第27話

文字数 4,349文字

 いや、

 思い出さずには、いられなかった…

 私が、ナオキと正式に結婚さえ、していれば、ナオキに会いに行ける…

 あらためて、そう、思った…

 思わずには、いられなかった…

 が、

 そんなことを、いつまでも、思っていても、仕方がない…

 そんなことを、いつまでも、考えていても、仕方がない…

 問題は、これから、どうするか?

 だ…

 問題は、これから、どう行動するか?

 だ…

 そして、考えたのは、やはり、五井家…

 諏訪野伸明しか、いなかった…

 頼れる人間は、伸明しか、いなかった…

 が、

 その伸明は、雲隠れしていると、諏訪野マミが、言っていた…

 伸明の腹違いの妹のマミさんが、言っていた…

 今回の融資の件で、警察や、マスコミに、批判にさらされるかも、しれないと、考えて、いち早く雲隠れしたと、言っていた…

 ならば、どうする?

 頼れる者は、伸明以外、見つからない…

 いや、

 もしかしたら?

 もしかしたら、それ以外の当てがある!

 それは、五井家…

 五井の女帝、諏訪野和子だ…

 伸明の叔母の和子だ…

 あの女傑なら、なんとか、してくれるかも、しれない…

 もっと、言えば、私が、これから、どう動けば、いいのか?

 教えてくれるかも、しれない…

 が、

 さすがに、和子に連絡を取ることは、できなかった…

 和子は、おそらく、私とナオキの関係を知っているだろう…

 私とナオキが、長年、男女の関係にあったことを、知っているだろう…

 そんな女が、自分の事実上のパートナーだった男を、助けてくれ! と、泣きを入れても、なんとも、調子のいい女としか、私を見ないだろう…

 なんといっても、伸明が、私を好きだから、私は、五井家の人間と知り合ったのだ…

 厳密には、従妹の本物の寿綾乃が、五井家の血を引いていたから、それで、五井家の人間と知り合ったのだが、それが、間違いであったことが、わかっても、五井家の人間と、関係が、途切れなかったのは、伸明が、私を好きだから…

 こんなことを、口にするのは、恥ずかしいが、五井家当主が、私に好意を持ってくれているから、今も五井家の人間と、関係が、続いている…

 それが、答えだからだ…

 その五井家当主が、好意を持っている女が、自分の好きな男が、危機に陥っているから、助けてくれと、頼むのは、なんとも、虫が、良すぎるというか…

 五井家の人間の立場で、いえば、開いた口が塞がらないに、違いない…

 それは、あまりにも、自分勝手…

 自分のことしか、考えないからだ…

 少なくても、私が、和子の立場なら、そんな女は、御免…

 いかに、五井家当主である、伸明が、好意を持っているとしても、そんな女は、御免だ…

 とてもではないが、五井家の当主の妻にふさわしいとは、思えない…

 いや、

 そもそも、私が、伸明と結婚できるはずがない…

 私は、平民…

 平民=普通の人間だ…

 大学も出ていない…

 学歴もない…

 頭も良くない…

 おまけに、なりすましだ…

 従妹の寿綾乃のなりすましだ…

 そんな女が、天下の五井家当主と、結婚できるはずがない…

 さすがに、そんなバカな話はない…

 当たり前のことだ…

 が、

 それを、置いておいても、やはりいうか…

 すでに、何度も言うように、私の立場で、五井家に、助けを求めることは、できなかった…

 いかに、五井家当主が、私に好意を寄せていても、できなかった…

 私が、好きだった男を、お願いだから、助けてくれと、自分に、好意を持つ男の一族に頼むのは、あまりにも、虫が良すぎるからだ…

 だから、できなかった…

 できなかったのだ(涙)…

 
 三日が経った…

 世間では、ナオキが、逮捕された、ニュースが、かまびすしかった…

 これは、ある意味、当たり前だった…

 藤原ナオキは、有名人…

 週に一度、ニュース番組のコメンテーターをしていて、テレビに出ていたからだ…

 だから、有名人…

 その有名人が、逮捕されたのだ…

 話題にならないはずが、なかった…

 まして、藤原ナオキは、長身のイケメン…

 これもあって、話題にならないはずが、なかった…

 ひとは、どうしても、ルックスにこだわる(笑)…

 藤原ナオキが、IT企業の創業社長で、お金持ちといっても、たかだか、従業員は、千人程度…

 ソフトバンクの孫や、楽天の三木谷から比べれば、比較にならない…

 孫や三木谷から見れば、吹けば飛ぶような小さな会社…

 小さな=チンケな会社と言い直しても、いい(苦笑)…

 が、

 ナオキには、孫や、三木谷には、ないものが、ある…

 それは、若さとルックス…

 この二つは、孫や、三木谷には、悪いが、どう頑張っても、手に入れることが、できないものだからだ…

 藤原ナオキは、ルックスが、いいから、コメンテーターの仕事が、舞い込み、それゆえ、知名度が、抜群になって、それを、武器に、自分の会社が、有名になり、売り上げも上がり、会社の規模が、大きくなった…

 まさに、好循環だった…

 好循環の極みだった…

 いわば、ナオキは、自分のルックスを武器に、会社を大きくしたのだ…

 が、

 それも、今回の逮捕をきっかけに、暗転…

 頓挫した…

 その結果、会社の将来に暗雲が、立ち込めてきたと、言わざるを得ないかも、しれない…

 この先、会社が、どうなるか?

 けだし、見物だ…

 言葉は、悪いが、見物だ…

 ホントは、こんな言葉は、使うのは、おかしい…

 なぜなら、私は、藤原ナオキに寄り添う立場の人間だからだ…

 藤原ナオキの側の人間だからだ…

 それが、まるで、他人事のように、会社の将来を語る…

 が、

 それで、いい…

 なぜなら、他人事のように、語ることが、できなければ、客観的に、物を見ることが、できないからだ…

 だから、いい…

 ひとは、どうしても、自分に都合よく、考える…

 例えば、会社で言えば、高卒の新入社員が、周りの人間より、飲み込みが早く、手が早く、早く仕事を終えることが、できれば、将来、出世できると、簡単に考える…

 それは、末端の仕事で、単純な作業だから、飲み込みが早く、手が早ければ、できる仕事だとは、本人は、全然、思わない…

 これを、単純に、ステップアップの一つだと、考える…

 つまりは、これが、できれば、次に、もう一段上の仕事を、任され、さらに、その次には、さらに、もう一段上の仕事を任されると、考える…

 究極のところ、単純に、自分が、優れていると、考える…

 だから、簡単に、将来、主任になり、課長になり、部長になりと、ステップアップする自分の将来を夢見る…

 そして、なにより、問題なのが、単純に、その仕事が、できたから、自分は、優れていると、考えること…

 周囲の人間の能力など、考えもしない(笑)…

 普通ならば、自分の学歴は、どうで、相手の学歴は、どうでと、考えるが、そんなことは、考えもしない…

 命じられたことが、できるから、自分は、優れている…

 基準は、それだけ…

 ただ、それだけだ(笑)…

 要するに、それだけの人間だ…

 出世とは、無縁の人間…

 そして、そういう人間ほど、出世に強い憧れを抱いている…

 私は、それを、見て、

 「…なぜ、そんなことを、考えるのだろう?…」

 と、当時、疑問だった…

 正直、わけがわからなかった…

 が、

 その後、時間が経って、わかった…

 要するに、自分の能力も、他人の能力も、わからないのだ…

 命じられた仕事が、完璧にできる…

 だから、

 …オレ=アタシは、優れている…

 と、考える…

 周囲の人間の能力は、見ない…

 あるいは、

 見れない…

 だから、わからない…

 そういうことだ…

 そして、おそらく、その根底には、コンプレックスがある…

 自分は、高卒だから、勉強では、大卒に負けたが、仕事では、負けないと、考える…

 が、

 そもそも、単純な、仕事だから、自分でも、簡単にできたとは、微塵も考えない…

 難しい論文やリポートを書くのでは、ないだから、自分でも、できたとは、全く、考えない(笑)…

 それが、問題だ(爆笑)…

 これは、以前も書いたかも、しれないが、私には、驚きだった…

 そんな人間は、それまで、会ったことがないからだ…

 私は、いつも、なにかを、考えるときに、そのことを、思い出す…

 なぜなら、その前も、その後も、そんな人間は、見たことが、なかったからだ…

 だから、思い出す…

 そして、もし、そんな人間が、今の私の立場ならば、どうだろう?

 と、考える…

 きっと、藤原ナオキは、お金持ちだし、簡単に、保釈されて、その後も、何事もなかったように、仕事を続けて、いけると、簡単に考えるだろう…

 あるいは、そこまで、簡単に考えずとも、数年経てば、今回の件は、なかったことに、なるかも、しれないと、楽観的に考えるだろう…

 つまりは、どこまでも、甘く見る…

 どこまでも、自分に都合の良い未来を考える…

 そういうことだろう…

 そして、それを、思えば、その人間たちは、私にとって、反面教師だった…

 彼ら=彼女らのように、なっては、ならないと、いう反面教師だった…

 そして、彼ら=彼女らならば、今の私の立場ならば、どう考えるだろう…

 今の私の立場といったのは、藤原ナオキの件での、諏訪野伸明のことだ…

 つまりは、伸明に連絡をとって、

「…ナオキを、どうにか、して!…」

と、言えば、なんとか、してくれると、簡単に考えるだろう…

諏訪野伸明に頼めば、きっと、有力な弁護士を紹介して、もらったり、警察や検察のОBに頼んで、動いて、もらったり、できると、簡単に考えるだろう…

なにしろ、伸明は、五井家当主…

日本で知らない者は、いない、お金持ちだからだ…

だから、簡単にできると、考える…

物事を、物凄く、単純に考える…

物事を、自分有利に考える…

そういうことだろう…

そもそも、私が、長年、ナオキと男女の関係にあったことは、伸明も、気付いている…

いかに、ナオキと、伸明が、仲が良くても、ナオキと、そんな関係のあった女に頼まれたからと、いって、伸明は、簡単に動いてくれるだろうか?

とは、考えない…

むしろ、伸明は、私が、好きだから、私の頼みならば、なんでも、聞いてくれるに、違いないと、考えるだろう…

どこまでも、自分有利に考えるだろう…

そして、そんなことを、考えるたびに、ある意味、彼ら=彼女らに感謝した…

決して、自分は、彼ら=彼女らのようには、ならないと、肝に銘じたからだ…

だから、彼ら=彼女らとは、真逆に、最悪の事態を考える…

最悪、今回の藤原ナオキの逮捕を、きっかけに、FK興産が、倒産…
 
そして、私もナオキも、路頭に迷う…

そんな未来を考える…

考えたくもない、未来を、思い浮かべる…

そういうことだった…

どこまでも、自分の見たくない未来を見る…

そういうことだった…

              
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み