第94話

文字数 3,345文字

「…ナオキ? …ウソ?…」

 思わず、呟いた…

 まさか、ナオキが、出て来るとは、思わなかった…

 夢にも、思わなかったのだ…

 同時に、気付いた…

 この菊池リンが、私にナオキに会わせてやると、言ったことが、ウソではないことが、わかった…

 だから、思わず、菊池さんを見た…

 菊池リンを見た…

 菊池リンは、大柄なボディーガード二人に、カラダを掴まれて、まさに、今、外に放り出されんとしていた…

 それを、小柄な菊池リンが、

 「…放しなさい!…」

 と、怒鳴っていた…

 コントの続きだった(笑)…

 コント=お笑いの続きだった(爆笑)…

 目の前で。お笑いが、続いていた…

 「…一体、私を誰だと思っているの!…」

 と、菊池リンが、怒鳴っていた…

 が、

 屈強なボディーガード二人は、菊池リンの言葉をまったく意に介していなかった…

 だから、余計に笑えた…

 菊池さんには、すまないが、笑えた…

 すると、今度は、さらに、部屋の奥から、

 「…どうしました?…」

 と、言いながら、伸明が、出て来た…

 これも、また、驚きだった…

 まさか、伸明が、ここにいるとは、思わなかった…

 なにより、さっき、このボディーガードのどちらかが、

 「…いません…」

 と、答えていた…

 この菊池リンの、

 「…伸明さんは、いますか?…」

 と、いう問いかけに、そう答えていた…

 だから、伸明が、出て来たのは、驚き…

 まさに、驚きだった…

 同時に、伸明が、姿を現したことで、

 「…諏訪野さん…部屋を、お出になっては、困ります…」

 と、ボディーガードの一人が、言った…

 が、

 そのボディーガードに、伸明は、

 「…それは、すまない…」

 と、言い、それから、

 「…いや、聞いたことのある声なので、つい…」

 と、続けた…

 「…それは、わかりますが、諏訪野さんの身を守るのが、私たちの仕事ですから…」

 「…それは、わかっている…」

 と、伸明は、応じる…

 そして、

 「…二人とも、ボクの知人だ…なにより、寿さんは、この前、二人とも、会ったでしょ?…」

 と、言った…

 「…それは、お会いしました…」

 ボディーガードの一人が、答える…

 「…ですが…」

 「…もう一人の女性…リンちゃんは、今日、初めてだったって、ことでしょ?…」

 「…ハイ…」

 それを、聞いて、伸明は、
 
 「…彼女は、従妹の子供です…」

 と、言った…

 「…ボクの母親と、彼女の祖母が、姉妹なんです…」

 それから、菊池リンに向かって、

 「…ここに、ボクがいるのを、誰に聞いたの?…」

 と、優しく、問いかけた…

 「…それは…」

 「…それは?…」

 「…おばあさまです…」

 菊池リンが、答える…

 が、

 伸明は、呆気なく、

 「…ウソだな…」

 と、言った…

 「…ウソ? …どうして、ウソだと、わかるんですか?…」

 「…和子叔母様は、リンちゃんに、五井家のゴタゴタには、関わらせない…」

 「…」

 「…五井長井家か?…」

 初めて、伸明から、五井長井家の名前が出た…

 これは、驚いたが、ある意味、予想通りでも、あった…

 なにしろ、今、五井の本家と分家の五井長井家は、敵対している…

 そう、思ったからだ…

 が、

 それだけでは、なかった…

 なぜなら、部屋の奥から、今度は、和子が、現れたからだ…

 五井の女帝が、現れたからだ…

 和子の姿を見て、

 「…おばあさま…」

 と、菊池リンが、絶句した…

 まさか、この場に、和子がいるとは、思いも、しなかったに違いない…

 目をまん丸に見開いて、驚いていた…

 それから、和子が、

 「…リン…アナタだったのね?…」

 と、彼女、菊池リンに、向かって、言った…

 私は、意味が、わからなかった…

 なにを、和子が、言っているのか、意味がわからなかった…

 が、

 それを、当然、私が、聞けるわけがない…

そもそも、そんな雰囲気ではなかった…

 ピリピリと緊張した雰囲気だった…

 とても、私が、口を挟める雰囲気では、なかった…

 「…おばあさま…」

 と、菊池リンが、小さく呟く…

 誰が、見ても、菊池リンの分が悪かった…

 菊池リンの旗色が悪かった…

 それから、和子が、

 「…誰が、ここに来るのか、ずっと、待ってたのよ…」

 と、続けた…

 「…でも、まさか、それが、リン…アナタだとは、思わなかった…」

 「…」

 「…それは、どういうことですか?…」

 ナオキが、口を挟んだ…

 正直、私も聞きたいことを、聞いた…

 いや、

 私だけではない…

 おそらくは、和子と、伸明以外、ここにいる全員が、聞きたいことを、聞いた…

 いや、

 もしかしたら、伸明も、また知らないかも、しれない…

 和子以外、誰も、知らないかも、しれない…

 その証拠に、伸明も、また和子を見ていた…

 五井の女帝を、見ていた…

 つまりは、ここにいる、全員が、五井の女帝、諏訪野和子を見ていたのだ…

 そして、和子は、全員の視線に臆することなく、

 「…五井の裏切り者…」

 と、ゆっくりと、言った…

 「…裏切り者…」

 ナオキが、和子の言葉を繰り返した…

 そして、その言葉に、全員が、驚いた…

 同時に、凍えたというか…

 おおげさに言えば、震撼した…

 震えた…

 …裏切り者…

 などど、言う言葉は、普通、ドラマや小説の中でしか、聞かない言葉だからだ…

 だから、震えた…

 だから、震撼した…

 そして、和子の次の言葉には、もっと、驚いた…

 「…でも、それこそが、五井…五井の血を引いている証拠かも、しれない…」

 和子が、苦笑しながら、言った…

 が、

 笑いながらも、その顔は、誰が見ても、哀しそうだった…

 誰が、見ても、おおげさでなく、泣きそうに見えたからだ…

 そして、和子の顔を見て、菊池リンが、

 「…おばあさま…」

 と、言った…

 小さく言った…

 和子の顔を見て、とても、大きな声を出せる状態では、なかったからだ…

 だから、小さな声で、言った…

 そういうことだろう…

 和子は、

 「…誰が、この部屋にやって来るか?…それが、大事だった…」

 と、淡々と言った…

 あえて、感情を殺していた…

 私は、そう、思った…

 つまりは、それほど、ショックだったのだろう…

 菊池リンの裏切りが、ショックだったのだろう…

 が、

 菊池リンが、なにを、裏切ったのか?

 わからなかった…

 和子の言及がなかったからだ…

 そして、もう一つの疑問…

 孫の菊池リンを裏切り者と、呼ぶ一方、

  「…でも、それこそが、五井…五井の血を引いている証拠かも、しれない…」

 と、言った和子の真意が、わからなかった…

 だから、あえて、私は、

 「…意味が、わかりません…」

 と、言った…

 この騒動の部外者の私が、口を挟む権利は、ないと、思うが、あえて、言った…

 どうしても、聞きたかったからだ…

 すると、和子は、私を見た…

 私を見て、ゆっくりと、微笑んだ…

 そして、

 「…それは、そうね…」

 と、言って、笑った…

 それから、ボディーガードの一人に羽交い絞めにされている、菊池リンを見て、

 「…放して、お上げなさい…」

 と、命じた…

 途端に、まるで、軍隊の上司の命令を聞いたかのように、それまで菊池リンを羽交い絞めにしていたボディーガードは、素早く、菊池リンのカラダを放した…

 これは、まるで、軍隊か、なにかを、見るようだった…

 なぜなら、このボディーガードは、屈強な大男だったからだ…

 そんな大男に、命じるのだから、まさに、軍隊を、連想させた…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、

 「…こちらに、いらっしゃい…」

 と、和子が、言った…

 が、

 私は、動けなかった…

 和子が、誰に対して、言っているのか、わからなかったからだ…

 だから、動けなかった…

 しかし、すぐに、私の疑問に気付いたのだろう…

 「…リンと、寿さん…それに、伸明と藤原さんも…」

 と、付け加えた…

 それから、ボディーガード二人に、向かって、

 「…アナタたちは、申し訳ないけれど、また、ここで、見張りを続けて下さい…」

 と、命じた…

 和子の命令を、聞いたボディーガード二人は、背筋をピンと伸ばして、

 「…ハッ!…」

 と、返答した…

 まさに、軍隊だった…

 その軍人と見間違えるボディーガード二人を残して、私たちは、部屋の中に入った…

               

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み