第25話

文字数 4,222文字

 ナオキから、電話があったのは、その直後だった…

 皮肉にも、諏訪野マミから、かかってきた電話が、切れた直後だった…

 まあ、直後といっても、現実には、2.3分後…

 それゆえ、厳密には、直後では、ないかも、しれない…

 が、

 まあ、直後でも、いいか(笑)?

 とにかく、ケータイのベルが、鳴ったから、マミさんからだと、思った…

 マミさんが、なにか、言い忘れたことが、あるのかも、と、思った…

 だから、電話に出たときに、

 「…マミさん…」

 と、自分から、言った…

 当然、電話の相手は、マミさんだと、勝手に、思ったからだ…

 が、

 電話の向こう側から、かかってきた相手は、絶句したというか…

 「…マミさんって?…」

 と、当惑した様子で、呟いた…

 だから、それを、聞いて、間違いに、気付いた…

 「…すいません…間違いました…」

 と、慌てて、言った…

 相手の態度から、電話の主が、マミでないことが、わかったからだ…

 そして、私が、誰だか、相手の名前を聞く前に、

 「…綾乃さん…ボクだよ…ナオキだよ…」

 と、相手が、名乗った…

 意外といえば、意外…

 実に、以外な相手からだった…

 そして、それが、わかると、自分自身、ビックリする声で、

 「…ナオキ…アナタ、今、どこにいるの?…」

 と、怒鳴った…

 いや、

 怒鳴らずには、いられなかった…

 なにしろ、当人だ…

 今、テレビで、流れている、話題の当人だ…

 検察から、告発された当人だ…

 まさか、その当人から、連絡があるとは、夢にも、思わなかった…

 が、

 すぐには、反応が、なかった…

 「…」

 と、反応が、なかった…

 私は、それで、

 …しまった!…

 と、思った…

 怒鳴ったのが、まずかったと、今さらながら、気付いた…

 電話をして、自分の名前を名乗った途端、怒鳴られれば、誰もが、返事に困る…

 それを、忘れていた…

 だから、私は、息を大きく飲み、呼吸を整えてから、ゆっくりと、話そうとした…

 が、

 その前に、電話の向こう側から、

 「…綾乃さん、ゴメン…」

 と、いう声が、聞こえてきた…

 …ゴメンって?…

 …どうして、謝るんだだろ?…

 とっさに、思った…

 だから、

 「…なぜ、謝るの?…」

 と、聞いた…

 直球で、聞いた…

 なにしろ、ナオキだ…

 私の事実上の夫のようなものだ…

 正式に結婚していないから、内縁の夫のようなものだ…

 そして、さっき言った、マミさんの言葉を借りれば、ナオキとは、もうずっと前から男女の関係にあった…

 カラダの関係があった…

 だから、言いやすい…

 だから、聞きやすい…

 これが、諏訪野伸明ならば、そうは、いかない…

 藤原ナオキに接するように、なれなれしくなれない…

 マミさんの言葉を借りれば、まだ、カラダの関係が、ないからだ…

 だから、そこまで、なれなれしくなれない(笑)…

 まあ、もっとも、カラダの関係うんぬんは、関係なく、男女とも、妙になれなれしい人間は、いる…

 要するに、自分勝手なのだ…

 どんなときも、自分が、中心…

 相手との距離間が、うまく取れない…

 知り合ったばかりの人間にも、まるで、昔からの親しい友人のように、なれなれしく接する…

 だから、学校や職場では、嫌われ者…

 本人は、気付かないが、陰で、笑われている…

 そして、会社や学校では、同じような者同士で、つるんでいる…

 気が合うからだ…

 が、

 当人たちは、その事実に気づかない…

 笑われている事実に、気付かない(爆笑)…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…ユリコのことだ…」

 と、電話の向こう側から、ナオキが、言った…

 「…ユリコさん?…」

 私は、繰り返した…

 途端に、以前、考えたことを、思い出した…

 あのユリコさん…

 今、電話をしている、ナオキの元の妻…

 あのユリコが、もしかしたら、今回の騒動に、一枚噛んでいるかも、と、考えた…

 それを、思い出した…

 だから、

 「…ユリコさんが、どうか、したの?…」

 と、わざと、言った…

 わざと、なにも知らないふりをして、聞いた…

 「…ユリコが、今回の騒動の黒幕だ…」

 「…黒幕?…」

 「…ボクをターゲットにして、綾乃さんを、狙ってきた…」

 私が、これまで、漠然と考えていたことを、言った…

 が、

 それだけでは、なかった…

 「…綾乃さんが、ターゲットだから、諏訪野さんも、巻き込んだ…」

 と、ナオキが、続けた…

 思わず、

 「…ナオキ…それ、どういうこと?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…諏訪野さんの動きを封じるためだ…」

 「…諏訪野さんの動きって?…」

 「…諏訪野さんが、綾乃さんを好きなのは、ユリコも、知っている…だから、諏訪野さんが、動けないように、諏訪野さんを、巻き込んだ…」

 「…巻き込んだ?…」

 「…ボクが、諏訪野さんから、融資を受けていることを、ユリコは、どこからか、掴んだらしい…それを、公にして、諏訪野さんを、巻き込んだ…そうしておけば、なにか、あっても、諏訪野さんは、綾乃さんを助けるのは、難しくなる…なにしろ、綾乃さんは、ボクの秘書だった…ボクと諏訪野さんの関係が、公になれば、諏訪野さんは、動きづらくなる…ボクの秘書だった綾乃さんを、助ければ、なにを言われるか、わからない…だから、諏訪野さんも、綾乃さんを、助けることが、できなくなる…」

 「…それって、もしかして、すべて、ユリコさんが、私に、復讐するため…」

 「…たぶん…」

 ナオキが、言いにくそうに、言った…

 「…つまり、ターゲットは、私…私、寿綾乃というわけ…」

 「…たぶん、そう…」

 「…私に復讐するために、私の周囲から、私を援助してくれる人間を排除する…」

 それには、さすがに、ナオキも答えなかった…

 が、

 事実は、そう…

 それ以外の何物でもない…

 私は、それを、聞いて、納得したというか…

 妙に納得した気持ちになった…

 が、

 同時に、すまないと、思った…

 このナオキも、そうだが、とりわけ、諏訪野伸明にすまないと、思った…

 今のナオキの言葉からは、私に関わったばかりに、今回の騒動に巻き込まれたことが、わかったからだ…

 なにより、ナオキは、ともかく、伸明と私は、たいした関係がない…

 すでに、何度も言ったように、ただ、一度キスをしただけ…

 それだけの関係で、騒動に巻き込んだのは、すまないと、思った…

 だから、

 「…諏訪野さん…」

 と、呟いた…

 「…諏訪野さんに、すまない…」

 と、呟いた…

 と、それを、電話口で、聞いたナオキは、

 「…綾乃さん、気にしなくていいよ…」

 と、私を慰めた…

 それは、嬉しかったが、やはり、

 「…どうして、気にしなくていいの?…」

 と、聞かずには、いられなかった…

 そして、ずばり、

 「…どうして、気にしなくていいの?…」

 と、聞いた…

 当たり前のことだ…

 「…それは…」

 ナオキが、言いよどんだ…

 だから、

 「…それは…なに?…」

 「…諏訪野さんが、綾乃さんを、好きだからだよ…」

 と、あっさり、言った…

 「…私を好き?…」

 言いながら、なんだか、自分でも、恥ずかしくなった…

 もうすぐ33歳になる私が、まるで、中学生や高校生に、戻った感じだった…

 まるで、中学生や高校生のときに、

 「…誰々は、綾乃を好きだって…」

 と、同性の女友達に言われたときと、同じ気持ちになった…

 …これって、一体?…

 まもなく、33歳になる私だが、まだ心は、中学生のまま?

 とっさに、自分でも、吹き出しそうになった…

 まして、それを、ずっと、昔から、男女の関係にあったナオキから告げられたのが、なんとも、言えなかった…

 自分と、関係のあった男から、他の男が、私を好きって、言われる…

 これって、皮肉?

 それとも、ジョーク?

 いや、

 漫才?

 とにかく、なんとも、言えない気持ちになった…

 ナオキから、諏訪野伸明が、私を好きって、言われたのは、嬉しいが、なんだか、複雑…

 実に、複雑な気持ちだった(笑)…

 だから、私が、戸惑っていると、

 「…聞いている…綾乃さん?…」

 と、電話の向こう側から、聞いてきた…

 「…ええ、聞いているわ…」

 私は、答える…

 「…だったら、どうして、黙っているの?…」

 「…それは…」

 「…それは?…」

 言えるわけがなかった…

 内縁の夫の近いナオキから、諏訪野伸明さんが、私を好きと、聞いても、反応に困った…

 それは、例えば、結婚している、妻に、夫から、

 「…誰々は、キミが、好きだって!…」

 と、言われるようなものだからだ…

 事実上の自分のパートナーに、まるっきりの他人が、

 「…キミを好き…」

 と、言われても、対応に困る…

 そういうことだ…

 だから、

 「…ナオキ…相変わらず、女心が、わかってないのね…」

 と、言った…

 いわば、ナオキを攻撃したのだ…

 「…女心がわかってないって?…」

 「…バカね…ナオキから、諏訪野さんが、私を好きって、言われて、なんて、答えていいか、わからないでしょ?…」

 「…どうして、わからないの?…」

 「…私とアナタの関係…」

 「…関係って?…」

 「…ナオキと私は、もうずっと、夫婦のようなものでしょ?…それが、事実上の夫のナオキから、私に、誰々は、キミが、好きだって、と、言われたら、反応に困る…それって、夫から、妻に、不倫していいよと、言われるのと、同じ…」

 「…同じ?…」

 「…夫公認で、妻に不倫を推奨するなんて、ありえないでしょ?…」

 私が、言うと、ナオキが、返答に困った…

 返答に、困って、

 「…」

 と、答えなかった…

 さらに、私は、追い打ちをかけた…

 「…だから、ナオキ…アナタ、女心が、わかってないって、言ったのよ…」

 私が、言うと、ナオキは、

 「…」

 と、黙った…

 きっと、なんて、答えていいか、わからなかったに違いない…

 そして、さらに、追い打ちをかけるべく、

 「…でしょ?…」

 と、付け加えた…

 ナオキを懲らしめるためだ…

 事実上の妻と、いえる私に、

 「…諏訪野さんが、キミを好き…」

 と、言って、私を困らせたからだ…

 それは、言葉を変えれば、

 「…諏訪野さんに、抱かれろ!…」

 と、夫から、言われるようなものだからだ…

 だから、頭に来た…

 頭に来たのだ…

 が、

 ナオキから、帰ってきた言葉は、

 「…それなら、綾乃さんは、男心が、わかってないよ…」

 と、いう言葉だった…

               

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