第40話

文字数 4,467文字

 なぜ、いきなり、ここに、ユリコが現れたのか?

 それが、わからなかった…

 まさか、偶然では、あるまい…

 偶然、ここで、私の姿を見た?

 だから、この席にやって来た?

 そんなバカなことは、ないからだ…

 が、

 それを、直接、聞いても、素直に答えるユリコではない…

 なにしろ、私を嫌っている…

 私も、ユリコを嫌っている…

 そんな仲の私に対して、誠実な態度を、ユリコが、取るはずも、ないからだ…

 だから、私が、なにも、言わないで、いると、

 「…どうしたの? …寿さん…黙っちゃって?…」

 と、ユリコが、笑いながら、聞いた…

 が、

 私は、なにも、言わなかった…

 「…」

 と、黙ったままだった…

 すると、ユリコが、勝手に、

 「…あー、わかった! …寿さん、どうして、私が、ここにいるのか? わからないから、ビックリしたんでしょ?…」

 と、言った…

 まさに、渡りに船…

 こっちが、考えていることを、口にした…

 だから、曖昧に、

 「…ええ…」

 と、言って、頷いた…

 「…検査よ…検査…」

 ユリコが、笑う…

 「…検査ですか?…」

 「…私も、もう40過ぎ…あちこち、カラダにガタがきているのよ…」

 ユリコが、笑う…

 「…だから、検査にやって来たの? …そもそも、病院にやって来ているわけだから、どこか、カラダの具合が悪いに決まっているでしょ?…」

 ユリコは、笑って、説明したが、私は、その説明を、信じなかった…

 ユリコのことだ…

 なにを言っても、まったく信用できないからだ…

 まして、ユリコにとって、私は、天敵…

 そんな天敵の私に、ユリコが、本当のことを、言うとは、まったく、信じられないからだ…

 が、

 私の口から、出た言葉は、

 「…そうだったんですか?…」

 と、いう言葉だった…

 いかにも、驚いた口調で、

 「…そうだったんですか?…」

 と、驚いて、見せた…

 が、

 それが、ユリコには、気に入らなかったらしい…

 「…そうよ…」

 と、一転して、不機嫌な表情で、応じた…

 きっと、私の芝居が、わかっているからだ…

 わざと、私が、調子をくれて、ユリコに合わせていることが、わかっているからだ…

 だから、私が、

 「…そうだったんですか?…」

 と、驚いたフリをしたことで、私が、ユリコをバカにしたとでも、思ったのだろう…

 いや、

 事実、バカにしたのだ…

が、それが、わかっても、なんの問題もなかった…

なにしろ、相手は、ユリコだからだ…

私は、そんなことを、考えながら、

「…」

と、無言で、ユリコを見た…

すると、なぜか、ユリコが、苛立ったというか…

いきなり、

「…寿さん…余裕ね?…」

と、それまでとは、一転して、厳しい表情で、言ってきた…

「…余裕? …なにが、余裕なんですか?…」

「…ナオキが、逮捕されて今、留置所に、いるでしょ? なのに、こんなところで、ゆっくりと、コーヒーを飲んでいるなんて、余裕と言いたいわけ…」

ユリコが、極力感情を抑えた表情で、聞く…

事実、ユリコはまさに、感情が、爆発する寸前だった…

怒りをこらえている、姿が、見え見えだった…

私は、驚いた…

まさか、今、ユリコの口から、ナオキのことが、出るとは、思わなかったからだ…

いや、

そもそも、ナオキが、脱税で、逮捕されたのには、一枚、ユリコが、噛んでいるのでは、なかったのか?

いや、いや、

一枚どころか、二枚も三枚も、噛んでいるのでは、なかったのか?
 
 私は、考えた…

 私から、ナオキを離すために、ナオキを脱税という形で、国税庁に、告発したのは、ユリコに、違いないと、内心、決めつけていたが、それは、違ったのか?

 私は、思った…

 思ったのだ…

 そして、それは、表情に出たのだろう…

 「…あら、どうしたの? …寿さん? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして…」

 と、面白そうに、聞く…

 私は、なんと、答えていいか、わからなかった…

 今のユリコの話では、まるで、ユリコが、ナオキを心配しているように、聞こえる…

 ユリコは、私から、ナオキを遠ざけるために、ナオキを国税庁に、告発したのでは、なかったのか?

 私は、そう、思っていたからだ…

 私は、そう、考えていたからだ…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…ナオキを売ったのは、五井よ…五井…」

 と、ユリコが、意外なことを、言った…

 「…五井? …ですか?…」

 私は、言ったが、当然、信じなかった…

 まさか、五井が、ナオキを、告発するなんて、ありえないからだ…

 「…ナオキを売ったのは、諏訪野伸明…」

 ユリコが、続ける…

 「…伸明さん?…」

 「…そう…」

 「…どうして、伸明さんが?…」

 「…実績作りに、決まっているでしょ?…」

 「…実績作り?…」

 「…諏訪野伸明が、五井家当主に、君臨する…五井家の当主の座に就く…そうなれば、なにか、して、自分の力を、周囲に見せなければ、ならない…だから、FK興産を、買収して、五井グループに、入れる…それが、一番、手っ取り早い、実績作り…」

 ユリコが、説明する…

 「…だから、諏訪野伸明は、ナオキに、融資した…いざとなれば、FK興産を買収して、五井グループに、入れるつもりだったってこと…」

 ユリコが、笑いながら、説明する…

 が、

 顔は、笑いながらも、ユリコは、怒っていた…

 明らかに、激怒していた…

 「…それが、わからないから、甘ちゃんなのよ…」

 と、いきなり、ユリコが、爆発した…

 「…ナオキも、アナタも、甘ちゃん…五井の狙いが、わからないなんて!…」

 ユリコが、大声で、わめく… 

 私は、こんなふうに、激怒したユリコを見たことが、なかったから、内心、驚いた…

 が、

 ユリコのことだ…

 どこまで、ホントか、ウソか、わからない…

 本当に、怒っているのか?

 それとも、芝居をしているのか?

 わからない…

 なぜなら、それが、ユリコだからだ…

 それこそが、ユリコだからだ…

 だから、私は、ユリコを信じない…

 ユリコが、なにを、言っても、金輪際、信じない…

 そういうことだ…

 そして、それが、私の表情に、出たのだろう…

 「…あら、寿さん? どうしたの? 驚かないの?…」

 ユリコが、不思議そうに、聞く…

 が、

 私は、

 「…」

 と、答えなかった…

 ユリコの話が、ホントか、ウソか、わからないからだ…

 いや、

 そもそも、ユリコのお芝居に付き合うほど、私は、お人よしでも、なんでもないからだ…

 だから、答えなかった…

 すると、

 「…あら、寿さん、もしかして、私の話を信じていないの?…」

 と、面白そうに、聞く…

 私は、

 「…ええ…」

 と、答えたいところだが、グッと我慢して、

 「…いえ、なんだか、瓢箪から駒が出たような突拍子もない話で…」

 と、やんわり、受け流した…

 「…正直、信じることは、できません…」

 私は、笑いながら、断言した…

 が、

 その私の答えは、ユリコの想定内だったようだ…

 「…でしょうね?…」

 と、ユリコも、笑いながら、応じた…

 「…なにしろ、寿さんは、五井家の庇護を受けている…以前、オーストラリアに行ったときも、五井家から、費用を出して、もらっているものね…」

 ユリコが、言う…

 …知っていた!

 …ユリコは、知っていた!…

 が、

 これも、驚くことでは、なかった…

 なぜなら、ユリコだからだ…

 私の天敵のユリコだからだ…

 だから、どこから、その情報を掴んだのかは、わからないが、そのぐらい、調べていても、当たり前…

 別段、驚きは、なかった…

 すると、さらに、ユリコは、

 「…しかも、寿さんは、五井家当主の諏訪野伸明さんと、いい仲ですものね…」

 と、続ける…

 「…だから、わかる…私の話を信じない…いえ、信じたくないのは、わかる…」

 と、まるで、私の立場に、寄り添うように、続けた…

 そして、

 「…でも、事実よ…」

 と、断言した…

 そう言われると、私としても、黙っていられなかった…

 「…事実ですか?…」

 私は、小さく言った…

 「…そう、事実よ…」

 と、ユリコが、まるで、ケンカを売るように、私に言う…

 そして、私とユリコは、

 「…」

 と、無言で、睨みあった…

 互いに、互いの顔を正面から、睨んだ…
 
 無言で、互いの顔を、見つめあった…

 それが、何秒続いただろう…

 互いに、どちらも、視線を外さなかった…

 先に、視線を外せば、視線を外した方が、負けを認めることに、なるからだ…

 だから、互いに、視線を外さなかった…

 互いに、ジッと、睨みあった…

 すると、

 「…お待たせしました…」

 と、いう声がして、スタッフが、コーヒーを運んできた…

 同時に、私とユリコの態度を見て、明らかに、引いていた…

 明らかに、戸惑っていた…

 っていうか、この場の空気が最悪だった…

 明らかに、凍てついていた…

 空気が、凍っていた…

 誰が、見ても、それは、わかる…

 スタバのスタッフも、例外では、ないということだ…

 さすがに、私とユリコも、スタッフの前では、睨みあうことは、できなかった…

 互いに、視線を外して、

 「…ありがとう…」

 と、スタッフに礼を言った…

 それから、持ってきたコーヒーを前にして、

 「…さあ、頂きましょう…」

 と、ユリコが、まるで、今までのことが、ウソのように、あっさりと、言った…

 「…寿さんも、どうぞ…」

 と、言って、ユリコが、コーヒーのカップに、口をつけた…

 私も、それを、見て、コーヒーを飲んだ…

 すると、ユリコが、

 「…やっぱり、雰囲気よね…」

 と、笑った…

 「…雰囲気? …なにが、雰囲気なんですか?…」

 「…スタバで、コーヒーを飲む雰囲気…」

 「…なにが、おっしゃりたいんですか?…」

 「…コーヒーの味は、特別、おいしいわけじゃない…でも、スタバで、飲むから、おいしく感じる…」

 「…なにが、おっしゃりたいんですか?…」

 「…私、さっき、寿さんに、美人に生まれるって、どういうことって、聞いたでしょ?…」

 「…ハイ…」

 「…金持ちも同じよね…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…周囲が憧れる…周囲の人間が、憧れの目で見る…」

 「…なにが、言いたいんですか?…」

 「…いわば、スペシャル、特別ね…」

 「…特別?…」

 「…そう、特別…その特別な人間に、なにか、言われれば、ひとは、簡単に騙される…まるで、神様に言われたように、簡単に、信じる…」

 ユリコが笑いながら、言う…

 「…つまり、私は伸明さんに、騙されていると?…」

 「…ピンポン…正解…」

 ユリコが、笑った…

 私は、そんなユリコを見て、今にも、ユリコに、殴りかかりたい欲求が、生じた…

 同時に、ユリコの言うことに、一理ある気が、した…

 私も、心の底から、伸明を信じているわけでも、なんでもない…

 なにしろ、お互いを知らな過ぎるからだ…

 だから、ユリコの話も、無下には、できない…

 荒唐無稽な話と切り捨てることは、できない…

 ふと、気付くと、私は、ユリコを見たまま、考え込んでいた…

 私の視線は、ユリコにあったが、心は、伸明にあった…

               
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