第62話

文字数 4,724文字

 …諏訪野伸明が、どこに身を隠しているかは、わかった…

 が、

 しかしながら、問題は、そこではない…

 どうして、身を隠したか?

 でもない…

 問題なのは、誰の指示で、諏訪野伸明が、五井記念病院に身を隠したか?

 それが、問題だ…

 私は、そう、思った…

 言葉は、悪いが、伸明は、お飾り…

 五井家当主という地位にいる、お飾りに過ぎない…

 お飾り=神輿(みこし)に過ぎない…

 そして、神輿(みこし)に祭り上げられた人間は、配下の人間の指示に従う…

 それは、ちょうど、天皇陛下が、自分の意思を優先しないのと、同じ…

 決めるのは、側近の者たち…

 例えば、天皇陛下が率先して、会議の準備をしたり、下準備をすることは、ないだろう…

 大抵は、準備の段階で、自分の意見を述べるとか、いくつかの選択肢を用意され、それを選ぶとか、その程度だろう…

 だから、それを、伸明に当てはめれば、誰かの指示で、伸明は、五井記念病院に身を隠したに、決まっている…

 そして、それは、誰の指示か?

 考えられるのは、諏訪野マミ…

 なぜ、マミさんなのか?

 それは、彼女が、伸明といっしょに、五井記念病院にいたからだ…

 だから、マミさんの可能性が高い…

 なにしろ、マミさんは、伸明の妹…

 血は、繋がってないが、妹だからだ…

 伸明の父であり、亡くなった建造が、外で、愛人との間に出来た娘が、マミさんだ…

 そして、伸明は、建造の息子ではない…

 建造の実の息子ではない…

 建造の血を引いていない…

 建造が、伸明の母である、昭子と結婚したときに、すでに伸明を身籠っていたからだ…

 だから、建造の血を引いていない…

 五井家、先代当主、建造の血を引いていない…

 ならば、なぜ、建造は、すでに、別の男との間の子供を身籠っていた昭子と結婚したのか?

 それは、本家が、弱かったから…

 五井本家が、弱かったから、分家たちに、押し切られたからだ…

 五井は、連合体…

 五井本家と東西南北の四家で、五井グループの持ち株会社の株の七割を占める…

 五井は、十三家あるが、主要なのは、本家と東西南北の四家と合わせた五家のみ…

 後は、たいした力がない…

 力がないと言ったのは、残りの七家が、所有するのは、株の三割…

 七家で三割なのだから、いかに、少ないか(苦笑)

 それに対して、本家も、三割…

 東西南北の分家は、それぞれ一割…

 つまりは、東西南北を除いた、七家を合わせて、本家と対等…

 本家と同じぐらいの株しか持ってないからだ…

 いかに少ないか!

 それが、わかる…

 本家は、株の三割を持っているから、他家に比べて、圧倒的な力があるが、それでも、本家以外の分家が、結束すれば、分家に勝てない…

 それは、ちょうど、江戸幕府と同じ…

 江戸幕府は、徳川将軍家を、盟主として、仰いでいる…

 そして、徳川将軍家を筆頭とした徳川家を主君と仰ぐ、徳川家の一族である、親藩や、徳川家の家臣である、譜代の大名たち…

 彼らの力は、例えば、加賀の前田家や薩摩の島津家と比べても、比較にならないほど、大きいが、それでも、徳川家を、盟主とする、徳川一族や徳川家の家臣たちが、束になっても、他の外様の大名たちが結束すれば、歯が立たない…

 それと、似ている…

 それゆえ、建造は、伸明の母である、昭子と結婚した…

 昭子は、五井東家出身…

 本当は、建造は、当時、結婚したい女がいたのだが、分家の圧力で、できなかった…

 そして、建造が結婚したい女こそ、本物の寿綾乃の母だった…

 つまりは、私の叔母に当たる…

 叔母は、美人だった…

 叔母の妹である、私の母も美人だったが、それ以上だった…

 だから、建造は、恋をした…

 いや、建造だけではない…

 建造の弟の義春も同じだった…

 すでに亡くなった義春もまた、同じだった…

 私の叔母に恋していた…

 そして、それゆえ、建造も義春も誤解していた…

 私が、寿綾乃になりすましているのが、わからないから、誤解していた…

 私を、自分の実の娘だと、思っていたのだ…

 つまりは、叔母は、建造との間に、綾乃を作ったことになる…

 だから、二人は、私の動向が気になった…

 血の血が繋がった自分の娘だ…

 気にならないはずがない…

 そして、それに、気付いた建造が、娘のマミを使って、藤原ナオキに接近した…

 マミさんは、経営者…

 会社を経営している…

 だから、雑誌の対談で、ナオキと知り合った…

 雑誌で新進の若手経営者の対談とでもいう形で知り合った…

 つまりは、あらかじめ、ナオキと知り合うべく仕組んでいたのだろう…

 そして、その対談を契機に、マミさんは、ナオキに一目惚れした…

 長身で、イケメンのナオキに一目惚れして、ナオキに果敢にアタックした…

 が、

 それは、見せかけ…

 本当は、ナオキが目的ではなかった…

 本当の目的は、私…

 私、寿綾乃だった…

 私が寿綾乃になりすましていることを知らないから、本物の寿綾乃だと、思って、接近したのだ…

 なにしろ、私は、ナオキの秘書…

 ナオキに接近すれば、私に近付ける…

 それが、マミさんの目的だった…

 建造の指示を受けたマミさんの目的だった…

 つまりは、最初から、マミさんは、建造の指示で動いていた…

 マミさんの意思で、動いていたのでは、なかった…

 そして、それを、今回の件に当てはめれば、どうか?

 またしても、マミさんは、誰かの指示で動いている可能性はないか?

 考える…

 マミさんは、強い…

 男に従う女性ではない…

 が、

 それでも、以前、実父の建造の命で、ナオキに近付いた…

 これは、なにを、意味するか?

 それは、マミさんが、今回も、誰かの指示で、動いている可能性があると、いうことだ…

 だから、それを、私に悟られるのが、嫌で、

 「…寿さんは、もう五井に関わらない方が、いい…」

 「…これ以上、五井に関われば、寿さんが、傷つく…」

 と、言ったのでは、ないか?

 私は、そう思った…

 私は、そう考えた…

 が、

 確証はない…

 ただの憶測に過ぎない…

 私の憶測に過ぎない…

 だから、答えは出ない…

 いくら、考えても、答えは出ない…

 当たり前だった…

 しかし、それでは、困る…

 困るのだ…

 ならば、どうするか?

 動くしか、ない…

 行動するしか、ない…

 それしか、手段がない…

 私は、そう、思った…

 そう、思っていた…

 が、

 しかしながら、自分には、どうすることも、できなかった…

 ただ、時間だけが、流れた…

 正直、むしゃくしゃしたし、自分自身に腹が立った…

 こんなときに、なにもできない自分自身に腹が立った…

 が、

 仕方がない…

 長谷川センセイの連絡を待つしかない…

 それしかない…

 自分は、自分なりに、やるべきことをやった…

 そう、自分自身に、言い訳した…

 そう、自分自身を、納得させた…

 事態が、動いたのは、その直後だった…
 
 FK興産が、正式に、五井グループの傘下に入ることを表明したのだ…

 いや、

 正式には、五井グループが、FK興産の株式をナオキから、買い取り、残りの市場に出回った株も、買い取ると表明した…

 つまりはTОB(株式公開買い付け)だ…

 市場に出た株を五井が、すべて買い取り、FK興産を、100%の子会社にして、上場を廃止すると、表明した…

 つまりは、完全に五井の傘下に入るということだ…

 私は、それを、聞いて、仰天した…

 FK興産が、五井グループの傘下に入ることも、そうだが、ナオキが、FK興産の株を売るという報道が、私を驚かせた…

 ナオキにとって、FK興産は、命…

 大げさに言えば、自分の命の次に大事なものでは、なかったのか?

 ITバブルの波に乗り、わずか、数名で、始めた会社が、従業員千人を擁するまでになった…

 その間、ナオキは、猛烈に働いた…

 文字通り、寝食を忘れて、仕事に、没頭した…

 それは、ナオキの事実上の妻だった私が、身近に見ている…

 ナオキの会社が、軌道に乗り、経営が安定したのは、この数年…

 授業員も、当初とは、桁外れに大きくなり、経営も安定した…

 そのおかげで、有名になり、テレビや雑誌のインタビューも、増えた…

 そして、そのインタビューを受けたおかげで、ナオキのルックスが、良いことが、世間で、評判になった…

 長身で、イケメン…

 なにより、優しげだ…

 それが、ネット等で、話題になった…

 そのおかげで、週一だが、テレビのキャスターの仕事が、ナオキに舞い込み、ナオキも、週一ならば、本来の業務に支障がないと、考え、テレビのキャスターの仕事を受けた…

 それが、数年前の出来事…

 つまりは、この数年が、全盛期といっては、なんだが、この数年で、一気に、これまでのナオキの努力が花開いた…

 そういうことだ…

 とりわけ、ナオキのルックスが、貢献した…

 いわゆる、イケメンであることが、良かった…

 男も女も、ルックスがいいことが、一番の武器だからだ…

 東大を出ているような頭の良い人間でも、見た目には、わからない者も、多い…

 頭の良さは、見た目では、わからないからだ…

 お金持ちも、そう…

 同じだ…

 見た目では、わからないことが、多い…

 所有する、高価なクルマや、大きな家を見て、初めて、わかることが、多い…

 が、

 ルックスは、違う…

 誰でも、一目でわかる…

 イケメンや美人は、一目でわかる…

 それが、違う…

 また、なにより、優し気であることが、良かった…

 いかに、イケメンでも、美人でも、いわゆるヤンキー系だったり、目に険があれば、大抵の人間は、嫌うものだ…

 とりわけ、目に険がある人間は、受け入れない人間が、多い…

 それは、なぜか?

 簡単に言えば、性格の悪さが、目に出ているからだろう…

 本人は、意識せずとも、目に出る…

 そして、大抵の人間は、それに辟易する…

 誰もが、性格の悪い人間と接したくないからだ…

 ナオキが、良かったのは、いわゆる、優男の長身のイケメンだったこと…

 それが、なによりの武器だった…

 優し気な外観ならば、ひとは、安心して、接することができる…

 誰もが、そうだろう…

 誰もが、同じだろう…

 一目見て、性格に難のある人物と、接したい人間は、普通はいない…

 いかに、ルックスが良くても、普通は避けるものだ…

 だから、ナオキは、成功した…

 キャスターとしても、成功した…

 それは、今も何度も説明したように、ナオキが、優し気なルックスのイケメンだったから…

 ちょうど、俳優で言えば、田村正和とでも、呼べば、いいのだろうか?

 あの優し気で、性格の良さそうな姿に、多くの人間が、魅了される…

 そして、それは、伸明も同じ…

 ナオキと同じだ…

 顔立ちこそ、違うが、二人とも、長身のイケメンで、優しい顔立ち…

 二人は、似ている…

 いわゆる、キャラが、似ている…

 ナオキは、ともかく、伸明には、優し気な顔が、似合う…

 なにしろ、五井家当主だ…

 五井家のリーダーだ…

 そのリーダーの目に険があったり、誰が見ても、性格に難があるのが、一目見て、わかるならば、たまったものではない…

 それでは、五井家の当主失格だ…

 とてもでは、ないが、人前に出せない…

 五井家の当主とは、五井グループを代表する存在だからだ…

 それは、天皇陛下が、この日本を代表する存在と同じこと…

 その天皇陛下に、一目見て、目に険があったり、性格の良くないことが、誰にでも、簡単にわかるようならば、天皇陛下失格…

 表に、出れない…

 表に、出せない存在になる…

 と、

 そこまで、考えて、ふと、気付いた…

 建造の狙い、を、だ…

 なぜ、五井家先代当主、建造が、伸明を後継者にしたか?

 その狙いが、わかった…

               
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