第8話

文字数 4,174文字

 女の敵は、女…

 あらためて、思った…

 彼女たちの目が、明らかに、変わった…

 社長と社長秘書…

 もしかしたら、男女の関係にあるのかも?

 と、内心、考えているのかも、しれない…

 事実、その通りなのだが、それを、彼女たちに悟られるは、嫌だった…

 だから、とっさに、

 「…でも、ただの社長と秘書の関係ですよ…」

 と、笑って言った…

 「…社長の周りには、若くて、美人のお嬢さんが、いっぱい、いるみたいでしたよ…私なんて、全然…」

 とっさに、付け加えた…

 事実、ナオキの周りには、女が、たくさんいた…

 そして、藤原ナオキは、女好きだった(笑)…

 長身のイケメンの上に、お金持ち…

 さらに、テレビに出ている有名人だ…

 女にモテないはずが、なかった…

 が、

 ナオキは、女に捨てられてばかりいた…

 要するに、男としての魅力が、乏しいのだろう…

 お金があるから、お金目当てに、女が、次々と寄ってくる…

 が、

 所詮は、金目当て…

 金を、もらえば、別れる…

 お役御免…

 が、

 ナオキは、懲りずに、あっちの女、こっちの女と、次々と、女を変えた…

 傍から、見れば、明らかに、病気だ(笑)…

 自分が、長身のイケメンで、お金持ちだから、女にモテるのは、わかる…

 だから、次々と、あっちの女、こっちの女と、女を変えたくなるのも、わかる…

 が、

 何事にも、限度がある…

 あまりにも、やりすぎれば、それは、おかしい…

 おかしい=病気だ(笑)…

 私自身、最初の頃は、ナオキと男女の関係にあったが、じきになくなった…

 ナオキが、あっちの女、こっちの女と、次々に、関係していうのを、見て、嫌になったのだ…

 だから、ビジネスパートナーというか…

 会社では、いっしょに、仕事をしていたが、生活は、別になった…

 私は、ジュン君と二人で、暮らした…

 最初は、ナオキも含めて、3人で暮らしていたが、ナオキの会社が、どんどん大きくなり、それにつれて、最初は、小さなアパートで、3人で、暮らしていたのが、ステップアップしたというか…

 少しずつ、大きな家に住むようになった…

 そして、最終的には、立派な億ションに住んだが、その頃には、ナオキは、女の間を渡り歩くようになって、あまり家に帰らなくなった…

 当たり前だが、女に夢中になれば、家に帰って来ない…

 だから、ジュン君と、二人暮らしになった…

 ナオキは、私とジュン君の住む、億ションとは、別のマンションを購入して、そこに住んだ…

 そして、今、ジュン君が、刑務所に入り、私は、億ションに一人で、暮らしている…

 ホントなら、私は、すでに、ナオキの会社、FK興産を退職している…

 おまけに、ナオキと男女の関係も終わっている…

 だから、ナオキが、購入した億ションを、出なければ、ならないのだが、ナオキの温情で、そこに、住まわせて、もらっている…

 それが、今の私が、置かれた状況だった…

 私が、癌という病気にかかり、天涯孤独の身であることを、知る、ナオキが、私を憐れに思って、住まわせてくれたのだ…

 つくづく、ナオキの温情を感じるし、また、私自身の運の良さを感じる…

 普通なら、いかに、かつては、男女の関係にあっても、もはや、なんの関係もなくなれば、出ていけ、というところだ…

 私は、ハッキリ言えば、藤原ナオキの内縁の妻だった…

 戸籍には、乗っていない、内縁の妻…

 事実上の夫婦だった…

 が、

 たとえ、戸籍上の夫婦であっても、離婚すれば、家を出てゆくものだ…

 例えば、夫が、家の購入資金を全額、自分で、出していれば、妻に、

「…出て行け!…」

と、いうところだ…

それが、当たり前だ…

非情でも、なんでもない…

が、

ナオキは、それをしなかった…

それは、やはり、ナオキの愛情だろう…

藤原ナオキの私に対する愛情だろう…

あらためて、思った…

そして、そんなことを、考えたとき、つくづく、自分は。恵まれていると、思った…

母を亡くし、中学を卒業して、田舎から、都会に、ひとりで、出てきた…

頼れるものも、なにもなし…

頼れるのは、自分一人だけ…

自分だけだった…

が、

藤原ナオキに、高校時代、バイト先で、出会い、それが、私の僥倖となった…

 僥倖=思いがけない幸せになった…

 後ろ盾もなにもない、高校生だった私が、藤原ナオキと出会い、藤原ナオキの設立した会社が、当時、ITブームの波に乗り、急成長…

 そのおかげで、一介の女子高生に過ぎなかった私も、まるで、玉の輿に乗ったように、生活が、豊かになった…

 まるで、ヤドカリ人生…

 ヤドカリのように、ナオキの成功に乗っかって、自分も成功した…

 だから、今振り返れば、つくづく恵まれた人生だと思う…

 藤原ナオキの成功と共に、自分も成功した…

 が、

 物事には、報いというものがある…

 すでに、何度も言ったように、本物の寿綾乃は、死んでいる…

 私は、矢代綾子…

 寿綾乃は、母型の従妹の名前…

 いわゆる、なりすましだ…

 同じように、身寄りのなかった、従妹の寿綾乃に、矢代綾子が、なりすました…

 寿綾乃は、五井の血を引く娘だったからだ…

 それを、知っている母が、従妹になりすませと、私に命じた…

 そして、私は、その通りにした…

 そして、今も、私は、寿綾乃になりすまして、生きている…

 そんな、なりすましの報いだろう…

 私は、癌にかかった…

 そして、それを、思えば、神様は、私の行いを、しっかりと見ているということだ…

 私の行いに、天罰を、加えたということだ…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 が、

 そんなことを、いつまでも、考えていると、いつのまにか、強い視線に晒されていることに、気付いた…

 その視線の主は、当然のことながら、二人の若い看護師の女性たちだった…

 私が、藤原ナオキの秘書をしてきたと、告げたことで、興味満々といった感じだった…

 私が、彼女たちを見ると、待ってましたと、言わんばかりに、

 「…寿さん…あの藤原ナオキの秘書だったんですか?…」

 と、一人の女性看護師が、突拍子もない、大きな声で、言った…

 私は、驚いたと、同時に、

 …そんなに、大声で、言わなくても…

 と、内心、思った…

 が、

 彼女たちにとっては、あまりにも、意外なことだったのだろう…

 まさか、自分たちの目の前にいる、女が、テレビに出ている有名人の藤原ナオキの秘書だったなんて、思いもかけないことだったのだろう…

 二人とも、興味津々な感じで、私を見た…

 私は、どう言おうか、考えたが、

 「…ハイ…そうです…」

 と、当たり障りのない返事をした…

 それが、一番だからだ…

 「…間近に見る、藤原ナオキって、どういうひとですか?…」

 「…どういうひとって、言われても…」

 私は、返答に、困った…

 どう言おうか、悩んだ…

 私が、返答に、困っていると、若い二人の女性看護師が、今か今かと、私の返答を待っていることが、嫌というほど、わかった…

 だから、悩んだ末に、

 「…オタクよ…」

 と、一言、言った…

 「…オタク?…」

 二人とも、目が点になった…

 「…そう、オタク…仕事オタク…」

 「…仕事オタクって?…」

 と、小柄な方の女性看護師…

 「…いわゆる会社命の男…昭和時代の猛烈サラリーマンみたいなものね…」

 「…昭和の猛烈サラリーマン…」

 と、大きい方の女性看護師が、絶句した…

 「…ほら、藤原さんは、自分で、会社を創って、大きくしたでしょ? …だから、仕事命っていうか…仕事が、生きがい…」

 「…」

 「…テレビに出ているのだって、自分の名前が、世間に知られ、会社の知名度が上がるのが、目的…」

 私が、説明すると、二人は、

 「…」

 と、黙った…

 「…」

 と、真剣な表情で、沈黙した…

 …これは、マズい!…

 直観的に、思った…

 ここは、彼女たちに真剣にさせる場面ではない…

 そう、気付いた…

 彼女たちは、ただ、藤原ナオキの人柄を聞きたいだけなのだ…

 そう、気付いた私は、

 「…でも、その反動ね…」

 と、言って、笑った…

「…どんな反動ですか?…」

 と、今度は、思いがけず、長谷川センセイまで、聞いてきた…

 だから、私は、笑いながら、
 
 「…女好き…」

 と、言ってやった…

 「…女好き?…」

 長谷川センセイも、また目が点になった…

 「…仕事が終わると、無性にお酒が飲みたくなるひとって、いるでしょ? …アレと同じで、仕事が終わると、飲みに出かける…そこで、女性と知り合って、というパターン…」

 私が、笑いながら、説明した…

 「…社長は、長谷川センセイといっしょで、長身のイケメン…だから、目立つ…女性にモテる…」

 私が、言うと、

 「…寿さん…いきなり…ボクと、藤原さんをいっしょにして…」

 と、長谷川センセイも戸惑った…

 それを、見た、私は、若い女性看護師の二人に、向かって、

 「…長谷川センセイも、藤原社長と同じく、長身のイケメンですから、さぞ女性に…」

 と、言うと、すかさず、二人の女性看護師が、

 「…それは、長谷川センセイは、モテモテですから…」

 と、笑った…

 「…いつも、女の噂が絶えない…」

 と、続けた…

 この二人の若い女性看護師の暴露に、長谷川センセイの顔が、赤らんだ…

 慌てて、

 「…寿さん…そろそろ、診察を始めましょう…」

 と、言って、話題を変えた…

 途端に、空気が、一変したというか…

 長谷川センセイの一声で、若い女性看護師が、それまでとは、一変して、看護師に戻った…

 それを、見て、あらためて、この長谷川センセイは、優秀な医師だと、思った…

 同時に、この二人の若い女性看護師二人に、信頼されているのだと、思った…

 男でも女でも、信頼されていなければ、こうは、いかない…

 長谷川センセイが、

 「…診察を始めましょう…」

 と、言っても、笑ったままだろう…

 そう、気付いた…

 
 そして、その後、診察に、移った…

 その結果は、予想通り…

 ジュン君の運転するクルマにはねられたことによる、ケガは、治った…

 が、

 癌は、ダメだった…

 長谷川センセイは、癌は、自分の担当外…

 それでも、私を診療したデータを他のセンセイに、送って、診てもらっていた…

 その結果は、予想通り…

 進展がなかった…

 そして、それが、私の運命…

 寿綾乃になりすました、矢代綾子の運命だと、思った…

               
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