第63話

文字数 4,193文字

 すでに、何度も説明したように、五井家の先代当主、建造は、現当主、伸明と血の繋がりがなかった…

 建造の妻、昭子が、建造と結婚したときに、すでに、伸明を身籠っていたからだ…

 つまり、伸明の父親は、別にいる…

 だから、親子とは、いえ、血の繋がりがなかった…

 にもかかわらず、建造は、自分の実の息子である、次男の秀樹より、伸明を優遇した…

 伸明を可愛がった…
 
 それは、以前、建造が、秀樹に対して、自分の中の嫌なものを、見た気がしたのでは?

 と、思った…

 嫌なものとは、性格や、ルックス…

 秀樹は、背も低く、ルックスも、平凡だった…

 それは、異父兄の伸明とは、似ても似つかぬ外観だった…

 建造もまた、小柄な外観の平凡なルックスの持ち主だった…

 だから、建造と秀樹は、似ている…

 顔立ちこそ、違えども、体形が、似ている…

 そして、秀樹は、見た目は、ひとの良さそうな人物に思えたが、建造は、そうではないと、私とナオキに警告した…

 抜け目なく、上昇志向が、異常に強いと、私とナオキに、告げた…

 私は、当時、それが、本当か否か、わからなかった…

 が、

 伸明に対抗して、五井家の当主にならんとする姿を見て、それが、本当だと、知った…

 こういっては、なんだが、伸明と秀樹では、比較にならない…

 伸明は、長身のイケメン…

 秀樹は、背も低く、ルックスも平凡だからだ…

 だが、建造の言うように、上昇志向が強かったのだろう…

 異父兄の伸明を差し置いて、五井家の当主にならんと、欲した…

 そして、それが、できないと、わかると、自死した…

 きっと、五井家の後継者争いに敗れた後の、自分の処遇が、怖かったのだろう…

 当たり前だが、当主争いに敗れた者が、五井家にいるのは、マズい…

 騒動の火種が、くすぶり続けることになる…

 だから、早々に、排除しなければ、ならない…

 五井家から、追放しなければ、ならない…

 おそらく、本人も、その末路がわかっていたのだろう…

 だから、それに、耐えきれなくなり、自ら、命を絶った…

 そういうことだろう…

 話が、少々、脱線した…

 ここで、言いたかったのは、なぜ、建造が、実の息子の秀樹ではなく、血が繋がっていない、伸明を選んだか?

 だ…

 私は、それは、以前、建造が、秀樹の中に、自分と同じ嫌なものを見たのでは?

 と、思った…

 嫌なものとは、自分の持つ、ずるさとか、上昇志向とか…

 いみじくも、建造が、私やナオキに警告したものだ…

 それを、見て、建造は、秀樹を嫌った…

 自分の後継者にふさわしくないと、思ったと、考えた…

 そして、それは、おそらく建造が、持つ性格…

 私やナオキの前では、決して見せない性格かも、しれなかった…

 建造は、見るからに人当たりがよく、偉ぶらない男だった…

 が、

 今、振り返ってみると、それは、秀樹も同じだった…

 同じように、見えた…

 そして、血の繋がった実の父子だからこそ、秀樹の本性が見えた…

 真逆に言えば、建造もまた同じ…

 秀樹と、同じだったのだろう…

 そして、自分の嫌な部分を必死になって、抑え込んだのだろう…

 あるいは、必死になって、隠したのだろう…

 それが、秀樹には、できなかった…

 だからこそ、自分と血が繋がっているにも、かかわらず、後継者から外した…

 そういうことかも、しれない…

 五井家の当主が、ずる賢く、上昇志向が、強ければ、五井グループが道を誤るかも、しれないからだ…

 それを、恐れたのかも、しれない…

 一方、伸明は、秀樹とは、真逆…

 野心も、なにもない…

 それは、接すれば、わかる…

 だからこそ、五井家の当主にふさわしい…

 建造は、そう思ったのではないか?

 伸明は、五井家の天皇陛下…

 天皇陛下が、性格が悪く、上昇志向が、人並み外れて、激しければ、困る…

 天皇陛下は、なにより、無欲でなければ、ならない…

 欲があっては、ならない…

 なぜなら、自分の欲を優先すれば、天皇陛下も、そんな人間だったの?

 と、周囲に思われてしまいかねないからだ…

 だから、極力、自分の欲望を抑えなければ、ならない…

 そして、それは、伸明も同じ…

 伸明は、五井の天皇陛下からだ…

 だから、欲がない方がいい…

 そして、それを、見抜いたからこそ、建造は、血が繋がっていないにも、かかわらず、伸明を後継者に指名したと、思った…

 が、

 今回、伸明が、自分の当主就任のために、FK興産を買収して、自分の手柄にしたいと、すれば、建造の目に狂いがあったことになる…

 さて、真相は、どうなのか?

 私は、思った…

 私は、考えた…

 果たして、伸明は、FK興産を手に入れて、自分の手柄にしたいと、思ったのか?

 考えた…

 そして、もし、伸明が、自分の当主就任に際して、そんなことを、するなら、建造の目論見が外れたことになる…

 建造は、伸明が、無欲だから、五井家の次期当主に推したと、思った…

 が、

 それが、違った?

 建造の目が狂っていた?

 そうも、思った…

 思ったのだ…


 長谷川センセイから、連絡があったのは、それから、まもなくだった…

 自宅にいる、私のスマホに連絡があった…

 「…寿さんですか?…」

 「…ハイ、そうですが…」

 と、答えながらも、すでに、電話の相手が、長谷川センセイであることが、わかった…

 声で、わかった…

 「…長谷川です…五井記念病院の…」

 「…ハイ…声で、わかりました…」

 「…なら、話が早い…」

 「…」

 「…明日、五井記念病院にやって来て下さい…」

 「…明日ですか?…」

 「…そうです…」

 「…随分、急ですね…」

 「…そうですが…寿さん、なにか、用事はありますか?…」

 「…いえ、別に…」

 言いながら、なにか、変だ?

 と、思った…

 勘が働いたとでも、言うべきか?

 が、

 まさか、そんなことは、口に出せない…

 まさか、そんなことを、言えば、私の虫の居所が悪かったとでも、相手は、思うだろう…

 別段、理由がなく、相手の誘いを断るわけには、いかないからだ…

 だから、

 「…ハイ…承知しました…」

 と、答えた…

 「…そうですか…安心しました…」

 長谷川センセイが、言う…

 …安心?…

 長谷川センセイの言葉が、引っかかった…

 …一体、なにを、安心するんだろ?…

 考えた…

 考えながら、私は、翌日、五井記念病院に向かった…

 そして、ロビーで、長谷川センセイと待ち合わせた…

 「…寿さん…お待ち申し上げていました…」

 長谷川センセイが、嫌に丁寧に、私に接した…

 私は、嫌な気持ちだったが、まさか、それを口にするわけには、いかない…

 「…長谷川センセイ…そんな丁寧な言い方…まるで、私に変な下心があるみたいですよ…」

 と、笑って言った…

 「…下心ですか? …それは、寿さんのような美人なら、男なら、誰でも、持ちます…」

 「…ウソですね…」

 「…どうして、ウソなんですか?…」

 「…長谷川センセイは、すでに、何度も、私のカラダを見ています…裸の私を見ています…いまさら…」

 「…いまさら…ですか?…」

 「…そうです…」

 笑って、言った…

 また、そうでも、しないと、深刻な話になりかねない…

 それが、嫌だった…

 嫌だったのだ…

 そして、これは、知恵…

 私、寿綾乃が、身に着けた知恵だった…

 男の誘いをうまく断る知恵だった…

 はばかりながら、この寿綾乃も、男に言い寄られたのは、一度や二度ではない…

数え切れないほど、ある(爆笑)…

 それでも、最初のうちは、どうすれば、よいか?

 迷った…

 考えた…

 若いうちは、

 「…ごめんなさい…」

 とか、

 「…今、お付き合いしているひとが、いるので…」

 とか、

 「…まだ、男のひとと付き合う気持ちはありません…」

 とか、言って、断ることが、多かった…

 が、

 歳を重ねるごとに、柔軟性が増したというべきか?

 笑いに変えるのが、一番だと、気付いた(苦笑)…

 相手が、ホテルに誘っても、

 「…冗談が、お上手ですね…」

 と、でも、言えば、相手も傷付かない…

 相手も、まともな大人の男なら、

 「…そう…冗談です…」

 と、でも、返せば、いい…

 それなら、相手のプライドも、保たれる…

 相手のプライドを傷つけなくて、すむ…

 それが、わかってきた…

 ボクシングではないが、正面切って、相手が殴りかかってきたら、自分も避けることなく、正面から、相手に殴りかかる…

 これは、観客からすれば、見ていて、面白いが、やっている人間は、たまったものではない…

 普通は、避けるものだ…

 相手のパンチを避けるものだ…

 相手のパンチを避けて、自分のパンチを当てる…

 これが、正しい…

 が、

 これが、男女の間では、難しい…

 相手が、誘いというパンチを繰り出したときに、自分は、どう対応するか?

 ハッキリと、

 「…お断りします…」

 と、言えば、あっさりとして、気持ちがいいが、相手の感情を逆撫ですることにも、なりかねない…

 それ以降、自分に対して、逆恨みして、

 「…あの女は、ヤリ〇ンだ…誰とでも、寝る女だ…」

 などと、根も葉もない噂を立てられでも、したら、たまったものではない…

 下手をすれば、会社にいられなくなる…

 だから、冗談にする…

 そうすれば、相手が、傷つかなくて、済むからだ…

 「私が、ご冗談ですよね…」

 と、言って、相手も、

 「…冗談です…」

 と、でも、言えば、場が収まるというか…

 ことが荒立たなくて済む…

 そういうことだ…

 要するに、

 「…嫌だ…」

 「…そんな気はない…」

 と、いうのを、言葉を変えただけ…

 ただ、それだけのことなのだが、ハッキリと、

 「…お断りします…」

 と、言われるより、マシ…

 言葉にされるより、マシだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 事実、長谷川センセイは、なにも、言わなかった…

 もう、なにも、言わなかった…

 私を誘うことは、なかった…

 後になってみれば、このとき、どうして、長谷川センセイが、そんなことを、口にしたのか?
 
 わからなかった…

 もしかしたら、寿命…

 私が、この後、長くないと、思ったのかも、しれない…

 だから、今のうちに、私と寝なければ、もう後はない…

 そう、思ったのかも、しれない…

 が、

 本当のところは、わからない…

 長谷川センセイが、なにを、考えていたのか、わからない…

 これは、永遠の謎だった…

               

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