせる…

 そういうことだろう…

 そして、そのためには、良家の子女よりも、普通の家庭出身の女の方が、いい…

 その方が、人並みに、苦労をしているからだ…

 良家の子女は、性格が、良いのが、大半だが、あまりに、ひとが良く、世間知らずだと、簡単に、騙されやすいからだ…

 だから、敬遠する…

 たとえ、ルックス、人柄、家柄が、申し分なくても、二人が、世間知らずでいては、困る…

 それでは、簡単に騙されかねないからだ…

 だから、私を選んだ…

 和子は、私を選んだ…

 そういうことだろう…

 夫が、頼りなければ、しっかり者の嫁をもらえばいい…

 そういうことだろう…

 そして、そんなことを、考えていると、以前、和子が、言った言葉を思い出した…

 「…この五井は、代々、女が、支えていると…」

 「…五井の強い女たちが、五井を支えていると…」

 たしか、以前、そう言った…

 そして、それは、マミさんに、関して、言った…

 なぜなら、マミさんは、五井家で、嫌われ者…

 マミさんは、五井の前当主、諏訪野建造の娘だが、愛人の子供…

 いわゆる、庶子だ…

 正妻の子供ではない…

 正式な五井家の血を引く者ではない…

 だから、嫌われている…

 それが、わかっているから、父の建造は、マミさんを、五井のグループ企業に雇わなかった…

 代わりに、金を与え、自分で、会社を作らせた…

 その方が、マミさんに合っていると思ったからだ…

 なにより、五井の企業に入れて、五井家当主が愛人に産ませた子供だと、周囲にバレるのは、困る…

 当主の建造の立場もあるし、また、マミさんも、会社に居づらくなるだろう…

 そして、そんなことは、案外バレるものだ…

 隠したいことほど、あっけなくバレるものだ…

 どこからか、情報が、洩れるものだ…

 だからこそ、建造は、マミさんを五井の企業に入れなかったのだろう…

 そんな未来を見抜いていたのだろう…

 が、

 その認識は、違った…

 なにが、違ったか?
 
 マミさんは、意外にも、五井の女性たちに好かれていると、和子が、言った…

 五井の強い女たちに、好かれていると、告げた…

 私は、それを、聞いたときに、最初は、驚いたが、すぐに、納得した…

 さもありなんと、納得した…

 なぜなら、いかに当主の建造が、娘のマミさんに、金を与え、会社を作らせようとしても、五井家の全員を敵に回しては、難しいからだ…

 だから、きっと、それほど、嫌われていない…

 つまりは、マミさんを許すというか…

 陰ながら、応援する人間がいても、おかしくはない…

 そう、思った…

 でなければ、いかに、五井家当主といえども、自分の娘に多額の資金を与え、会社を経営させるなど、できるはずがないからだ…

 その事実を今さらながら、思い出した…

 思い出したのだ…

 そして、そんなことを、考えながら、あらためて、伸明を見た…

 あらためて、伸明を見て、一体、なぜ、伸明は、ここに隠れているのだろ?

 と、思った…

 当然、身を隠す理由は、わかっている…

 マスコミの追及から、逃れるためだ…

 金を借りたナオキは、脱税の疑いで、逮捕された…

 一方で、金を貸した伸明は、そのまま…

 これでは、誰が見ても、不公平…

 公平ではない…

 だから、世間で、さわがれるのは、マズいと、思って、身を隠した…

 もちろん、五井の力で、マスコミは、抑えてある…

 金を借りた藤原ナオキは、逮捕されても、金を貸した諏訪野伸明のことを、テレビや雑誌では、ほとんど触れない…

 誰が見ても、不自然なほど、触れない…

 が、

 今の世の中、ネットがある…

 だから、ネットで、この話題が沸騰しては、困る…

 だから、身を隠した…

 姿を見せた方が、どうしても、話題になりやすい…

 一方、姿を隠せば、どうしても、その話題は、下火になる…

 最初は、この話題が沸騰しても、当事者が、いないと、どうしても、話題が、続かない…

 そういうものだ…

 だから、それを、見越して、伸明は、この病院に身を隠したのではないか?

 私は、今さらながら、そう、思った…

 が、

 本当に、それだけだろうか?

 他に、目的がないのだろうか?

 ふと、思った…

 なにしろ、この伸明は、五井家当主だ…

 五井グループの頂点に立つ人物…

 いわば、五井の顔だ…

 そんな五井の顔が、身を隠している…

 なにか、別の理由があるのかも、しれない…

 ふと、思った…

 もちろん、ホントのところは、どうか、わからない…

 ただの勘だ…

 が、

 ふと、思った…

 が、

 さすがに、それを、口にすることは、できない…

 そんなことより、今は、ただ、伸明と再会したのが、嬉しかった…

 伸明と再会することで、なんとなく、事情が、呑み込めたからだ…

 ナオキの会社、FK興産を五井グループが、買収する事情が、呑み込めたからだ…

 薄々は、気付いていたが、やはり、伸明の口から、聞きたかった…

 五井が、FK興産を買収する裏事情を、知りたかった…

 そういうことだ…

 だから、それを、思うと、ホッとしたというか…

 途端に、肩の力が、抜けた…

 それゆえ、一気に疲れた…

 それまで、溜まっていた疲労が、一気に、やって来た…

 そんな感じだった…

 すると、途端に、立っているのも、辛くなった…

 疲労が、一気にやって来たのだ…

 これまで、気が張っていたから、大丈夫だった…

 が、

 所詮は、癌を、持つ身…

 健康には、ほど遠い…

 だから、その日の体調によって、良い時も、悪い時もある…

 が、

 今日のように、伸明と会うとなると、そんな体調の良し悪しは抜きにして、この場にやって来た…

 この五井記念病院にやって来た…

 だからだろう…

 伸明の顔を見て、伸明の説明を聞いて、安心したというか…

 正直、ホッとした…

 そしたら、まるで、緊張の糸が緩むように、途端に、体調が悪化した…

 立っているのも、難しいほど、体調が悪化した…

 だから、思わず、

 「…すいません…ちょっと、気分が…」

 と、言った…

 すると、すぐに、長谷川センセイが、

 「…どうしました?…」

 と、聞いてきた…

 なにしろ、長谷川センセイだ…

 この病院の勤務医だ…

 この五井記念病院の私の主治医だ…

 私は、長谷川センセイの顔を見て、安心しながら、

 「…いえ、伸明さんの説明を聞くと、なんだか、ホッとして…」

 と、言った…

 長谷川センセイに、言った…

 長谷川センセイは、医師の顔に戻っていた…

 私の様子を見て、すぐに、医者の顔に戻っていた…

 「…だったら、こちらに…」

 と、長谷川センセイが、促した…

 なにしろ、ここは、病室だ…

 長谷川センセイは、私のカラダに手をやり、私を支えた…

 伸明もまた、

 「…寿さん…大丈夫?…」

 と、心配そうな表情で、聞いてきた…

 そして、

 「…長谷川センセイ…ボクも手伝います…」

 と、伸明が、言ったが、

 「…いえ、たぶん、大丈夫です…」

 と、長谷川センセイが、私のカラダを支えながら、伸明に告げた…

 だから、伸明は、心配そうな表情で、私を見るだけだった…

 私は、長谷川センセイに支えられ、ベッドに横になった…

 なにしろ、ここは、病室…

 五井記念病院の病室だ…

 当然、ベッドもある…

 伸明には、悪いが、伸明が使うであろう、ベッドに、私が、横になった…

 「…センセイ…ありがとうございます…」

 「…どういたしまして…」

 長谷川センセイが返す…

 「…寿さん…ゆっくりして下さい…」

 「…ハイ…わかりました…」

 と、答えた…

 そして、ほどなく、私は、ウトウトした…

 カラダが、限界だったのだろう…

 知らない間に、寝ついた…

               
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